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暴虐と英雄

「王命だ! 邪魔立てすれば反逆者とみなすぞ!」

「どうか、どうかおやめください!」


 近衛の鎧を着けた兵士達五人が、まるで押し込み強盗のようにして、質屋の中を荒らしていた。店の主人らしい中年の男がその足にすがりつく。


「やかましい!」


 だが、近衛の兵士は中年の男を蹴り飛ばした。その間にも、店内の商品は次々と運び出されていってしまう。


「ああ! そんな!」


 それを追って外に飛び出した男は地面の上でうずくまってしまう。


「ええい! 目障りだ!」


 その男を近衛の一人が蹴り飛ばす。そこに従業員らしい若い男女が駆け寄り、両脇から抱えて立たせたが、さらに近衛の兵士はそれを殴り飛ばした。


「押収した物を調べてから貴様達には処罰が下るだろう、覚悟しておけ!」

「そんな! 私達は何も!」


 女がそう言うと、兵士はそれに向けて手を上げようとした。だが、その手は後ろからつかまれる。その兵士が振り向くと同時にその顔に拳が叩き込まれた。兵士は地面に転がり、野次馬から歓声が上がる。


「貴様!」


 近衛達が叫ぶ相手は、白髪で顔をマフラーで覆った男、タケルだった。皮の鎧と全身に巻いた鎖で完全武装している。


「おい、あいつは」

「噂の白髪の英雄よ!」


 野次馬達はタケルの姿に沸いていた。タケルはそれを一瞥してから、自分に武器を向ける兵士を見回す。


「貴様こんなことをしてただで済むとお!」


 最後まで言えずにその兵士は顔面に蹴りを入れられていた。そして、タケルは短剣を左手で抜き、構える。それに反応するかのように立っている兵士三人の姿が、歪んだ。


「多いな、いや、大きいな」


 そしてタケルのつぶやきと同時に兵士の体が膨れ上がり、互いに引き合うようにして空中で激しくぶつかると、そのまま一つにまとまった状態で弾けた。


「な、なんだアレ!?」


 言葉を失う野次馬の中で、なんとか口が利けたのは一人だけだった。そこには、二つの狼の頭に、虎の体、サソリの尻尾を持つありえない獣がいた。


 その姿は血にまみれ、四つの瞳には殺意以外の何も宿ってはいない。そして、それは間髪いれずにタケルに飛びかかった。


「鉄鎖術、蛇」


 だが、タケルが腹に巻いていた鎖を開放すると、それが空中で生きているかのように動き、獣のの首に絡みついた。タケルはそのまま身を縮めながら、鎖を横に引っ張り、突進の力の向きをうまく変えて野次馬のいない方向にそれを落とした。


 獣は体勢をすぐに立て直し、タケルに殺意だけがこもった視線を向ける。タケルはそれを受けても動じることはなく、鎖を手元に引き寄せた。それはやはり意思を持つかのように動いている。


 殴られたのと蹴られた兵士も、野次馬達も明らかに危険な状況にも関わらず、タケルの動きに魅せられたようにその場から動こうとしない。


 獣はじりじりと動くが、いきなりその前足に鎖が伸び、それを打った。そしてバランスを崩したところにタケルは地面を蹴って地を這うように走る。


 そのまま左の狼の目に短剣を突き立てると同時に、右足をそれにかけて跳んだ。短剣はその勢いで抜け、そうして空中に舞ったタケルに向かって獣の尻尾が伸びようとする。


「鉄鎖術、縛」


 だが、タケルが右手の鎖を放ると、それは瞬時にその尻尾を拘束した。さらにタケルは右腿の鎖を解く。


「鉄鎖術、激」


 鎖が右足に巻きつき、そのままタケルは鎖で拘束されている獣の尻尾に、正面から強烈な飛び蹴りを炸裂させた。その一撃にサソリの針はひしゃげて地面に叩きつけられ、衝撃で獣の体勢が崩れる。


 タケルは勢いよく獣の背後に着地すると、そのまま数歩前進して距離をとってから振り返った。その時には獣も向きを変えていて、タケルの姿をとらえている。


 そして低いうなり声を上げながら、四肢に力を込め、跳んだ。


「危ない!」


 野次馬の中から誰かの叫び声が聞こえたが、タケルはすでに獣の突進をかわし、その横にまわっていた。胴体に短剣を突き立てるが、それは分厚い毛皮に阻まれ、深くは刺さらない。


 獣は素早く方向転換をしてタケルに前腕を振ったが、すでにタケルはそこから後ろに下がっていて、その攻撃は空振りになる。


「うおおおおお!」


 だが、そこに残っていた近衛の兵士のうち一人が槍で突きかかっていった。タケルはそれを簡単にかわして槍を叩き落すと同時に、兵士の顔に拳を入れ、地面に落ちた槍を足で跳ね上げた。


 そしてそれを右手でつかむと、ちょうど顔を向けた獣の顔に向けて投げた。それは狙い過たず、さっきタケルが潰した目とは逆の目に突き刺さった。両目を潰された狼の頭は呻き、その頭を振る。


 タケルは死角となった方向から走りこむと、地面を蹴って鎖に包まれた右踵を両目が潰れた頭に振り下ろした。その場に鈍い音が響き、狼の頭が陥没した。タケルはやはりそこから素早く下がって距離をとる。


 頭の一つを潰された獣は残った頭で、タケルによりいっそうの殺意を向けた。今度は一気に飛びかかるのではなく、じりじりとタケルに向かって前進する。タケルのほうも、その動きに合わせるように、ゆっくりと獣の周囲を回るように移動している。


 今度は獣ではなく、タケルが先に動いた。何の変哲もないような突進に、獣は正面から爪と牙をむく。タケルはその爪を短剣で受け流し、地面を滑って獣の下を潜った。


 そのまま獣の後方に出ると、タケルは立ち上がらずに膝を立てて体を反転させる。そして、獣が振り返るよりも早く、右手の鎖を解き、その後姿に向かって地面を蹴った。


「鉄鎖術、貫」


 右手に鎖が巻きつき、それが尻尾の付け根に打ち込まれた。貫手は見事に獣の皮を抉り、獣を悶絶させる。


 タケルはさらにその手をねじって傷口を広げると、それを引き抜き、体を振るわせた獣から距離をとった。それからマフラーを解き、空中に投げると右足を後ろに引いて構えた。


 そして、獣は振り返り、逆上した様子でタケルに牙をむいて飛びかかって来た。


「光術、刀」


 突進に合わせ、タケルは右足を振り上げた。それに空中のマフラーが巻きつき、その足は光輝く刃と化す。


 その刃は獣の前足と二つの頭を切り落とし、残った体は衝撃で横にずれ、タケルのすぐ横に落ち、わずかに痙攣するとすぐに動かなくなった。


 タケルは短剣を鞘に収めてから、残った一人の兵士を何気ない様子で見る。その兵士は特になんの敵意もないその視線に恐れをなし、その場から走り去っていった。


 野次馬が歓声を上げ、タケルはその中で右手と右足の鎖を解き、獣の尻尾に巻きついていた鎖も回収した。そして、野次馬に囲まれる前に、その場から素早く立ち去る。


 だが、残された野次馬達の興奮は収まらない。


「あれが噂の白髪の英雄か。それにあの兵士、まさか本当に化物になるなんて」

「きっとあの方こそ、この街の救世主」

「その通りだ!」


 その光景を遠くから見ていたケイシアは苦笑いをしながら頭をかいた。


「やれやれ、あんなに目立っちゃって。面白くなってきた」

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