若き実力者
オーストンは装備を整え、玄関に立っていた。装備とは言っても、動きやすい服と腰に二本の刀、それから小さな胸当てに手甲とすね当てという、軽装と言えるものだった。
「行ってらっしゃいませ」
妻のアンナに見送られ、オーストンはうなずく。
「行ってくる。家のことは頼んだ」
「はい」
オーストンは外に出ると、城に足を向けた。その途中、昨晩届けられていた手紙を取り出してもう一度読み返す。
手紙は若き実力者であるベークトルトからのもので、城内に入れるようにしておくので、昼に訪れるようにというものだった。
オーストンはそのまま街の様子を見ながら、城の前に到着していた。番兵はその姿を見ると、オーストンの進路を塞ぎ、その間に詰所から警備の責任者が出てきた。
「オーストン様、あなたは謹慎中のはずです」
「それはわかっている。今日はベークトルト殿からの呼び出しだ」
そう言ったオーストンはベークトルトからの手紙を差し出した。責任者はそれを受け取り一読すると、人を呼んで小声で何か言ってからそれを渡した。
「わかりました。確認をしてきますので、ここでお待ちください」
それからしばらくすると、城内に入っていった者が戻ってきて、責任者が離れた場所でその話を聞いてからオーストンの前に立った。
「私が案内します。くれぐれも余計なことはしないようにお願いします」
「謹慎中の身だからな」
オーストンは軽く笑うと、先に歩き出した責任者の後に続いた。
「オーストン様をお連れした」
ベークトルトの執務室を警備してる兵士にそう告げると、しばらくしてオーストンだけが中に通された。執務室はよく整理されていて、オーストンの自宅の座敷とは違い、様々な資料が積まれた机と座り心地のよさそうな椅子があった。
そこに座っているのは、地味な洋服を着た、オーストンよりだいぶ若い雰囲気の細面の男だった。その男、ベークトルトはオーストンの姿を見ると、穏やかな笑みを浮かべた。
「よく来て下さいました。どうぞ、とりあえずおかけください」
ベークトルトは椅子を指差した。オーストンは刀を腰から取って手に持つと、とりあえず椅子を引き寄せてベークトルトの向かい側に座った。刀は膝に置いている。
「どのような用件かは知りませんが、謹慎中の私をここに呼んでくれたことは感謝しますよ、ベークトルト殿。どのような目的があるかは知りませんが」
「そう身構えずに、楽にしてください」
ベークトルトは穏やかな笑みを崩さずにそう言うと、椅子に背を預けて腕を組んだ。オーストンはそれでも態度は変えない。
「ベークトルト殿にはお聞きしたいことが色々とありますが、とにかく今は今日の用件を聞かせて頂けますか」
「わかりました。まず、オーストン殿はあの光の一族を攻撃した件について色々調べいるようですが、何かわかりましたかな?」
「指揮を取ったあなたがそれを聞くというのですか」
「いえいえ、私はただ人の手配をしただけですし、若輩者ですから詳しいことなどわかっていませんよ。裏のことまではね」
「裏、というのは?」
「ここで話せれば苦労はありませんが、まあそう簡単にはいかないものです。ですから、城の内と外、都合よく動ける私達が協力すれば何かわかると思いませんか」
「何を調べようというのですか?」
「裏ですよ。最近の我が国には気になることが多いと思うでしょう」
「それは、そうかもしれません。しかし私の今の立場では自由に動けません」
「それなら心配は不要ですよ」
そう言うと、ベークトルトは引き出しから一枚の紙を取り出して、オーストンに見せた。
「オーストン殿には当分の間、街の警備をして頂きます。お一人で、自由に」
「つまり、私は街の中であれば自由に行動できるということですか」
「その通りです。街には不穏な噂も流れ始めていますしね」
「不穏な噂というと、どういったことでしょうか」
「死霊が出るという噂ですよ。まだ確認されてはいませんが、深夜になると何かが街を徘徊しているということらしいです。警備の兵士は遭遇していないようなので、まだ確かなことではありませんがね」
「死霊ですか。それならば確かに私が適任でしょう」
「そう、あなたのその刀ならば」
ベークトルトはオーストンの膝の上の刀に視線を落とした。
「確かに、死霊絡みであれば、ただ切って終わりにはできません。私のこの刀か、あるいは光の一族ならばなんとかできますが」
「光の一族への攻撃と死霊の出現の噂、妙に都合がいい、いや、間が悪いことです」
「それは、どういう意味ですか」
その問いにベークトルトは首を横に振った。
「残念ながら、まだ何も言える段階ではありません。しかし、そのうち見えてくるでしょう」
それから二人は数秒間の間、黙って互いのことを見ていた。先に動いたのはオーストンの方だった。
「わかりました。まず、死霊の噂の真意を確かめることにします。しかし、頻繁に私がここに来るのはまずいと思うのですが、連絡はどうするのでしょうか」
「明日には私が手配した人物をご自宅に伺わせますよ。人目につかないようにさせるので、少々驚かせることになるかもしれませんが」
「ご心配なく。家の者にも伝えておきます」
それからオーストンは立ち上がり、刀を腰に戻した。
「では、私はこれで失礼させて頂きます」
「ええ、ご協力頂けて助かります。今まであまりお話しする機会もありませんでしたが、これからは是非ともお願いしたいですね」
「私もあなたとはまたじっくりと話したいものです」
オーストンの言葉にうなずいたベークトルトは机の上のベルを鳴らし、室内に入ってきた警備の兵士が中に入ってきた。
「オーストン殿を送って差し上げてください」
「はっ!」
それからオーストンと兵士は部屋から出て行き、部屋にはベークトルトだけが残った。かのように見えたが、ベークトルトが手を上げて少し動かすと、数十秒後、天井の一部が外れて覆面をした顔が逆さまに突き出された。
「今の話は聞いていましたね。あなたはこれからあのオーストン殿の担当ですから、よろしくお願いしますよ」
「心得ております」
その声は若い女のような声に聞こえた。
「では、引継ぎをしたらすぐに新しい仕事にかかってください」
「御意に」
頭が引っ込み、天井が元に戻された。ベークトルトはそれを見ようともせずに、机の上の書類を手に取った。
「今できることはこの程度ですかね」
そうつぶやいてから、書類仕事を再開した。