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進む者、残る者

「なんだと!?」


 イロニスは報告を聞いて思わず声を上げた。


「間違いありません。副長からの報告ではすでに抜かれてしまったとのことです」

「おのれ」


 うめいたイロニスは、今は再び膠着状態になっているボルツの率いる軍勢を睨んだ。


「仕方がない、城まで退くぞ」


 それからイロニスは手早く指示を出し、城までの撤退の準備を始めた。


「何か慌しいですね」


 レイスはその様子を見てつぶやく。ボルツもうなずいた。


「あの様子だと、おそらく王子のほうで動きがあったな」

「王子が城まで到達した、ということでしょうか。だとしたら撤退の準備でしょうか」

「そう見て間違いないな」

「退くところを叩きましょうか?」


 レイスの問いにボルツは首を横に振った。


「それより、精鋭を城に送り込むべきだ」


 それからボルツはオーストンとタケルに顔を向ける。


「あの二人だけでも大きな戦力なる」

「そうですね、相手をできるだけここに引き付けておきたいところですしね」

「お前はすぐに全軍に指示を出せ」

「はい」


 レイスはその場を離れ、ボルツはオーストンに歩み寄った。オーストンも動きには気づいていて、先に口を開いた。


「将軍、相手に動きがあるようですが」

「おそらく撤退だ」

「では、ルシーア王子が城に?」


 ボルツはうなずく。


「ここは相手をできるだけ動かさないようにしたい。だから、城に送るのは少数の精鋭だ。オーストン、お前とタケル、それから数名をつける」


 そこで話を聞いていたタケルが口を開く。


「行くのはお前の娘も一緒だ」

「ミヌスもだと?」


 オーストンが聞くと、タケルはミヌスに目を向けた。


「この国の王はすでに普通の死霊憑きとは違う存在だ。討つためにはその子の力が必要になる可能性がある」

「どういうことだ?」

「一度返り討ちにあった。あれは一人で戦える相手ではない」

「城に潜入していたのか!?」


 ボルツが驚くと、タケルは無表情でうなずく。


「大した警備はなかったが、あれがいたらどれだけ数をそろえたところで無駄だろう」

「王はすでにそのようなことになっていたのか」


 オーストンはため息をつき、城の方角を見上げた。ボルツも同じようにする。


「ううむ、まさかそこまでの事態とはな。すぐに王子に増援を送らなければいかん」

「三人で十分だ。あそこにいるものも死霊憑きが多い、ここに戦力を置いておいたほうがいい」

「そうか、その言葉を信じよう」


 ボルツはそう言うと、その場から離れた。入れ違いに、アンナが近づいてきた。オーストンがうなずいてみせると、アンナは言いたいことを理解したようだった。


「ミヌスを連れて行くんですね」

「ああ、そうだ。また心配をかけるな」

「いえ、これは宿命なのでしょうね。必ず帰ってくると信じています」

「ウィバルドのことを頼む」

「はい、せっかく帰ってきてくれたのですから、もう放しませんよ」


 アンナはにっこりと笑い、オーストンも笑顔を浮かべてうなずいた。それからアンナはタケルに頭を下げる。


「夫と娘をよろしくお願いします」


 それにタケルは無言でうなずいた。アンナは頭を上げると、ウィバルドとミヌスの方に歩いていき、二人に何か声をかけた。


 ウィバルドはしばらく渋い顔をしていたが、どうにか納得したようで、アンナはミヌスを伴って戻ってきた。


「さあ、ミヌス、頑張ってきなさい」

「はい、お母様」


 ミヌスはそう言うと、タケルの前に来て、頭を下げた。


「ミヌスです、よろしくお願いします」

「タケルだ。お前のことは必ず守る、心配はいらない」

「はい」


 ミヌスは力強くうなずき、タケルの目を見た。その目には強い意思が込められていて、ミヌスは安心感を覚えた。


 それからしばらくして、イロニス側に動きが見えた。ボルツはすぐに指示を出すべく手を上げた。


「敵が退くぞ! 今こそ一気に押し切るときだ!」


 その大音声に兵士達は武器を打ち鳴らして答える。そこから離れた場所ではレイスがオーストンとタケル、ミヌスの前に立っていた。


「では、これから一斉に突撃をかけます。オーストン様達はその間に城に向かってください」

「ここは頼んだ」

「もちろんです。まあ、戦場では元将軍に手助けはほとんど必要ではありませんけどね。普段はぼんくらですけど」

「手厳しいな」


 オーストンの言葉に、レイスは軽く首をかしげて笑った。


「それくらいがちょうどいいんですよ。普段はそれはひどいものですから。では、くれぐれも気をつけてください」

「わかっている」


 それから三人はその場を離れていった。見送ったレイスはすぐにボルツのところに戻る。


「無事に出発しました」

「そうか、ならばすぐに仕掛けるぞ!」


 ボルツは半分ほどが集まった部隊の前に出て戦斧を手に取ると、それを掲げた。


「行くぞ! 第一班突撃!」

「おおおおお!」


 戦斧が振り下ろされると同時に、兵士達が突撃を開始し、ボルツも走り出す。それを見たイロニスは唇を噛む。


「早いな」


 それからすぐに近くの仕官に指示を出す。


「奴等を食い止めるんだ。慎重に、誘い出されないようにしろ」

「はっ! 了解しました!」

「だが、陛下から賜った力は存分に使え、出し惜しみはするな」


 それだけ指示を与えると、部隊の一部を伴ってイロニスはすぐにその場を離れた。そして、両軍は激突する。


 すぐに近衛部隊の方には化物に姿を変えていくものが次々に現れた。それにボルツ側の軍は足を止められて押し返される。


「うわぁ!」


 その化物に兵士が襲われそうになったが、その前にウィバルドが割って入って二本の刀でそれを遮った。さらにそれにボルツが戦斧を振り下ろして止めを刺す。


「死霊憑きはこの俺に任せておけ!」


 ボルツは戦場に響き渡る大音声を上げた。それによって兵士達の士気は上がる。


「ルシーア王子のために!」

「ルシーア王子のために!!」


 ボルツの号令に兵士達も応え、近衛部隊を押し返し始めた。後方で待機するレイスはその状況を冷静に見ている。


「思ったより押してますね」

「レイス様、そろそろ第二班が出るべきではありませんか?」


 槍を持ったアンナがそう言うと、レイスはその顔を見てうなずいた。


「そうですね、ではアンナ様、お願いします」

「はい。私も息子には負けられませんからね」


 そう言ってアンナはにっこりと笑うと、自分が率いる第二班の前に立った。


「みなさん、共に邪悪を討ち果たしましょう。第二班は側面から敵を追い込みます」

「おお!」


 兵士達はアンナの穏やかだが、凄烈な雰囲気の声に気合を込めた返事をする。アンナは前を向き、先頭を切って走り出した。

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