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龍の力

「はいはい、ただいま」


 ケイシアは実に何気ない様子でルシーアの前に現れた。ルシーアは特に変わった反応はなく、当たり前のようにそれを迎えた。


「向こうの様子はどうだ」

「オーストンとあのタケルに、イロニスとよくわからないガキの二人組みとの戦いが始まるところだったなあ。こっちがあるから我慢してこっちに戻ってきたわけだけど」

「それなら心配はするな、こちらもすぐに動く。ブース、準備はできているか?」


 ルシーアの側に控えていたブースは立ち上がると、うなずいた。


「すでに準備はできています」

「ならばすぐにかかれ」

「はい」


 ブースは頭を下げると陣の前に出て行った。その様子を見たミレイアはすぐに周囲に警戒するように指示を出した。


 だが、その指示が行き渡る前に、突然周囲に霧が立ち込め始めた。それはあっという間に広がると同時に濃くなり、数歩先すら見えなくなってしまう。


「これは魔術か!?」


 ミレイアはなんとか平静を保ったが、兵士の大多数はそうではなかった。あっという間に混乱が広がっていく。


「落ち着け! 落ち着け!」


 ミレイアは叫ぶが、さらに重い音がその場に響いて混乱に拍車をかける。そして、数分それが続いてから、霧と音が晴れた時には、ルシーアの率いる軍は姿を消していた。


「これは!? そうか!」


 ミレイアは自軍が抜かれたことをすぐに悟ると、追撃をしようと振り返ったが、そこには長剣を抜いたケイシアの姿があった。


「まあ待ちなよ。ちょっと遊んでくれると嬉しいんだけどな」


 それからケイシアは長剣を真っ直ぐにミレイアに向けた。


「一人か、それで何が出来るというのだ!」

「目の前のゴミを掃除するくらいは楽勝だな。試してみなよ」


 そう言ってケイシアは空いた手で手招きをしてみせた。ミレイアはそれを見ると右手を掲げる。


「奴を蹴散らして逆賊を追うぞ!」


 それに従って兵達はケイシアに殺到しようとしたが、その前に青い炎が地面から噴出して行く手を遮った。


「おいおい、そう焦らないでもっと楽しもうじゃないか。ああ、飛び道具も無駄だからな、来るなら化物になってきな」


 青い炎に照らされ、その瞳までも青く染めたケイシアは不敵に笑った。


「おのれ!」


 ミレイアはそう言うと、自分の刀に手をかけた。だが、それを抑えるようにに六人の兵士が前にでる。


「副長、ここは我々にお任せを。陛下から賜った力を今こそ」

「よし、頼むぞ」

「はっ!」


 六人の兵士が抜刀すると、その姿が同時に歪んだ。そして、体が宙に浮かんで一つの肉塊となった。


 次の瞬間肉塊が弾け、その中からは獅子の顔と六本の腕を持った人間の倍はあるサイズのものが姿を現した。その腕には刀がそれぞれ握られている。


「へえ、こいつはなかなか強そうだ」


 それでもケイシアは余裕を崩さない。だが、獅子の化物はすぐに青い炎を跳び越えてきた。そして右の三本の刀を振り下ろした。


 ケイシアはその一撃を後ろに下がってかわしたが、獅子の化物はさらに踏み込み、今度は左の三本の刃を振り下ろす。


「おっと」


 だが、ケイシアはそれを自分の剣で軽く受け止めてみせた。どう見てもケイシアが力負けしそうに見えたが、そんな様子は全くなく、むしろケイシアが獅子の化物を押し返す。


「おいおい、こんなもんか?」


 ケイシアは笑いながら、追撃もしない。獅子の化物は一つ雄叫びを上げると、後ろに跳んでから、姿勢を低くし、地面を蹴った。


 その勢いは放たれた矢のようで、一直線にケイシアに激突して土煙を巻き上げた。土煙が収まると、そこには青い炎をまとう長剣で胴体を貫かれた獅子の化物の姿があった。


「こんなもんかい」


 ケイシアがそう言ってから剣をさらに押し込むと、獅子の化物を青い炎が包み、一瞬でそれを燃やし尽くした。


「さて、次はどんなおもしろいのが見られるんだ? どうせならもっと数を増やすか、強い奴がいいんだけどな」


 ケイシアは獅子の化物だった灰を足で散らせた。その様子を見たミレイアは歯を食いしばって刀を抜いた。


「総員、陛下から賜った力を使え! 突撃だ!」

「おおおおおおお!」


 兵士達の声が響き、あるものは混ざり合い、またあるものは単独で姿を変えていった。その中でもミレイアだけはまだ人間の姿を変えない。


「こりゃ大漁だな」


 ケイシアはその様子を見て笑うと、ミレイアに視線を向けた。


「副長さんとやら、あんたは化物にならないのかい?」

「私が陛下より賜った力は貴様ごときに使うようなものではない! それに、この数を貴様一人でどうにかできると思っているのか!?」

「できそこないを並べて言ってくれるねえ。まあ、そこまで言うなら本気を出してやろうか」


 ケイシアは左手を自分の胸当ての上に置いた。


「久しぶりの出番だ、張り切っていこうじゃないか」


 言葉が終わると同時にその胸当てが青い光を発し、そこから青い炎がほとばしった。それはケイシアの頭上に集まると、長い体を持つ龍の姿になる。ケイシアそれに向けては剣を掲げる。


「さあ来い! 蒼龍!」


 青い炎の龍はケイシアを真上から飲み込むようにして、その体を炎で包んだ。そして、その炎が弾けると、そこには青く光る、全身を包む甲冑を身にまとったケイシアの姿があった。


 その頭部はまだ青い炎をまとっていたが、炎は龍の頭のような形になると、青い光を放つ兜となった。


 今までとは違い、重装備となったケイシアは長剣を軽く振った。それも柄が龍の頭のように変化をしている。


「さて、始めようか」


 ケイシアが手を振ると青い炎の壁が消え、化物が一斉に押し寄せてきた。


 一方、街を進むルシーア達の前には、中年と少年の二人の男が現れ、地面に片膝をついた。


「お前達は?」

「ベークトルト様からの使いです」


 中年の男が頭を下げてそう言った。


「ほう、道案内というわけか」

「はい、現在の城の状況は我らが良くわかっております」

「そうか、ならば案内を頼もう」


 ルシーアはあっさりと承諾して、二人を先頭に立たせる。


「大丈夫でしょうか」


 近づいてきたウィバルドが小声で問うと、ルシーアは首を縦に振る。


「ベークトルトは食えない男だが、行動したら信頼はできる。あの男が二人も自分の手の者を動かしたというなら、この私に賭けたということだ」

「はい」


 それからしばらくして、城門の前に到着した。それは固く閉ざされているが、不思議なことに守備の兵士の姿は見えなかった。


「少々お待ちを」


 中年の男がそう言うと、少年が城壁をよじ登って越えていき、しばらくすると中から城門がゆっくりと開かれる。


「手回しのいいことだ」


 ルシーア率いる軍団が城内に入り、しばらく進むと、そこにはケイスが兵を率いて待っていた。ケイスはルシーアの姿を認めると、その前に片膝をついて頭を下げた。


「ルシーア様、お待ちしておりました」

「うむ、ケイスよ、お前も我が方につくか」

「はい、当然であります」


 ケイスの言葉にルシーアはうなずくと、その肩に手を置いてからケイスを立ち上がらせた。


「ならば行くぞ。この国に平穏と秩序を取り戻すのだ」


 ルシーアは城を見上げた。

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