鬼
何か言う前に、オーストンは扉に走り、開けようとした。だが、鍵がかかっているのか扉は動かない。オーストンはすぐに手を放すと、それを蹴り破ってその奥に走った。
「お前達はここの守りから離れるな!」
ボルツはそう叫ぶとすぐにオーストンの後を追った。レイスもそれに続く。そして、二人が階段を上って王のいるはずの部屋に到達すると、そこには赤黒い刀を構えたオーストンと、それに対峙する頭三つぶんは大きい巨漢の怪物がいた。
それは赤銅色の皮膚を持ち、頭には二本の角、武器は何もなく、皮のズボンだけをはいている。それでもその強靭そうな皮膚と筋肉は凄まじい威圧感を放っている。
「なんだこいつは!?」
ボルツは驚愕の表情と叫びを上げたが、レイスは落ち着いて口を開いた。
「鬼ですよ。話でしか聞いたことはありませんが」
「だが、なぜここにあんなものがいる! それに王は何処に!」
「将軍、落ち着いてください。今は目の前の鬼に集中ですよ」
「わかっている!」
ボルツは前に出ようとしたが、それより早くオーストンが床を蹴っていた。上段から刀を振るったが、鬼はその図体からは想像できない身のこなしで後ろに下がると、その一撃をかわした。
オーストンは止まらずに、さらに踏み込んで今度は胴を払おうとしたが、それは右腕で受け止めた。刀はほとんど腕を切り裂くことができず、筋肉で止められている。
鬼は左腕をオーストンに振り下ろそうとしたが、それより早くオーストンは刀を引き抜いて後ろに下がっていた。
「まずいですね、力も身のこなしも尋常じゃありませんよ」
「それがどうした! お前はここでおとなしくしていろ!」
そしてボルツは前に出てオーストンの横に並んだ。
「オーストン、貴様の力では奴を切り裂けんようだな」
「そうですね、助かりますよボルツ殿」
「ほう、素直だな」
「あなたこそ、こうして共に戦えるとは思いませんでしたよ。正直、あなたのことはあまり好きではない」
「気が合うな。俺もお前は嫌いだ」
二人は一瞬視線を合わせると、かすかに笑って同時に動いた。鬼はすでに動いていて腕を振り下ろしてきていたが、まずはボルツがそれを戦斧で受け止める。
オーストンは低い姿勢でその横を通ると、鬼の足に刀を振るった。鈍い手ごたえで皮のズボンと皮膚を少し切り裂いただけだった。
「うおおおおおおおおお!」
そこでボルツは間髪いれずに全力で鬼の腕を押し返した。鬼は少しよろめき、その隙にオーストンは背後から刀を振り下ろした。その一撃は今までの攻撃よりは深く鬼の肩の辺りを切り裂いたが、致命傷とは程遠い。
「まだまだあ!」
そこに正面からボルツが戦斧を叩きつけた。斧の刃は鬼の腹にはあまり食い込まなかったが、それでもその打撃力は通ったようで、鬼は半歩だけ後ろに下がった。
だが、鬼はそこで踏みとどまると、声とも言えないような、まるで質量を持っているかのような雄叫びを上げた。その衝撃でオーストンとボルツは数歩後ろに下がらされた。
そして鬼は目の前のボルツに両腕を広げて襲いかかった。
「おのれっ!」
ボルツは鬼の右腕を左手に持ち替えた戦斧で払ったが、残った左腕に右肩をつかまれてしまう。
「なめるな!」
すぐにそれにも戦斧を叩きつけて、なんとか逃れる。だが、一瞬でも鬼の怪力でつかまれた右肩は痛むようで、ボルツは少し顔をしかめていた。
「この馬鹿力が」
ボルツは吐き捨てて戦斧を再び構えた。その間にもオーストンが背後から攻撃をしかけ、鬼の注意はそちらに引き付けられている。
