王都への道
「目的地は王都だ!」
「おおっ!」
ボルツの号令に兵士達は一斉に声を上げた。
「聞けば今の王都では死霊と近衛の連中が暴虐の限りを尽くしているという! 我らこそが真の王都の守護者として、今こそ立ち上がるべき時だ!」
「おおお!」
「我らの主君はルシーア王子だ! これは謀反ではなく、民を守るための戦いだ! 全員心せよ!」
「おおおおおおおお!」
数は多くなくとも、兵士達の士気は抜群だった。ウィバルドはそれを見て、驚きを顔に浮かべている。
「ボルツ、元将軍はああ見えて人望もありますし、戦には強いんですよ。意外と細かいところに気がつきますし、なによりも部下を信じられるのが長所です」
レイスの言葉に、ウィバルドは黙ってうなずいた。
「まあ、あなたもオーストン様を超えたいのなら、よく見ておくことですね」
ウィバルドは一瞬鋭い視線をレイスに向けたが、すぐにそれを抑えた。レイスはそれに気がつかないような様子で涼しい表情のまま、王都の方角を見た。
その間にも、ボルツは勢いよく戦斧を王都の方角に向けた。
「行くぞ!」
「おおおおおおおおおおおおおおおお!」
兵士達の声が空気を震わした。それからは慌しく出発の最後の準備が行われ、ボルツ率いる軍団は村人達に見送られて出発した。
そしてその日の夕方、まだ日のあるうちに軍団は行軍を止めて野営の準備を始めた。ボルツは報告を受けてから、見回りをすることにした。
急造のかまどの側では、夕食の準備が進められていて、そこにはアンナとミヌスの姿もあった。
「アンナ殿、そのようなことは兵達に任せておいてもらえらば」
ボルツがそう言うと、アンナは笑顔で首を横に振る。
「いいえ、私もここの一員ですから」
「かたじけない、兵達も喜びます」
アンナとミヌスは兵士達にも人気があるので、ボルツは心から礼を言った。そしてその場を立ち去ると、今度は見張りに立っている兵士に声かける。
「異常はないか?」
「はっ! 異常ありません!」
まだ若い兵士はボルツの姿に緊張した様子で返事をした。ボルツはその肩に手を置く。
「気を張りすぎるともたんぞ」
「は、はい!」
「落ち着け、俺もお前くらいの頃はそうだったがな」
ボルツはそう言って兵士の肩を叩くと、その場から立ち去ろうとした。だが。
「将軍!」
兵士の張り詰めた声にすぐに振り向くと、ボルツの目に映ったのはこちらに向かって走ってくる、数十の人影らしきものだった。
「襲撃だ! すぐに本隊に知らせろ!」
ボルツは戦斧を手に取ると、兵士の背中を強く叩いた。それに押されるようにして兵士はすぐに走り出した。それからボルツは人影を凝視すると、それはボロボロの服と皮膚をまとった死体、ゾンビのようなものだった。
「化物が、ここまで来るとはな。まあいい、新しい武器を試す好機だ」
そしてボルツは地面を蹴って走り出した。
「うおおおおお!」
雄叫びと同時に先頭のゾンビの胴に戦斧を叩き込んだ。ゾンビは戦斧が当たった場所から真っ二つになり、無様に転がる。
さらにボルツは後続のゾンビ相手にも続けざまに戦斧を振るい、まるで豆腐を切り裂くようにやすやすと解体してしまう。
「さすがだ」
ボルツは戦斧の威力に満足の笑みを浮かべると、さらに一体のゾンビを両断し、続けてゾンビをどんどん葬っていった。その姿はまるで旋風のようで、ゾンビはまるで落ち葉のように散らされていく。
「将軍!」
兵士達が駆けつけた頃には、すでにゾンビはほぼ全滅していた。それでも兵士達はボルツに駆け寄るが、その間に残ったゾンビも戦斧で片付けられていた。
「将軍、お怪我は!?」
「心配するな、この程度ならば俺一人で十分だ」
ボルツはそう言ってから戦斧を振って、汚れを落とす。
「だが、また襲撃があるかもしれん。人員を増やして警戒をつづけろ」
「はっ!」
兵士達は小気味よく返事をすると、すぐにその手配のために走った。兵士と一緒に来ていたレイスだけはその場に残り、ゾンビの残骸を見回す。
「しかし、派手にやりましたねえ」
「新しい武器の初陣だ。当然だろう」
「よほど気に入ったんですね。まるで新しいおもちゃをもらった子どもですよ」
「やかましい。これなら死霊どもとも戦えるんだぞ。それに手ごたえがまるで違う」
「なんだかなんとかなるような気がしてきましたよ。とりあえず我々も戻りましょう」
「そうだな」
それから二人は野営地に戻っていった。
そして日が落ちてから、レイスは焚火の管理をしながら一人の下士官である兵士と向かい合って座っていた。今の時間、ボルツは休んでいる。
「レイス様、ボルツ将軍のあの戦斧はどういった物なのでしょうか」
「ああ、あれは光の一族の方から受け取ったものですよ。かなり上位の人らしかったんですけど、認められたのは元将軍だけだったようですね」
「将軍は光の一族を目の敵にしていたと思いましたが」
「まあ、ああ見えて自分が納得すれば考えを変えられるのがいいところですからね。おかげで死霊に対する強力な武器も手に入れられたわけですし、さすがですよ」
そこに伝令の兵士が走ってきた。
「レイス様! 敵襲です!」
「数は?」
「狼のような獣が六体確認されています!」
「それならば、我々だけで対処が可能でしょう。私が指揮をとりましょう」
「はっ!」
レイスは立ち上がり、兵士の後について小走りで現場に向かった。そして現場に到着すると、そこではまだ戦闘は開始されていなかった。
「状況は?」
レイスの声に弓と槍の混成の兵士達のうちの一人が振り返った。
「獣はまだここまでは到達していません。林の中に潜んでいるようですが、時間の問題かと」
「そうですか、ではあなたとそこのあなた、私と一緒に来てもらいますよ。敵を掃討、あるいはおびき出します」
「了解しました!」
槍を持った二人の兵士がレイスに従ってその場から離れた。それから三人は林の中に足を踏み入れる。
「近いですよ」
レイスは小声でそう言うと、刀に手をかけた。兵士二人も自分の槍を構える。獣の足音と息が聞こえ、レイスは刀を抜き打ちで振り上げた。
その一撃は狼の首筋を切り裂き、一体は完全に即死した。さらに続けて三体の狼が木の間から飛び出してきたが、一体はレイスが振り下ろした刃で切り裂かれ、残りの二体も兵士の槍で突き返される。
「まだ来ますよ!」
レイスは叫び、刀を構えると、さらに飛び出してきた狼を一体切り捨てた。その間にも、兵士二人はそれぞれ倒した狼を槍で突き刺す。
それから最後の一体がゆっくりと姿を現した。それは今までのものよりもたくましく、二周りは大きい。レイスは一歩前に出ると、刀を上段に構え、静かに息を吐き出した。
数秒後、狼がレイスに飛びかかってきた。レイスはそれに合わせ、刀を鋭く振り下ろす。その一撃は狼を切り裂いたが、止めを刺すにはいたらない。
「今ですよ!」
だが、レイスの号令に二人の兵士が槍を突き出し、その狼を串刺しにした。狼が無力化されたのを確認し、レイスは周囲の確認もした。
「これ以上の獣はいないようですね。一度戻りますよ」
それからレイスと兵士達は元の場所に戻っていった。




