忠臣
「またか」
近衛隊長のイロニスは部下からの報告に眉をしかめていた。
「これで何人目だ」
その言葉に報告に来ていた兵士は背筋を伸ばした。
「すでに三十人は」
「陛下の恩寵を賜った者達がそれだけ葬られているとはな。やはり光の一族は侮れない」
「それ以外にも一名が襲撃を繰り返しているという報告もあります」
「青い炎をまとう剣を振るうという話だったな。それが本当だとすれば、厄介なことだな」
「はい。恐ろしい力を持つ傭兵という噂だけですが」
イロニスはため息をついたが、すぐに気を取り直し、顔を上げた。
「陛下のご意思を邪魔する者は排除しなければならない。警戒をよりいっそう厳重にするんだ」
「はっ!」
兵士は退室し、部屋にはイロニスだけが残された。それから椅子に座ってため息をつくと、額に手を当てた。
「なぜこうも陛下の邪魔をする者が多いのか」
「イロニス様、ケイス将軍がお見えです」
そこに警備の兵士が声をかけてきた。イロニスはうなずく。
「通して差し上げろ」
すぐにケイスが室内に入ってきた。イロニスはそれを立ち上がって迎える。
「ケイス将軍、何ごとでしょうか」
「最近近衛の被害が多いそうで、対策は立てているのでしょうか? イロニス殿」
「手はうってあります。ケイス将軍にもお力添えを願いたいのですが」
「兵を犬死させる気はありませんぞ」
顔をしかめたケイスに、イロニスは強い視線を送った。
「陛下のために死すならば、犬死などというものはありえません」
ケイスはイロニスの強い視線に、首を縦に振った。
「もちろんですとも」
「では、後ほど新しい計画を提出させますので、協力をよろしくお願いします」
「そうですか、では後ほど」
ケイスはそれだけ言うと、足早に出て行った。それからイロニスは壁の刀を手に取ると、それを抜いた。刀身は冷たい光を放ち、イロニスの瞳を映し出す。
「良い刀だ。いよいよ、これを使わなければならないな」
そして鞘に収めると腰に差し、部屋の外に出た。
「城内にいる近衛兵を集めろ」
「はっ!」
控えていた兵士が返事をしてすぐに走り出した。イロニスはゆっくりと歩き、近衛隊の詰所に向かった。それからブリーフィングルーム的な場所に足を向ける。
「全員揃っているか」
「はい!」
まだ若い様子である女で、副長のミレイアが小気良い返事をしてイロニスを迎えた。イロニスがそれにうなずくとミレイアは着席し、立ってイロニスを迎えた他の兵士達も椅子に座った。
「さて、現状は皆もわかっていることと思う」
全員の前に立ったイロニスが口を開くと、その言葉にうなずいたりして、同意を示す者が多かった。それを確認してから、イロニスは先を続ける。
「陛下の命を受けている我々の邪魔をする者がいる。それが光の一族の者であるのはほぼ明白であり、これはすみやかに排除しなければならない」
そこで一度言葉を切り、ゆっくりと全員を見回す。
「我々、陛下のご意思を実現する者を邪魔する者がいるのは由々しき問題なのはわかるだろう。それに我らの敵はそれだけではなく、傭兵などという下賎な者もいる。今、この王都は荒れ果てている」
そして、イロニスは刀を抜き、それをかかげた。
「我らは陛下のご意思を実現する刃だ。その邪魔をする者は何者であろうと排除する! そのためには諸君の忠誠と献身が必要だ」
「おお!」
兵士達は勢いよく盛り上がった。イロニスは刀を鞘に収め、その興奮が静まるのを待ってから、再び口を開いた。
「皆の気持ちは良くわかった。なんとしても陛下のご意思を阻む者を打ち倒すぞ!」
その言葉にミレイアは立ち上がり、胸に右手を当てた。
「全ては陛下のご意思のために!」
「陛下のご意思のために!」
兵士達も立ち上がり、同じようにして声を上げた。イロニスはそれを満足したような表情で見回すと、深々とうなずいた。
「これからはより一層警戒を強化する。ケイス将軍の部隊とも協力をするので心してほしい。解散だ」
それから兵士達は各々のやることを始め、イロニスの元にはミレイアはが来ていた。
「隊長、一斑の人数を増やすと警戒がおろそかになるかと思いますが」
「それなら心配はない。敵は明白に我々を狙っているからな」
「確かにそうですが、それでは陛下のご命令の遂行がおろそかになります」
「まずは障害の排除が先だ。今回は私も出る」
「は、了解しました」
それだけ言うとミレイアはすぐにその場から離れていった。イロニスはそれからすぐに城から出て、城門の前で街を見回す。
「王都は陛下の意思でしか動くべきではないのだ」
そこに八人の兵士が出てきて、イロニスの前に並んだ。
「隊長! 各員準備はできております!」
「うむ。お前達は私と共に来い。陛下のご意思に逆らうものを討伐するぞ」
「はっ!」
そうして出陣した近衛隊だったが、それを遠くの屋根の上から見つめる人影があった。
「へえ、隊長とやらが出てきたか」
ケイシアはそうつぶやくと笑みを浮かべ、横に顔を向けた。
「なあ、楽しそうじゃないか」
「なにがだ」
少し離れた位置にいるタケルは特に感情を見せずに返す。
「隊長だぞ。今までよりも歯ごたえを期待できるだろ?」
「どうでもいいことだ」
「おいおい、弱いよりは楽しみが増えるだろう」
ケイシアはおどけた様子でそう言ったが、それに返事は返ってこなかった。
「ノリが悪いじゃないか。まあ、他にも観客がいるようじゃ軽々しく口も開けないってことかね?」
そう言ったケイシアが顔を反対の方に向けると、そこにも人影があった。
「タケル、あれはあんたを追ってる奴だろ。好きにさせといていいのか」
「好きにすればいい。俺のやることは変わらない」
「死霊を狩るか。まあそれもいいんじゃないか。こっちはこっちで好きにやらせてもらうけど」
そう言ったケイシアは屋根から人気のない路地に飛び降り、去って行った。タケルはそれに一瞥をくれてから、立ち上がった。
何かを感じたのか、イロニスはその方向を見上げ、しばらくそのままでいた。
「隊長?」
兵士に聞かれると顔を下げ、前を見る。
「なんでもない。では行くぞ」
イロニスは歩き出したが、その胸中には不吉な予感が充満していた。
そして、それが見えなくなるまで動かなかったタケルも立ち上がり、音もなくその場から姿を消していった。




