兄と妹と元将軍
「お兄様」
ある夜、ミヌスは見張りに立っているウィバルドの横に来ていた。
「どうした、こんな時間に」
ウィバルドは特に構えることなく、ミヌスに顔を向けた。ミヌスはその視線を真っ直ぐ見返す。
「お兄様、家を出た理由も、その間に何をしていたかも、まだ聞かせてもらっていません」
「お前は知る必要がないことだ」
「そんなことは言わないでください。お兄様がいなくなって、お父様もお母様も、それに私も寂しい思いをしていたんです」
だが、ウィバルドは首を横に振る。
「親父は気にしてはいないだろう」
「お父様はいつもお兄様のことは気にしていました」
ミヌスに強い調子で言われると、ウィバルドは特に反論せず黙り込んだ。
「お兄様、三年間もどこで何をしていたんですか?」
数秒、間が空いたが、ウィバルドは口を開く。
「旅をしていたんだ。ずっと修行の旅だったよ」
「お父様よりも、強くなれたんですか」
「いいや、そういう気はしないな」
「なら、どうして戻ってきたんです」
それにウィバルドは苦笑を浮かべた。
「ルシーア王子に拾われたんだ。いい機会だったから、それに参加することにした。いずれ帰ってくる必要はあったからな」
それから二人はしばらく黙って立っていたが、ミヌスはおもむろに背を向けた。
「お兄様のことは信じています」
それからミヌスはその場から立ち去っていった。ウィバルドはそれを見送ってため息をつく。
「相変わらず、早熟な奴だ」
そして、ミヌスがテントの場所にたどり着くと、ちょうどボルツが出てくるところだった。ボルツはすぐにミヌスに気がつくと、近づいていく。
「こんばんは、おじ様」
「ああ、どうしたのだ、こんな時間に」
「お兄様とお話をしていたんです」
「うむ、それはいいことだ」
「でも、お兄様はあまり応えてくれませんでした」
そう言ってうつむいたミヌスにボルツは多少慌てた様子になった。
「三年も離れていればすぐには馴染まないだろう。じっくりやっていけばよいのだ」
「はい」
「しかし、父を超えるために修行の旅に出るとは、大した若者だ」
「お兄様は昔から頑固で、一直線なところがありますから」
「そうか、そうか」
ボルツはうなずくと、どうしたものかわからなくなった様子だった。それに向かってミヌスは顔を上げてにっこりと笑う。
「お兄様は大丈夫ですよ。おやすみなさい、おじ様」
それだけ言って、ミヌスはテントに入っていった。ボルツはそれを見送ってから、空を見上げる。
「難しいものだな」
それからボルツはミヌスが来た方向、ウィバルドのいる方向に足を向けた。ウィバルドはその気配に気づき、ボルツのことを見た。
「あまり張り詰めておくものではないぞ」
ボルツは気楽な様子でウィバルドに声をかける。ウィバルドは数秒間を空けると、口を開いた。
「いいえ、それほどでもありません」
「そうは見えんぞ。妹にもろくな対応ができないようではな」
ボルツの言葉に、ウィバルドはわずかに顔をしかめた。
「そういう時はこれだ」
ボルツは自分の戦斧を抜き、数歩下がった。ウィバルドもそれを見ると、自分の左右の刀に手をかける。
「ここでやるんですか」
「そういう顔をしているぞ」
二人は同時に笑みを浮かべると、ゆっくりと武器を構えた。数十秒、二人はそのままだったが、最初に動いたのはウィバルドだった。
両手の刀を閃かせ、ボルツに迫っていくと、右の刀を袈裟切りに振るった。ボルツはそれを軽く弾き、追撃も素早く弾いてから後ろに下がった。ウィバルドもそれに応じるようにして距離をとる。
「二刀流は疲れるだろう」
「どうですかね」
再び二人は対峙すると、今度はボルツが先に動いた。戦斧が上段から振り下ろされ、ウィバルドは左の刀でそれを受け流そうとするが、その勢いの凄まじさに受けるのはやめてとっさにバックステップで下がった。
そしてそこから地面を蹴り、右側に回りこみながら、軽く左の刀を突き出す。ボルツはそれをわずかな動きでかわすと、戦斧でそれをかち上げようとした。
しかし、ウィバルドはそれより早く刀を引くと、そのままボルツの背後に回り、両手の刀を同時に突き出した。だが、ボルツは戦斧でそれを跳ね上げ、勢いよく踏み込んだ。
ウィバルドは両手の刀を後方に投げると、そこからバック転してボルツの攻撃をすかすと、地面に刺さった刀をすぐに抜いた。
「さすがだな!」
ボルツは感心した声を上げ、さらに踏み込んでいった。ウィバルドはそこに左の刀を振り下ろしたが、ボルツはそれを横にステップしてかわした。
ウィバルドはそこから方向転換して、右の刃を下から振るうが、それは戦斧で上から押さえ込まれ、二人は動きを止めた。
「まだ父親には及ばないぞ」
「わかっていますよ」
それだけの会話をしてから、両者は同時に後ろに下がって距離をとった。
「もう少し、母上と妹には優しくしたらどうだ?」
「そんなに器用ではないんです」
そして二本の刀と戦斧がぶつかった。火花が散り、一瞬力が均衡するが、すぐにボルツのほうが押し込む。
だが、ウィバルドはそれをうまくいなすと、横に回りながら前に進んで、ボルツの背後に回った。そこにボルツは体の回転を利用して強烈な一撃を叩き込む。
ウィバルドはなんとか二本の刀でそれを受け流すと、よろめきながらも距離をとった。それから、二人はしばらく睨み合ってから、まずはボルツが戦斧を下ろした。
「これでいいだろう」
それに対して、ウィバルドも二本の刀を下ろし、鞘に収める。
「勉強になりました」
「なかなかやるな。お前の父親とはだいぶ違う」
「同じでは超えられませんから」
「ふむ」
それからボルツはウィバルドに近づいて、その肩に手を置いた。
「今日はもう休め。あとは俺が変わろう」
「わかりました」
ウィバルドは素直にうなずくと、ボルツが歩いてきた方向に体を向け、静かにその場から去っていった。
それを見送ったボルツはしばらくその場に立っていたが、巡回の兵士が近づいてくると報告を聞き、軽く指示を与えてから、朝まで油断なく見張りをしていた。




