師父と使者
夜、ボルツは一人で滞在している村から離れた場所に向かっていた。そして小さな林の前まで来ると、黙って立っていた。
「入るがよい」
しばらくして声が響くと、ボルツは林の中に足を踏み入れる。そのまま真っ直ぐ歩いていくと、期の少ない場所にたどり着き正座をすると、そこに座る老人に向かって頭を下げた。
「ご老体、ご機嫌は」
「すこぶる良い。お主のような若い弟子もできたのでな」
「俺を弟子と言ってくださるとは、ありがたい。あなた方を滅ぼそうと考えていたというのに」
「それは過去のこと、過ぎたことだ」
「はっ」
「それに、もしあの攻撃をお前が指揮していれば、我々が生き残ることは難しかったであろう。それほどの力の持主であるからこそ、だ」
老人はそこまで言うと立ち上がった。背筋は伸びていて、その姿はまるで歳を感じさせない。
「そろそろお主に武器を与えてもよい頃だろう」
そう言った老人は背後の林に姿を消し、戻ってきた時には、両刃の戦斧を手に持っていた。ボルツはそれを見て息を呑む。
「お主が得意な武器はこれであろう」
「はい、その通りです。しかしなぜそれが」
「なに、見ていればわかる」
そして老人は戦斧を目の高さまで持ち上げた。
「これならば死霊を討つことができる。持って行くがよい」
「では、ありがたく」
ボルツは差し出された戦斧を受け取った。そして握りなどを確かめてみた。
「お主は死霊をどのようなものだと思っている?」
「我らに仇をなすものでは?」
「それだけではない。死霊というのは生き物に憑き、中からその命を食い尽くし、様々な異形に変化する」
「それは以前に思い知らされました。あの鬼には俺ではかないませんでしたから」
「あのオーストンが倒したのだったな。あの者が持つ妖刀はまた特別だ。使い手を選び、代償も必要だ」
老人はそう言ってから何かを懐かしむような表情を浮かべる。ボルツはそれを見ると、今まで聞こうとして聞けなかったことを言ってみることにした。
「ご老体、オーストンとは面識があるのですか?」
「いいや、ない。だが会わずともわかることはある。それはあの男も一緒だろう。我らとは対極とも言えるとはいっても、いや、だからこそだな」
「一体それはどういう」
「いずれわかることだ。あの男の命脈はいまだ尽きてはいない」
「そうですか。しかし、それは朗報です」
ボルツはそう言うと立ち上がった。
「では、俺はこれで」
「お前達は近く、王都に戻ることになろう。そこでは激しい戦いがあるが、その中に希望を見出すことにもなる。我々光の一族の中でも最も才のあるものが、その戦いに大きな役割を果たす、覚えておくといい」
「心しておきます」
ボルツはその場から立ち去っていった。老人はそれを見送ると、その場に腰を下ろし、夜空を見上げてつぶやいた。
「タケルよ、お前はどうする」
翌朝、ボルツとレイスが朝食をとっていると、そこに兵士が一人駆け寄ってきた。
「将軍、ルシーア王子からの使者と名乗る者が来ています」
「そうか、すぐに行く。案内しろ」
「はっ! こちらです」
兵士に案内され、ボルツとレイスは村の中でも大きな家に到着し、その中で一人の若い男と向かい合った。
その男は腰の左右に刀を差し、その顔にボルツはなんとなく見覚えがある気がした。若い男は軽く頭を下げると懐から巻物を取り出した。
「ルシーア王子からの書状です」
「うむ」
ボルツはそれを受け取り、すぐに広げると一読し、うなずいた。
「そうか、王子はついに動かれるのか」
そしてボルツは若い男に目を向ける。
「ところで、どこかで会ったような気がするな。名はなんという?」
「ウィバルド」
答えたのはレイスだった。若い男、ウィバルドは顔をしかめてからそれにうなずく。
「そうです」
「オーストン様のご子息でしたね。お初にお目にかかります、私はレイス」
「息子だと!?」
ボルツは驚愕の声を上げた。レイスとウィバルドはそれにあまり驚きもしていない。
「元将軍、彼が失踪した時はそれなりに話題になったものですよ。確か三年前でしたか」
「昔の話です」
ウィバルドは無表情で答えた。ボルツはその様子に首をかしげてから、何か思いついたようで口を開く。
「お前の母上と妹がここにいるが、会って行くか?」
「いえ、一方的に縁を切った身ですから」
「いいや、そういうわけにはいかん!」
ボルツは叫ぶと、いきなりウィバルドの手をつかんだ。
「アンナ殿に会いに行くぞ!」
「いや、待って!」
「さあさあ、行きましょう」
ウィバルドは抵抗しようとしたが、レイスもその背中を押し、無理やり連れて行った。
そして、アンナが兵士に稽古をつけている場所に到着すると、最初にミヌスがその姿に気がついた。
「兄様!」
ミヌスが走り出し、ウィバルドは困惑の表情を浮かべたまま、それを迎える。ミヌスはそのままウィバルドに抱きついた。
「今までどこにいたんですか?」
「いや、それはな」
ウィバルドが動けずにいる間に、アンナが手槍を持ったまま近づいてきた。その顔は穏やかな微笑を浮かべている。
「ウィバルド、おかえりなさい」
そう言われたウィバルドは、困ったような表情を浮かべた。
「はい、母上。お久しぶりです」
アンナはウィバルドの頬に手を当てた。
「本当に久しぶり。でも無事で良かった」
それからアンナの両腕がウィバルドの体を抱きしめた。三人の親子が抱き合う形になり、しばらくそのまま動かなかったが、最初にアンナが離れた。
「何があったか、今は聞きませんよ。今はこうして同じ側に立てるだけで十分ですから」
その言葉にウィバルドは無言でうなずき、ミヌスの肩に手を置いて自分から放した。
「ありがとうございます。父上は必ず救い出して見せます、超えるために」
そう言うウィバルドの目には強い意志の光が宿っている。アンナはそれに微笑みを返した。
「強くなったのね。あの人もきっと喜ぶはずですよ」
「いえ、まだまだです」
「そうことならば、確かめないわけにも、ね」
アンナは後ろに下がり、手槍を構えた。それを見たウィバルドは左右の刀を抜く。
「わかりました。この三年間を見てもらいます」
自然に周囲の者は離れていき、アンナとウィバルドの周囲には円状の空間ができた。
「では、参ります」
「来なさい」
ウィバルドは地面を蹴り、アンナはそれを迎え撃つべく手槍を構える。二人の武器が交錯し、周囲に緊張感を走らせた。




