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孤独な探偵に微笑みを  作者: 東雲ゆき
カステラはどこ?
4/5

3 (カステラはどこ?)



「…すみません、私が部室を空けたばっかりに…」


私はうなだれる。

すかさず、柊先輩が私の背中を優しく撫でてくれた。


「ううん、律子ちゃんのせいじゃないわ。気にしないで」



部室が暗い雰囲気に包まれたとき、部室のドアが音をたて開いた。


「遅くなってごめんなさい」


私はばっと顔を上げる。


「…夏澄!!」


ああ、良かった。

夏澄がいれば、どうにかなるかもしれない。

一縷の望みと言ったら大袈裟と言われるかもしれないが、私にとってはまさにそれだ。


「…何かあったんですか?」


夏澄はいつものように笑みを浮かべ、鞄を机の上に置く。


「…あのね」


私は、告げる。


「カステラが…なくなったの」



***



ことは、私がトイレで部室を出て帰ってきたらすでに起こっていた。


私が部室を出る前は確かに机の上に置いてあった個包装されたカステラが、箱ごと綺麗さっぱり無くなっていたのだ。



部室のどこを探しても、見つからなかった。


「盗まれたとしか考えられない。夏澄、誰が盗んだか分かる…?」


今までの経験から夏澄に助けを求める。

至極当然の流れだろうか。


すると夏澄は、柔らかい笑みを崩さずに言う。


「この情報で犯人を特定することは難しいです。そうですね、今日読書愛好会の皆さんが部室に来てからそのカステラが盗まれるまで何をしていたか、これを教えてくだされば推論をたてることができるかもしれません」


すると唯花が、


「夏澄ちゃん、ひょっとして犯人はこの中にいる…とか言わないよね?まあ、犯人とか言うのは少し大袈裟かもしれないけど、あたしたちの行動はカステラが盗まれたのには関係あるってこと?」


と疑問を投げかけた。

そう思う気持ちも分かる。


「ごめんなさい、皆さんを疑っているわけではないんです。ただ、情報が増えるに越したことはないと思いませんか」


それはそうだ。

もっともな意見だろう。


私は口を開く。


「うーんと、私が部室に入ってきたときにはもう柊先輩と唯花がいて…あ、柊先輩の家になんか変な手紙が届いたりとかの嫌がらせについて話してたんだっけ?」


すかさず、唯花が頷く。


「うん。変な手紙やゴミが家の郵便受けに入ってたりね。それで一番に部室に着いたのはあたしで、その二分後くらいかな?柊先輩が来たんだよ。そのあと、五分後くらいに律子が来るまでずっと柊先輩の家の話してたよ。ですよね?柊先輩」

「そうね、そうだったわ」

「じゃあそのあと私が部室に来て、次はすぐに諏訪先輩と藤木先輩が入ってきた。諏訪先輩と藤木先輩、そのあと何しましたっけ」

「おれと藤木が部室に来てすぐに柊がカステラを机の上に出してたと思うよ。だよね、藤木」

「…そうだった気がする」



そこで、会話が一段落し沈黙が流れる。


私がふっとため息をついた。


「ここからが、どうだったっけ」


すると、諏訪先輩が話し始める。


「まずは、柊が友達に呼ばれて部室から出たね。あれ結局どれくらいかかったんだい?」

「うーん…十五分くらいかかっちゃったかな」

「で、そのあとおれが文化委員の緊急集会の放送がかかって部室を出たね。そのあとはよく知らないや」

「次は藤木先輩が部室を出て…。確か忘れ物があるって言ってましたよね」

「へえ、何忘れたの?藤木」

「…文庫本。教室の自分の机のなかに忘れてきて取ってきた」

「そのあとは私が、藤木先輩が鞄のなかを何か探している動作を見て、そういえば鞄のなかに今日提出のプリントが入ったまんまだ!ってことを思い出して部室を出て…。職員室で生物の高岸先生に急いで出してきた」

