2 (カステラはどこ?)
「柊先輩、さっきしてた話、みんなにも話してみましょうよ」
突然、唯花が言い出す。
さっきとは、私が来る前くらいの話だろうか。
「ああ、そうかも。でも、大した話じゃないのよ」
「大した話じゃなくないですってば!もう、柊先輩は少しおっとりしすぎです!」
「何々?そこまで言われると聞きたいんだけどなー」
諏訪先輩も入る。
すると、柊先輩がいつもののんびりとした調子で話し始めた。
「うーんと最近ね、私の家のポストにゴミが詰まっていたりとかそんな感じのことがよくあるの。それだけ」
「それだけ、じゃないですよ!ポストにゴミが詰まっていたりとか、お前のやってる病院なんて潰れればいいとかひどい内容の手紙が送られてくるんですよね?それって立派な嫌がらせじゃないですか」
柊先輩の家は大病院だから、きっとそれに嫉妬した人による犯行だろう。
諏訪先輩が言う。
「警察に届けるべきだと思うよ。でも随分古典的な嫌がらせだねえ。対策とかしたの?」
「今日、お母さんが警察に届けるって言ってたの。多分もう大丈夫よ。あ、そうそう」
柊先輩は手をぽんと叩き、鞄から長方形の平たい箱を取り出した。
「これ、知り合いの方からもらったお菓子なんだけどみんなで食べない?」
そう言って箱のふたを取ると、そこには小包装されたお菓子が二十個あまり綺麗に並べられていた。
「カステラですね」
「そうなの。律子ちゃん、カステラ嫌い?」
「いえ、大好きです。ありがとうございます、柊先輩。でも、こんなにみんなで食べちゃっていいんですか?」
「うん、お父さんの関係でうちにたくさんお菓子とかワインとか届くからいつも食べきるのが大変なの。だから逆にみんなに食べてもらえたほうが大助かり」
確かに、柊先輩の家にはお菓子とかがたくさん届いていそうなイメージがある。
なんとなくだけれど。
「じゃあ、ありがたくいただきます」
ちょうどそのときだった。
「絵美、いる?」
部室のドアががらっと開く。
見ると、一人の女子生徒が立っていた。
顔に覚えはない。
「あ、由紀乃。どうしたの?」
柊先輩がそう言って立ち上がり、ドアまで歩いて行く。
「部活中にごめん。明日のことなんだけど――」
なるほど、柊先輩の友達か。
二人はなんことか言葉を交わすと、「ごめんなさい。少し席をはずすね」と断りをいれ、部室から二人で出て行った。
「…どうしよう、カステラ」
私は呟く。
何となく、持ってきてくれた柊先輩がいないのに食べるのは気が引ける。
それを汲み取ったのか、諏訪先輩がカステラが小包装された袋を一つつまみ取った。
「おれは実は今、とてもお腹がすいてる。春馬、食べていいと思う?」
諏訪先輩は、部室に来てからずっと黙り大人しく椅子に座っていた藤木先輩に尋ねる。
「…とめないよ」
藤木先輩は表情の出ない顔で告げた。
ちょうどそのとき。
『今校内に残っている文化委員。全員、第三選択教室に集まれ。繰り返す、文化委員は全員第三選択教室に集まれ』
校内スピーカーから、放送がかかる。
文化委員の緊急集会といったところかな。
そして私と唯花と藤木先輩は、自然と視線を諏訪先輩に向けた。
諏訪先輩が文化委員の副委員長なのは、みんな知っている。
「…面倒くさいけど、一応行っておこうかな」
そう言うと諏訪先輩は手に持っていたカステラの袋を開ける。
そしてカステラを口に放りこみ、思い出したように言った。
「カステラ、食べないで置いといてくれるかい?」
「はい、待ってます」
そうして、諏訪先輩は部室から出て行った。
静まり返る教室。
なんとなく気まずい。
唯花とは同じ学年というのもあって、一緒に下校したりもするくらいの仲だけど藤木先輩とはまったく話したことがない。
いつもは諏訪先輩や柊先輩を通して、藤木先輩と話しているようなものだ。
藤木先輩一人を差し置いて、唯花と二人でおしゃべりというわけにもいかないし。
その気持ちは唯花も同じようで、私と同じように黙っていた。
沈黙のなか、藤木先輩がおもむろに自分の鞄に手を伸ばし、何やら探している。
少しの間、藤木先輩はずっと鞄のなかをあさっていたがやがてそれを止めると。
「……すみません、教室に忘れ物取ってきます」
そう言って教室から出て行った。
「あ!!」
その瞬間、唯花がばっと立ち上がった。
そして自分の鞄から慌てた様子で一枚のプリントを取り出す。
「どうしたの?」
「藤木先輩が鞄をあさっているので思い出したんだけど、あたし、出さなきゃいけない課題があったんだった!ごめん、ちょっと出してくるね!」
言い終えると、唯花は教室を飛び出す。
部室に残ったのは、私一人。
珍しいこともあるものだ。
することもないし…。
「…トイレ行こうかな」
私も席をたち、散歩がてらトイレに行くために部室を出た――。