謀反人、そして怪物
「オーストン、一体今のは何だ」
ボルツがオーストンに駆け寄ると、オーストンはゆっくりと振り返った。その姿は傷以外は特に変わったところはなかった。
「このアマギリの力の半分はこの脇差にわけてあるだけです。一本では力の半分も出せませんがね」
「なんだと!?」
「ボルツ将軍、斧ですよ」
そこにレイスが斧を持ってきてボルツの気をそらした。
「うむ」
ボルツは気を取り直してレイスが拾ってきた戦斧を受け取った。だが、そこに突然足音と共に声が響いた。
「全員動くな!」
三人がその方向に顔を向けると、そこには完全武装した近衛部隊、七名がいた。
「お前達は」
ボルツが一歩踏み出したが、そこに近衛部隊の先頭に立つ男がいきなり刀を突きつけた。
「おとなしくしろ!」
「な! 貴様!」
ボルツは刀にかまわずに前に出ようとしたが、レイスが無言でそれを止め、ボルツの前に出た。
「近衛部隊が何のご用でしょうか」
「余のしたことに不服があるのか?」
今度は背後から声が響いた。その覚えのある声に近衛部隊は刀を捧げ持ち、後の三人はすぐに振り返り、その場に片膝をついた。
「セイフリッド様」
近衛部隊が一斉にその声の主、そしてこの国の主の名前を読んだ。寝室から出てきたであろうセイフリッドはオーストンに厳しい視線を送る。
「オーストン、余に対する裏切り、どう申し開きするのだ?」
「陛下、私の陛下への忠誠は微塵も変わりはありません」
「ほう、ではそこに倒れている余の侍従は、お前が殺したのではないというのか?」
セイフリッド王が指差す先、鬼が倒れていたはずの場所には、一人の中年の男の首なし死体が転がっていた。そこでボルツが声を上げた。
「陛下、あの者は鬼に変化していました。オーストンは鬼を討っただけです」
「鬼だと? 何を世迷言を。それに、どうあっても余の側近を手にかけたことに変わりはない」
そしてセイフリッドが手を動かすと、近衛部隊が一斉に動き、オーストンを包囲した。
「連れて行け。謀反人だ」
「はっ!」
近衛部隊はオーストンの両腕をつかんだ。オーストンはそれに目立った抵抗はせずに、立ち上がり、連れて行かれた。
「下がれ」
セイフリッドは一言だけ言った。
「陛下!」
「下がれ!」
その一喝に反論しようとしたボルツだったが、レイスに止められ、その部屋を後にした。セイフリッドはそれを無表情で見送っている。そして、部屋に一人になると、その顔に暗いものが現れる。
「頃合だ」
それから両手を広げると、なにかぶつぶつとつぶやき始めた。
「なるほどな」
窓の近くに張り付き、室内をうかがっていたタケルはそうつぶやき、その場から離れた。そして、素早くそこから下りていき、城壁の外に着地した。
「面白いものは見られたかい?」
そこには青い胸当てをした女が待っていた。タケルはそれを無視してすぐに歩き出すと口を開く。
「でかいのが来るぞ。やる気があるなら準備をしておけ」
「へえ、ちょうど物足りないと思ってたところだからちょうどいい」
女の言葉が終わると同時に、巨大な土煙の柱が少し離れた場所で立ち昇った。タケルと女はすぐに走りだす。
「タケルだ。お前、名前は」
「やっと聞いてくれたねえ。ケイシアだよ。よろしく、タケル」
「そうか、いくぞ」
「はいはい」
二人はさらに速度を上げ、土煙の場所にすぐ近くに到着した。そこは破壊と暴虐があり、その中心にいるのは人間の三倍はあろうかという、皮膚のない人間のような姿をしたグロテスクな何かだった。
「これはまた、悪趣味な」
「死霊に期待をするな」
タケルは短剣を抜くと、その後ろに回り込むようにして走った。ケイシアは正面に立ち、長剣を抜く。
「さあ、やろうじゃないか」
そう言うと同時に、ケイシアはそのグロテスクな何かに向かって行き、すれ違いざまにその足を切りつけた。それは血を撒き散らしながらうめき声を上げると、ケイシアを押しつぶそうと手を振り下ろした。
「おっと、鈍い鈍い」
ケイシアはそれを軽々とかわした。そしてその逆の腕の肘のあたりにタケルが鎖をまとった飛び蹴りを炸裂させ、腕を逆方向に曲げた。
「やっぱりやるじゃないか」
ケイシアはそれを笑みを浮かべながら見ると、長剣を構えて最初とは反対の足に後方から切りつけた。再び血が流れ、さらにタケルが蹴りをくらわせた腕をさらに短剣で切り裂く。
グロテスクな何かは低く、不愉快としか言えない音を発した。そしてがむしゃらに腕と足を振り回して暴れだした。
だが、タケルとケイシアは距離をとろうとはせずに、近距離でその手足をかわしながら近づいていく。まずタケルが足元に入ると、腹に巻いている鎖と両腿の鎖を外し、それをグロテスクな何かの背中のあたりに向けて投げた。
「鉄鎖術、縛」
タケルの言葉と同時に、空中の鎖がまるで意思を持つかのように広がり、グロテスクな首と腕に巻きつき、結びついた。そして、鎖はそれを強烈に締め上げる。
グロテスクな何かは、なんとかその鎖から逃れようと身をよじるうちにバランスを崩し、片膝をついた。
「さすが」
ケイシアは長剣を自分の目の前に立てた。すると、その刀身が青い炎に包まれる。そしてそれを腰のあたりに構えた。
「さあ、やろうか!」
ケイシアは走り出し、まるで体重などないかのように地面を蹴って宙に舞うと、グロテスクな何かの頭の前までその身を浮かせた。
次の瞬間、青い炎が走り、その醜い頭部をまるごと消滅させた。それから残った胴体を蹴ると、空中で一回転して、やわらかく着地した。
数秒後、頭部を失った残骸は後方に倒れていき、地面に倒れると、ただの肉と血になって地面に広がった。
「思ったより大したことなかったか」
ケイシアは剣を振って青い炎を払うと、それを背中の鞘に収めた。それから振り返ると、鎖を回収してすでに背中を向けているタケルに声をかける。
「タケル、あんたはこれからどうするんだい」
「そのうちまた会うこともあるだろう。同じ側に立つかどうかは、わからないがな。それに、お前達はこれから忙しくなるのだろう」
そうして、タケルはその場から走り去っていった。それを見送ったケイシアが反対側に歩き出し、狭い路地に入ると、横に周囲に溶け込むような色の服に身を包んだ者が現れた。
「そっちのほうはどうだった?」
「最良ではないが、あの方の想定していた範囲だ。問題はない」
「そうか。色々楽しみがあって嬉しいもんだよ」
そこで隣にいた者は消え、ケイシア一人が残った。その顔には実に楽しそうな笑顔が浮かんでいた。