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孤独な探偵に微笑みを  作者: 東雲ゆき
カステラはどこ?
5/5

4 (カステラはどこ?)



玄関前で唯花たちと別れ、今は夏澄と二人で帰路についていた。


カステラがなくなった。


その謎を夏澄はさっき見事解決してみせた。


けれど、何かが違う。


夏澄の推理にはおかしいところがある気がする。



「…ねえ、夏澄」

「何ですか?」


夏澄は答える。


…言ってみて損はないだろう。


「あのさ、さっきのカステラがなくなったことについてなんだけど…」

「はい」


頭のなかで言うことを整理する。

私はできるだけ、素っ気なく話し始める。


「もしカステラを先生が没収したんだとしたら、なんで私たちは説教されなかったんだろう。カステラだけ没収して、あとは放っておくって先生なかなかいないと思う」


夏澄は黙ったままだ。

私は続ける。


「普通に考えたら、カステラを見つけたら、没収するより先になんでこんなもの学校に持ってきたんだって指導を施すはず。その場に生徒がいなくても、あそこは読書愛好会の部室って先生なら分かるんだから、放送で職員室に呼び出しとかすると思う。それか、優しい先生なら見つけてもまあいいかって部室を通り過ぎるはず。その二通りだと思う」


疑問を口に出してみると、だんだんその証拠が見えてくる。


私は今さっき気付いたことをさらに補足する。


「それにね、夏澄。これは誰も気がつかなかったのが不思議なくらいなんだけど、知っての通り、読書愛好会の部室は部室棟二階の一番奥。一番奥の教室って、覗こうと思わない限り、見ることはない。だから先生が部室を覗く可能性がまったくない、とは言えないけど可能性はほぼゼロに近いんじゃないかと思ったんだけど…」


そこまで言うと、夏澄の足がぴたりと止まった。


そして私に顔を向ける。


私はきっと、夏澄は困惑した表情をしているとばかり思っていた。


しかし実際は違った。



夏澄は、私をしっかりと見て――微笑んだのだ。


まるで、私が推理の間違いを指摘することを始めから知っていたとでも言うように。


けれどなんとなく、悲しげなようにも見えた。


どういうこと…?


その反応に逆にこっちが困惑する。



すると夏澄は視線を私からずらす。


「…そこのベンチで、飲み物でも飲みながら話しませんか」


夏澄の視線のさきを見ると、自動販売機とベンチがあった。



五月。

そろそろ六時になろうとしている時間とはいえ、まだ少し陽が沈んでいる程度。


空はまだまだ明るい。



私が頷くと、夏澄はココアを書い、私は紅茶を買ってベンチに腰をおろした。



「律子さんなら、必ず気がつくと思っていました」


なんの前置きなしに、夏澄が告げた。


私は、夏澄の端麗な横顔を見る。



「律子さんは、勘が鋭くて相手の意見を客観的に見ることが上手な方です。律子さんなら、あんなまやかしの推理に気がついてくれるのではないかと思っていました」


夏澄はいつもの微笑。


「律子さんには本当のことを話します。どこから話しましょうか」

「…始めから」

「そうですね。やはり、それが一番良いです」


夏澄が一口、手に持っていたココアを飲んだ。

私も思い出したように、紅茶を一口飲む。


「…まず、律子さんの言うとおりです。先生が没収したという可能性はゼロではありませんが、今回はきっと違うとわたしも思いました。もっとカステラを持ち去った人物として有力な方が、読書愛好会部員のなかに一人だけいらっしゃるからです」


部員のなか…?

柊先輩、諏訪先輩、藤木先輩、唯花。

このなかに?