「…それで、部室に残ったのは私一人になっちゃって。何となく散歩がてらトイレに行った。で、その帰りにちょうど唯花に会って…」

「そうそう。そのまま一緒に部室に戻ったらなかったんだよね、カステラが」

「そのあとすぐ、諏訪先輩が戻ってきて次に柊先輩、その次に藤木先輩も部室に戻ってきた…。…こんな感じかな」


全員が、夏澄に視線を向ける。

すると夏澄が確認するように言った。


「では、柊先輩、諏訪先輩、藤木先輩、唯花さん、律子さんの順に部室から出たんですね。律子さんは何分くらい部室から出ていたんですか?」

「ほんの五分くらいだったと思うけど」

「五分もあれば、無人の部室に入りカステラを持ち去ることも可能ですね」


夏澄が微笑む。


「でも、カステラは誰も食べられなかったんですね。持ち去ってしまった方は今頃おいしく召し上がっているんでしょうに」


その言葉を、諏訪先輩が否定する。


「ううん、おれはしっかり一個食べたよ。これはおしいね。おいしかったのに残念だよ」


諏訪先輩は肩をすくめた。


私は柊先輩に体を向ける。


「柊先輩、なんだかすみません。私が部室を無人にしなかったらせっかく持ってきていただいたカステラ、台無しにしないで済んだのに」

「ううん。気にしないで、律子ちゃん。うちにお菓子は腐るほどあるから、また持ってくるわ」


すると、唯花が一回咳払いをした。


「…夏澄ちゃん、カステラを盗んだ人は分かったの…?」


唯花が遠慮がちに尋ねると、場に沈黙が流れる。



少ししてから、夏澄は口を開いた。


「…仮説でしかありませんがお話しした方がいいでしょうか」


全員が即座に頷く。



今までも夏澄はすぐに真相にたどり着いた。

その答えは、すべて的を射ているもので何回も感嘆させられた。

期待できる。


それに、せっかく柊先輩が持ってきてくれたものを無駄にしたくない。


「話して、夏澄」


私がせかすと、夏澄は「では…」と言って話し始めた。


「この問題は、先入観をなくせばすぐに分かります。まず、カステラを"盗まれた"という認識が大きな勘違いだったんです」


"盗まれた"が勘違い…?


「どういうこと?」


私は尋ねる。


「なんと言えばいいんでしょうか。皆さんの証言…といいますか、証言には不審な点は一つもありませんでした。そうなると、カステラを持ち去ったのは読書愛好会部員以外の部外者の犯行です。そこまで考えれば、もう持ち去った人物は一人に絞れてしまうんですよ」


部外者で、カステラを持ち去れた人物。


すると、諏訪先輩が口を開いた。


「疑いたくはないけど、他の部活の部員とか?」


夏澄が首を二回横にふる。


「幸いといいますか、それはあり得ません。律子さんが部室から出て帰ってくる間の五分間で忍び込むには、部室を見張って律子さんが出た瞬間に部室に入りカステラを持ち去る以外、方法はありません。そもそも、他の部活の部員さんたちは読書愛好会部室にカステラがあること自体知る由もないことです」


じゃあ…。


「誰が盗んだの?」


私が言うと、夏澄は柔らかい笑みを浮かべた。


「カステラが盗まれたと言い出してしまったことが先入観を生み出し、真相から遠ざけてしまったんです。カステラは盗まれたのではありません。そうですね、"没収された"というのが一番良い表現方法かと」


没収された…。


「あ」


思わず声を漏らす。


「先生が…没収した?」


夏澄は頷いた。


「カステラは先生によって没収されたというのが一番可能性が高い推論です。この学校の生徒が除外されれば、残るのは先生方だけです。きっと空の教室にカステラの箱をたまたま見つけて、没収したんでしょう。先生としては当然の行為です」



なるほど、ね…。


「先生に没収されたのなら仕方がありません。また、機会があれば持ってくるね」


柊先輩が笑顔で言う。



申し訳ない。


「柊先輩、本当にすみません。私のせいで、没収されちゃって…」

「律子ちゃん。お菓子なんて家にたくさんあるから。それに律子ちゃんは全然悪くないのよ?本当に気にしないで、ね」


そのとき、ちょうどチャイムが鳴った。


五時半。



もうこんな時間になったのか。


「…じゃあ、もう帰るか。今日の部活はこれにて終了!また明日」


諏訪先輩が明るい声で告げる。



それを合図に、全員が各々の鞄を持ち、部室から出る。


「じゃあ、職員室に部室の鍵を預けてくるので先に帰っててね」


柊先輩はそう言うと、職員室に向かって歩き出した。



私は夏澄の横に立ち、言う。


「夏澄、一緒に帰ろ」


夏澄は笑顔で答えた。


「はい、勿論です」



そのまま、五人は玄関へと静かに歩みを進めていく。






…まだ、解決してない。


カステラを盗んだのは、本当は誰?





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