傭兵
「さてと、今日は働きますかねえ」
ケイシアはそうつぶやくと、青い胸当てをつけ、壁に立てかけてある長剣を手に取り、背負った。それから灯りを消すと、外に通じる扉を開けた。外は夜で、人通りもない。
「今日はあいつに会えるかねえ」
ケイシアの出発地点は街の外れのぼろ小屋で、警備の巡回もほとんどない。ケイシアは大して警戒もしていない様子で軽快な足取りで歩き出した。
しばらくはそんな調子で、特に何事もなかったが、前方の角から足音が響いてきたので、ケイシアは手近な物陰に身を隠した。
そうしてじっとしていると、六人の武装した兵士が張り詰めた雰囲気で姿を現し、ケイシアが潜んでいる場所に近づいてきた。
兵士達はケイシアには全く気づかずに通りすぎたが、すぐにそのうちの一人が、上から降ってきた影に押さえつけられた。
次の瞬間にはその首筋に短剣が突き立てられ、あっさりと首を狩られた。そして、他の兵士達が反応する前に、その影は後ろに飛び退き、その顔を包んでいるマフラーが揺れた。
三人の兵士が槍をそれに向け、残りの二人が倒された兵士の様子を見るが、その倒れた兵士の体がいきなり膨張して、弾けた。
様子を見ていた兵士は二人とも同時に衝撃で飛ばされ、影に向かい合っていた三人も突然のことに慌てて振り返った。だが、真ん中の一人が何かにいきなり突き飛ばされ、影の足元まで転がされた。
「な、なんだ!?」
残りの二人が振り向くと、そこにあるのは血にまみれた、倒れた兵士の背丈の半分ほどの、腕や足ではなく無数の触手を生やした奇妙な生物のようなものだった。
「おやおや。さあ、どうする?」
ケイシアはそれを面白そうに眺めているだけで、特に何をするでもなく、影、タケルの様子だけを見ている。
その間にも触手が伸び、それが右の兵士に襲いかかろうとしたが、地面を蹴ったタケルがその間に入り、それを短剣で切り落とした。続けてタケルは後ろの兵士を強く突き飛ばし、さらに移動すると、左側の兵士も蹴り飛ばした。
邪魔が排除され、タケルは触手を動かしている生物と対峙した。そこに残っていた触手が一斉に伸びてくるが、タケルはそれをかいくぐって接近すると、その生物を素早く十字に切り裂いた。
血が吹き上がり、切り裂かれたそれは地面に崩れると動かなくなった。そして、兵士達が立ち上がる頃にはタケルの姿はなかった。
そこから少し離れた場所で、走っていたタケルは足を止めた。
「ここなら誰もいないぞ」
「はいはい」
そこにケイシアが姿を現す。
「最近兵士が襲われてるっていうののからくりはあれだったのかい」
「今回はぎりぎりだ。間に合わなかったこともある」
「へえ、前に集めてた情報が役に立ってるのかい?」
「そうだ、兵の中に死霊に憑かれた者が混ざっている」
「それが今になって暴れだしてるってわけか。で、あんたはそれを狩ってるわけだ」
タケルはそれに黙ってうなずいた。ケイシアはそれを見て笑みを浮かべる。
「それなら、手を貸してやろうじゃないか。どうだい?」
「いいだろう、お前の実力はわかっている」
そう言ってタケルはケイシアに背を向けた。
「おいおい、実力だけじゃなくてもっと知りたいことはないのかい?」
「その胸当て、龍の鱗だな。よほどの者でなければ手に入れることはできない」
「おや、知ってたのかい。じゃあ、今の立場の説明はどうかな?」
「傭兵はなんでもするものだろう。お前の個人的なことに興味はない」
タケルの返答にケイシアはため息をついた。
「つれないねえ。傭兵ってのは、色々知ってるものなんだから、聞きたいことがあったらなんでも聞いたっていいんだよ」
タケルはそれに振り返ると、短剣を抜いた。
「ならば、その剣に聞こう」
ケイシアはそれを見ると、自分の長剣を抜いた。
「来なよ」
次の瞬間、タケルはケイシアまで一歩という距離まで到達していた。だが、ケイシアはそれを予期していたかのようにそこに剣を振り下ろしている。
両者の持つ剣が激しくぶつかり、力が拮抗した。
「さすが」
ケイシアは凶暴な笑みを浮かべて剣を押し込み始めた。タケルはすぐに短剣を引いたが、ケイシアは姿勢を崩さずに後ろに下がった。
「いいねえ」
そこからケイシアは上段、タケルは下段から互いの剣を振る。今度の衝突では激しく火花が散り、両者は一瞬で離れた。
そして、二人は同時に剣を収める。
「やはりな」
「なにが、やはりなんだい?」
「お前は俺の討つべきものではない」
「わかりきってることを言うじゃないか。それで、聞きたいことは?」
「一つだけ聞こう。お前は最後までこれを見届けるか?」
「まあ、仕事以外でも興味も出てきたし、それは約束しようじゃないか。あんたの活躍はよーく見させてもらうよ」
ケイシアの言葉を聞くと、タケルは再び背を向けた。
「俺は南に行く」
「なら、あたしは北か」
「明日、この場所で落ち合おう」
それだけ言うと、タケルはすぐにその場から去って行った。ケイシアはそれを見送ってから、自分が目指すべき方角の空を見上げた。
「じゃあ、こっちも行きますか」
それからケイシアが移動を始めると、すぐに巡回している兵士を発見し、それをつけ始めた。
「こいつはついてる」
そして兵士が出歩いている住人と出会った時、それは起こった。
「おい、どうした?」
突然うずくまった兵士の一人に、他の兵士が近寄り、肩に手を置こうとした。
「え?」
心配していた兵士は自分の腕が無くなっているのに気がついた。
「うわあああああああ!」
その腕を食いちぎったのは、元は兵士、今は巨大な口の化物だった。
「下がれ! 下がれ!」
残りの兵士達はなんとか後退しようとしたが、その間にも口の化物は暴れ、腰を抜かしている町の住人に襲いかかった。
しかし、それは青い炎をまとった剣によって遮られる。
「やれやれ、色々なのが混じってるもんだ」
ケイシアは青い炎をまとった剣を構えると、自らを飲み込もうとする大口に向かい、上段から一気に振り下ろした。
口の化物は真っ二つに割れ、ケイシアを飲み込むことはできなかった。だが、ケイシアはさらに振り向きざまに後方に剣を振り上げた。
その一撃で後方から飛びかかってきていた町の住人だったものは切り捨てられ、その場に転がる。ケイシアはその転がったもの、凶悪な牙と爪を持ったものに近寄ると、剣を突き立てた。
「き、貴様は!?」
兵士の問いに何も答えず、ケイシアはそれ以上の脅威がないことを確認し、すぐにその場から走り去った。




