光の一族
白髪ではあるが若い男が人で賑わう夕方の街を歩いていた。その男はたくましい体だが平均的な身長。そして、白い布で口元を覆っていて、表情はよくわからなかったが、その瞳は静かに強い意志を宿しているように見えた。
その男が歩いている街は人が多く、特に商店や屋台が並んでいる通りは多くの人が歩いている。白髪の男はその中を全く人に触れることもなく、ゆっくりと進んでいく。
その近くに子どもが走ってくると、突然つまづいて転びそうになった。
「大丈夫か」
白髪の男は子どもの手をつかむと、姿勢を直させた。子どもは男の顔を見ると、大きくうなずき走っていった。男はそれを見送ってから、改めて周囲を見回す。
今助けた子どもと同じような年頃の子どももいて、他にもおおむね平和そうな光景が広がっていた。男はそれにいくらか複雑な感情を浮かべたが、すぐにその感情は押し殺すと、再び歩き始めた。
一方、大体同じ時間の違う場所。着物を着た中年と言える男が座敷の奥で座布団に正座をしていた。男は自分の前の刀を抜くと、その刀身をじっと見つめ、状態を確かめるとゆっくりと鞘に戻す。
「失礼します」
そこに男と大体同じくらいの年齢の女性が現れた。
「ヘンリック殿が見えています」
「そうか、すぐに行く」
男は立ち上がると応接間に移動した。そこには少し若いくらいの男、ヘンリックが立ったまま待っていた。
「オーストン様」
ヘンリックはそう言うと、中年の男、オーストンは軽くうなずいてヘンリックを座らせ、自分もその向かい側に腰を下ろした。
「何があった」
「はい、例の襲撃の件ですが、新しくわかったことがありました」
そしてヘンリックは巻物をオーストンの前に差し出した。オーストンはそれを受け取ると、素早く一読する。
「光の一族の村を襲ったのはあの部隊だったか。なぜ士気も錬度も低い部隊が選ばれたのだ」
「それはわかりません。ですが、これは王より命を受けたベークトルト殿の指示だったようです」
「あの方は何を考えているのかわからないな。今回のことも賛成していたわけではないようだが、王から全てを任されていたという。あの一族を目の敵にしている者なら他にいそうなものだが」
「ボルツ将軍などは今回のことで不満を持っているという噂もあります」
オーストンはそれに深くうなずいた。
「あの男ならば、そうだろう。いつ暴発するかもわからん、注意が必要だな」
「動向には注意しておきます。しかしオーストン様が謹慎中では、有効な手立てもないように思えますが」
「いざとなれば、そんなことにかまうつもりはない。過ちは、繰り返してはならないからな」
「しかし、それではオーストン様の身が危ういことになります」
「その程度で済めば安いものだ。だが、お前まで付き合う必要はない。その時は家族を連れてここから逃げろ」
「その時はご家族のこともお任せください」
それから二人はしばらくの間無言だったが、オーストンが先に立ち上がった。
「夕食を食べていくといい」
「はい。ご一緒させていただきます」
そしてその日の深夜。白髪の男は人目を避けるように影から影に移動していた。男は夕方とは違い、腰に短剣を下げていた。
男はそうして素早く進んで行き、その目的地、兵営が見えてきた。そこは街中よりもはるかに警備が厳重で、見張りの兵士と高い石垣の塀が障害になっていた。
男は見張りの兵士の目をかいくぐって塀に近づくと、それに取り付いて登り始めた。そして、そのまま塀の内側に入り込むと、見張りの目をかいくぐって影に身を潜めた。
そして、そのまま誰の目にもつかずに静かに移動すると、一番外れの兵舎まで到着していた。それはちょうど三階建てで、あまり状態が良いようには見えなかった。
男はすぐに建物の外壁を登り、屋根の上に音もなく到達した。そこにはもう一つの人影があり、互いにそれがわかっていたようで静かに対峙した。
「もう少し時間がかかると思っていたが、早かったな」
頭まで覆うフードをかぶっていたので姿はわからなかったが、その声は女のもので、低く落ち着いていた。
「ここのことを聞かせてもらおう」
「この兵舎はお前の一族を襲撃した部隊のものだ。色々知りたいことがあるだろう」
「そうか」
「殺しをしなければ好きにするといい。邪魔はしない」
「だが、手に入れた情報は寄越せということだな」
「そういうことだ、下手をうたないようにな。明日、早朝に例の場所だ」
男は返事をせずに、すぐに屋根から下りていった。フードの女はそれを見送ってから、静かにその場を後にした。
三階から兵舎に入った男は、廊下の灯りを消して暗闇を作りながら慎重に進んでいた。ドアがあれば鍵穴から中を覗き、それだけで足りなければ、ドアをわずかに開けて中を確認していっていた。
そうしてしばらく探索をしていると、鍵がかかっているドアに出くわした。男は鍵開けの道具を取り出すと、焦らずにゆっくりと手を動かし、素早く鍵を開け、そのドアをゆっくりと開けて室内に侵入した。
室内の灯りはすでに消えていたが、そこに一つだけある机には、だらしない中年の男が突っ伏して寝息を立てていた。机の上には酒が入っていると思しき瓶があり、書類が散乱している。
白髪の男はその中年の男の後ろに回ると、首に腕をまわして絞め落としてから、邪魔にならないように床に転がす。
それから灯りをつけ、机の上の書類をじっくりと調べ始めた。数十分後、男は書類のうち数枚を懐に入れると、灯りを消し、廊下の様子をうかがいながら部屋を出た。
翌朝、白髪の男はまだ人の少ない公園の池のほとりの岩に座っていた。そこに一見したところ普通の着物を着た、長い黒髪の女が近づいてきた。
「首尾は?」
白髪の男は無言で懐から昨日の書類をまとめたものを女に差し出した。女はそれを受け取ると、自分の懐にしまってから、笑みを浮かべた。
「昨日のことは全く気づかれていないようだったな。光の一族と言っても、闇の中も得意らしい」
「無駄話はいい。それより、その書類からわかったことをすぐに知らせろ」
「せっかちじゃないか。まあ、あんたがこっちの要求通りに動いたんだから、応えてみよう。三日後またここで、次は昼だ」
「わかった」
白髪の男は立ち上がって足早に公園から去っていった。女も少し間を置いて公園を後にする。
「やれやれ」
しばらくして女は自分の頭に手をおいてため息をついた。
「変装も楽じゃない。まあ、あれだけの拾い物のためには仕方がないか」