ボルツはすぐに手を出さずにその戦いを見ながら、チャンスをうかがう。そして、鬼の体勢が低くなり、頭が下がった瞬間に飛び出し、その首に戦斧を振り下ろした。
しかし、鬼は一瞬で振り返ると、その一撃を腕にめりこませ、ボルツを正面から蹴り飛ばした。
「ぐおっ!」
「将軍!」
ボルツはレイスを巻き込んで壁に叩きつけられ、鬼の手にはその戦斧が残った。そして、鬼はオーストンの方に向き直った。それから戦斧を軽々とあざやかに振り回してみせる。
「武器も使えるというのか」
オーストンは刀を下段に構え、横にゆっくりと移動しながら鬼の様子をうかがった。鬼もゆっくりと動き、オーストンを目の前にとらえ続けている。そして、両者の動きが止まった瞬間、同時に動きがあった。
鬼は大股で一気に踏み込むと、戦斧を凄まじい勢いで叩きつけた。オーストンはそれを横に大きくステップしてかわし、戦斧は床を大きく砕いた。
わずかな動きであったら、その衝撃の影響を受けていたはずだったが、大きくかわしたオーストンはすぐに床を蹴ると、隙だらけの鬼に向かって跳んだ。
しかし、鬼は斧を無理やりオーストンの方向に振るうと、抉った床を弾丸のように放った。オーストンは刀を振るってそれを弾いたが、当然全ては防ぎきれずに、体に無数の傷を作りながら押し返されてしまう。
オーストンはすぐに体勢を立て直したが、そこに鬼が戦斧を振り上げて踏み込んできた。次の瞬間、金属同士がぶつかった音が響き、なんとか刀で戦斧を受けているオーストンの姿があった。
「くっ、レイスよ、無事か」
「大丈夫ですよ」
壁に叩きつけられていたボルツとレイスは立ち上がり、すぐに目の前の状況を確認する。
「おのれ!」
ボルツはすぐに鬼に向かっていこうとしたが、レイスがそれを止めた。
「武器もなしでは無理です」
「ならお前の刀を寄越せ!」
「あの刀とその状態では無理ですよ、今はオーストン様に任せましょう」
「だが、今の状況を見ろ!」
オーストンは鬼の圧力押され、徐々に押しつぶされていっている。だが、オーストンはそこで左手を刀から放し、逆手で脇差の柄を握った。
「仕方あるまい」
小さいつぶやきと同時に、その脇差がわずかに抜かれた。
「あれは!?」
レイスはその脇差の刀身から溢れ出たものに目を奪われた。それはまるで血のような色の霧で、あっという間にオーストンの全身を包んでいく。
「いったい、なんだ」
ボルツもその光景に声がないようだった。そうしている間にも、オーストンの姿は霧に飲まれ、見えなくなっていた。
鬼もそれに動揺しているようだったが、とにかくさらに戦斧に力を込める。だが、それは逆に徐々に押し返されていく。
数瞬後、戦斧は一気に弾き返された。そして、オーストンを包んでいた霧は収縮していき、その全身に吸い込まれるようにして消えた。
それからオーストンが顔を上げると、そこには鮮血のような色の複雑な刺青のようなものが現れていた。さらに、両手に持つ刀はどちらも吸い込まれるような漆黒に染まっている。
「なんだ、あれは」
ボルツはその姿から放たれる異様な雰囲気に気圧されていた。
「あれが、妖刀の力を全て引き出した状態みたいですね」
その間にもオーストンは立ち上がっていて、再び襲いかかってきた鬼を棒立ちで迎えるように見えた。
しかし、次の瞬間、鬼の右腕が戦斧ごと飛び、跳び上がっていたオーストンの脇差がその首に当てられていた。それはゆっくりと動き、鬼の首を通過していく。そして、オーストンが着地すると同時に、鬼の頭が傾き、床に落ちた。
オーストンはそれを振り返りもせず、二本の刀を鞘に収め、それと同時に鬼の巨体がその場に崩れ落ちた。