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地下の時間、夜の時間

 オーストンは日課となっている鍛錬を終えると、寝ている老人のそばに膝をついた。


「調子はどうですかな、ご老体」

「なに、この程度問題ないさ。それよりあんたは大丈夫なのかい」

「このような場所でも鍛錬くらいはできますから」


 オーストンは多少やつれたように見えたが、気力はいささかも衰えた様子はない。それを見て老人は安心したようにうなずく。


「まったく、あんたは大したもんだ」

「それほどでもありません。ご老体の博識にはかないませんから」

「博識なんてこたあないさ」


 老人はあまり残ってない歯をむき出して笑う。オーストンはそれにたいして首を横に振った。


「いえ、死霊のことや光の一族のこと、私も知らないことばかりでした」

「そうかい? まあ、あんたの役に立ったのなら嬉しいねえ」


 それから老人は咳き込んで、しばらく話せなかった。オーストンが頓服を水に溶かして差し出すと、老人はそれを受け取ってなんとか飲み込んだ。しばらくして老人は落ち着き、大きく息を吐き出す。


「はあ、落ち着いた、ありがとさん。しかし、あんたもいつまでもここにいるわけにはいかんよなあ」

「それは、どういうことでしょうか」

「なに、勘ってやつさ」

「そうですか、しかしそれならば今聞けるうちに、あなたのことを教えていただけないでしょうか。あなたのような博識な方は他に知りません」

「ただの囚人の爺だよ。名前もなにもとうに捨てちまった」


 老人はそれだけ言うと、横になって目を閉じた。そして、そこに足音が響き、ベークトルトが姿を現した。


「オーストン様、少しお話があります。よろしいですか?」

「私はいつでもかまいません」


 オーストンはベークトルトの前に立った。二人は鉄格子を挟んで、静かに対峙する。


「お話とはどのようなことでしょうか、ベークトルト殿」

「少し、今の王都の状況をお話しておこうと思いましてね」


 ベークトルトはそこで顎を撫でた。


「現在の王都はあまり良い状況とは言えません。一応情報は伏せてはいますが、死霊憑きが多く出現していて、被害はそれなりに出ています」

「どのように対処しているのですか?」

「情けない話ですが、一番働いているのは光の一族であろう男です。街では白髪の英雄ともてはやされていますよ」

「ほう」


 オーストンの脳裏にはすぐにタケルの姿が浮かんだ。


「まあ、おもしろく思わない人もいますが、私としては助かっていますし、何かしかけようとは思いませんね」

「しかし王は」

「王は最近はお部屋にとじこもってばかりですし、特に何のご命令もありません」

「そうですか、しかしそのようなことを私に話してどうするというのですか?」

「いずれ必要になります。私はそのために動いていますからね」


 それにオーストンは固い表情のまま、じっとベークトルトのことを見た。


「あなたは何を考えているのか、本当にわかりませんね」

「よく言われます」


 ベークトルトは微笑を浮かべてうなずき、懐から小さな布の包みを取り出した。


「これをどうぞ。そのうち役に立ちます」


 オーストンはそれを受け取り、中身を確認するとうなずいた。


「これが役に立つかどうかはわかりませんが、ありがたく頂いておきます」

「近いうちに必要になりますよ。では体にはお気をつけを」


 それだけ言うと、ベークトルトはその場を後にした。


「何を渡されたんだい」


 老人が体を起こして聞いた。


「聖灰です」

「ほう、それは役に立つだろう。よく手に入れたものだ」

「ええ、しかしこれでも自ら望んで死霊の力を得た者を元に戻すことはできないのですね」

「その通りだ。この様子ではそうした者が数多いのだなあ。そうなると強いぞ」

「戦えない我が身が情けないです」

「しかし、戦っている者がいるのだろう。光の一族ならば心配はいらないよ。それに、あんたはそれが誰だか知っているんだろう?」

「はい。あのタケルという若者とは刃を交わしました。間違いなく私が会った中でも最強の戦士です」


 オーストンの力強い言葉に老人は笑みを浮かべる。


「それなら間違いないだろう」


 そしてそれと同じ頃、ケイシアは根城にしている小屋の中で目立たない様子の男と向かい合っていた。


「それでウォーリナ、例のおっさんを助ける道筋はついたのかい?」

「地下水道からたどり着ける。十日ほどで可能だ」

「十日ね、それなら間に合うか。それまではこっちでなんとかやっておかないとかね」

「それはそっちの仕事だ」

「はいはい」


 ケイシアがそう言うと、ウォーリナと呼ばれた男は立ち上がり、壁に立てかけていた二本の手槍を手に取った。


「あんたもやっとやる気になったのかい?」

「あの方が来る前に少し掃除しなければならないだろう」

「へえ、それなら少しは楽になるかね。なにしろまともに働いてんのは、あのタケルとあたしだけだからな」

「それでも破滅しない程度にはできている。それに、まだそこまでの状況ではない」


 ウォーリナの言葉に、ケイシアは呆れたような表情を浮かべて首を横に振った。


「冗談。今は化物が街を歩き回ってるし、十分やばいだろうが」

「それをなんとかするのが我々の役目だ」

「わかったわかった。手は抜かないでやっておくよ」


 その返答を聞いて、ウォーリナは出て行った。


「まったく、わからない奴だな」


 それだけつぶやくと、ケイシアも長剣を背負って外に出て行った。時間は夜、街はまるで死んだような静寂だった。


「あれだけやばいことがあったら、そりゃこうもなるよな」


 そんな中、ケイシアはいかにも気楽な様子で笑みさえ浮かべながら歩く。見回りの兵士の足音が聞こえてくると、近くの屋根に上った。


 ケイシアが胸当てに触れた手で両目を撫でると、その瞳が青い光を放った。


「なるほど、あんな中にも混じってるか」


 笑みを浮かべると、ケイシアは長剣を抜いた。そして屋根を蹴ると、その中の最後尾の一人に狙いを定め、剣を振り上げた。


 その刀身は青い炎に包まれ、勢いよく振り下ろされると、最後尾の兵士をあっさりと切り捨てた。さらにケイシアは残りの四人をあっという間に打ち倒すと、剣を背中に戻す。


「こいつは大したことなかったか。もう少し手ごたえがないもんかね」


 ケイシアはそれだけ言うと、すぐにその場から立ち去って行った。

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