「偶然が重なるに重なって、カステラは持ち去られたんです。部室が無人にならなければ、犯人はもっと別の自然な方法でカステラを持ち去ることができたかもしれないんです。けれど、結果的には犯人にとって部室が無人になったのは思ってもみない幸運だったんでしょうね」


夏澄の微笑は崩れない。


「まず、カステラを持ち去ることは部員全員に可能です。柊先輩は実は友達とのお話が早めに終わっていたかもしれないですし、諏訪先輩は委員の集会に行くふりをして行っていなかったかもしれないんです。藤木先輩と唯花さん、一応律子さんも、同様にして教室やトイレに行くふりをしただけということも考えられます」


なるほど、格好良い言い方をすると、全員にアリバイはないってことか。


私は紅茶を一口飲む。


「そうなってきますと、今回のカステラが持ち去られるという事態を起こしたのは、カステラを持ち去る動機がある方だけに絞られます。部員のなかでその動機があるのは、一人だけなんです。それは」


夏澄はそこで、言葉を呑んだ。


「どうしたの…?」


私が尋ねる。

すると、夏澄は遠慮がちに話し始めた。


「…ごめんなさい。言葉に出すのは少しはばかれます。せっかくの善意で行った行動を否定するようなことはしたくありません。犯人と呼ぶのも、とても申し訳ないです」


善意…?

カステラを持ち去ることが?


「実はあのまやかしの推理も半分ほどは正しいことを言いました。盗んだのではなく、持ち去ったというのもその一つです。そうですね、話を柊先輩の家は嫌がらせを受けている、というところに戻しましょう」


夏澄はふっと一息つき、話し始めた。


「嫌がらせの内容はお聞きした限りでは、郵便受けにゴミがいれられていたというものと、変な内容の手紙が届くというものでしたね。それと、今回持ち去られたカステラは、柊先輩の家から持ち込まれたというのを結びつけてみます」


まさか。


「カステラはその嫌がらせ犯から贈られてきたものだった…?」


私は思わず、言葉に出す。


「はい。柊先輩の家にはお家柄、お菓子やワインがしょっちゅう届けられると聞きましたし、もしその嫌がらせ犯が贈ったお菓子と知り合いの方から贈られてきたお菓子が混同してしまったとしても、何ら不思議ではありません。重要なのは、嫌がらせ犯から贈られてきたカステラが普通のカステラだったのかということです」


なるほど。


私は言う。


「嫌がらせのために贈ったものなら、腐っていたり異物が混入していたりしたかも…」


最悪、毒が混入されていたかもしれないと考えると…。



その気持ちを汲み取ったのか、夏澄が否定する。


「毒が混入されていた、ということはありません。嫌がらせの手口からして、犯人は柊家に対して少し痛い目にでもあえばいいのにくらいの気持ちしか抱いていません。毒を混入するなんて、ハイリスクなことはしないと思いますよ」


そう言ってから夏澄は続けた。


「つまり、カステラを持ち去った方は、カステラが腐っていることに気がつき、部員の皆さんを守るためにカステラを内緒で持ち去ったというわけです」


カステラが腐っていたことに気がつくことができた人。


それは。




「もしかして…諏訪先輩…?」



夏澄は、相変わらずの微笑で頷いた。



問題のカステラを食べてしまったのは、諏訪先輩一人だけ。


諏訪先輩は文化委員集会に行く直前に、確かに個包装されたカステラを一つ、袋を丁寧に開け食べていた。


他の部員は、誰一人としてカステラを食べていない。



よって、カステラが腐っていることに気がついたのはカステラを食べた諏訪先輩だけだ。



…あれ?


「待って、夏澄。諏訪先輩は文化委員の集会があるって部室を出た。集会を無断で欠席したら、呼び出しがかかるんじゃない?集会を始めるので、早く来てくださいって、名指しで」


夏澄が答える。


「もしあのときが昼休みなら、そういった呼び出しがかかったかもしれません。でも、放課後ならその心配はありません」

「どうして?」

「放課後の急な呼び出しに応じられる生徒はどれくらいいるでしょう。普通は、すでに帰っていたりするのがほとんどなような気がします。だから、あの放課後の文化委員の緊急集会は先生方も、数人集まればいい方だと駄目もとで収集をかけたものだったんでしょう」


確かに、放課後なら委員の集会に来ていなくても不思議ではない。


あらかじめ、伝えてあったわけではなかったようだったし。



私はもう一つの疑問を告げる。


「じゃあ、もう一つだけ。諏訪先輩は、どうしてこのカステラは腐ってるってみんなに言わなかったの?わざわざ、一目を盗んでカステラを持ち去らなくても堂々と言えば良かったのに。諏訪先輩が悪いわけじゃないんだから」


すると夏澄は、視線を手に持っていたココアに落とし、静かに答える。


「それは、柊先輩に配慮してのことです。柊先輩は、お友達や後輩を人一倍大事にしている方です。そんな心優しい柊先輩が、同じ部活の部員たちに腐ったカステラを提供してしまったと知ったら。部長としての責任もありますから、読書愛好会を退部すると言いかねません。そんな事態を恐れ、諏訪先輩は柊先輩には絶対バレたくなかったんです。柊先輩が持ってきたカステラが、腐ってしまっていたことを」


よく考えると、そうだ。


柊先輩は普段はおっとりしているけれど、友達や後輩にもいつでも真剣に向き合ってくれる。


すると、夏澄は続ける。


「…諏訪先輩は、あれでなかなか頭の良い方です。能ある鷹は爪を隠す。諏訪先輩のそれはまさにでしょう。カステラが腐っていたことに気がついた諏訪先輩は、最善の対策をとりました。普通ならなかなかできないことです」


能ある鷹は爪を隠す。


諏訪先輩はノリが軽くて、いつでもお気楽なムードをつくっている。


私は今まで、諏訪先輩のそんな一面しか知らなかった。



今回の事件で、考えさせられる。


諏訪先輩はいつも、何を考えて行動しているんだろう。


「あのときとった諏訪先輩の行動はこうです。柊先輩が部室を出た直後、カステラを食べ、腐っていることに気がつきます。そのあと委員の収集がかかり、とりあえず部室を出て、隣の教室にでも身を隠し、部室の様子をうかがっていたんでしょう。すると藤木先輩、唯花さん、律子さんが上手い具合に部室が出て行ったんです。カステラをどう回収するべきか思考を巡らせていた諏訪先輩は、こんなチャンスはないと部室に忍び込み、カステラを持ち去ります。きっと、部室から誰も出る様子がなければ藤木先輩と唯花さんと律子さんにカステラが腐っていたことを伝え、回収したかもしれません。カステラを持ち去ったあとは、どこかに隠し、帰りにこっそり回収してどこかに捨てたのだと思います」


あれだけの情報で、ここまでたどり着けるなんて。


まったく、感嘆する。




…諏訪先輩が、みんなのためを思って隠した真相。


そこまでも推理し、わざと間違った推理をみんなに話した夏澄。



ふと、あの場面が脳裏をよぎる。


***


『でも、カステラは誰も食べられなかったんですね。持ち去ってしまった方は今頃おいしく召し上がっているんでしょうに』

『ううん、おれはしっかり一個食べたよ。これはおしいね。おいしかったのに残念だよ』


***



…今思えば、諏訪先輩は夏澄にこの問いをされた時点で夏澄はもう真相を分かっていると悟ったのだろう。


だからわざわざ、自分はカステラを一個食べたと宣言した。




私は手に持っていた紅茶を一気に飲み干すと、ベンチから立ち上がり、自動販売機の横にあったゴミ箱に紅茶の缶を捨てた。


そして私は、ぽつりと呟いた。


「…私は何も聞いてないし、知らない。ただ、なんとなく紅茶を飲みたい気分だったから座って飲んでただけ」


私は夏澄の方に体を向け、微笑む。


すると夏澄も同じように口元を緩め、残りのココアを一気に飲み干し、言った。


「わたしも、何も話していません。ただ、なんとなくココアが飲みたい気分だったので座って飲んでいただけです」



夏澄がそう言うと、私たちは静かに笑った。



そう、ときにはついていい嘘だってある。


いや、つかなければならない嘘だってあるんだ。




そして私はあのときなんとなくとはいえ、部室を出て行って良かったと心から思う。




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