8月22日-13:決着
立ち上がった小月。
彼は今度こそオトアを倒し、シキを助けられるのか!?
的なノリではあるんですけど、駄文と無茶苦茶設定でそんな気分で読めないかもしれないので、先にご了承願います。
「…………っ?」
静寂の中、小月は自分の体の変化に気付いた。
(……魔神が俺に力を貸して、その負荷…というよりは変化が出始めやがったのか……………面倒だな。早めに捨てなきゃ――――――)
「――――ッ!」
先に動き出したのはオトアだった。
言葉も無く、手を薙ぎ、歪んだ空気の砲弾を小月に向かって打ち出す。
小月は黑鴉の遊底をスライドしながら、砲弾に銃口を向け、引き金を引く。
バキッ! という音と共に歪んだ空気の砲弾は黑鴉の銃口に呑みこまれ、消え去る。
小月はそのまま直線状に居た、オトアに銃口を翳して3回引き金を引く。
「ムダだって事は、知ってんダロ?」
「……くそ…………ッ!」
オトアの台詞から小月は察しがついてしまった。
先程、小月による黑鴉の攻撃を防いだ、あの透明な鎧。あれはオトアの力で、大凡、自分の周りの空間を歪ませて制作、及び装着しているのだろう。
(………アイツ、さっきと違って常に身に纏うようにしやがったのか……………………ッ!)
黑鴉を握る手に一層力を込め、歯を食いしばる小月。
(どうする…………吸収出来るのは残り5回。オトアの行動を歪ませられるのは残り6回。俺の行動を歪ませる事が出来るのは残り4回。まったく…………回数制限に恵まれる人生だこった)
心の中で悪態を吐きながらも姿勢を低め膝を曲げ、いつでも移動出来る体勢を取る。
(……遠距離戦じゃ、こっちの打つ手が早々と無くなっちまう。近距離でも同じだが………一つだけ相手の手を防げるかもしれない秘策が俺の元にはある……………………それに賭けるかッ)
小月が覚悟を決めた時、現状に変化が起こった。
オトアが仕掛けてきたのだ。先程と同じ、砂埃のカーテンという手を。
知らないのだオトアは。黑鴉の吸収に回数制限がある事を。
片手で顔を覆いながら小月は口元を歪ませる。
(…………あっちから来てくれやがった……勝手に俺を怪物と同じ戦力に上げやがって、バカか。お前自身が言ってたろ………凡人、塵屑だって…………………ッ!)
小月は黑鴉を振り回し、適当に引き金を引く。下手な鉄砲、数撃ちゃ当たる。
今、小月にとって正確にオトアを狙う事は重要ではない。狙ったところで防がれてしまうのだから。
とにかく今は、偶然でいいから、姿の見えないオトアに銃口を向けた時に引き金を引いていれば良いのだ。
何故なら、黑鴉の銃弾はまだ発砲されていないのだから。
「ムダだって言ってるのが、ワカラナイのか?」
「人生、無駄だと思われる事からコツコツと、っだそうだ」
声が聞こえた方向にもその真逆の方向にも引き金を引きながら、小月は受け売りで答える。
完成品の黑鴉を渡した時の鑑の言葉である。それは使用法を聞いた後の小月を少し嘆息させた。
(………ったく、第一段階はどうにかクリアしたが……第二段階はどうしてこう時間が掛かるんだよ……………)
奥歯を噛み締めながら、小月は黑鴉を色々な方向に向けながら引き金を何度も引く。
いつどこから襲われるか分からない状況で半永久的に引き金を引き続ける。そんな状況に小月は少しずつ苛立っていく。
(…………くっそ…………………何で出て来ないッ! 早く出て来い、来い、来い! 早くッ!!)
オトアが出て来ない理由は簡単だ。
小月の黑鴉は攻撃を吸収し無効化してしまう。それだけならば、今すぐにオトアは小月を襲ったであろう。
しかし先程から小月は黑鴉の引き金を意味も無く引きまくっている。無駄だ、と忠告をされても。
無駄だと分かれば、通じない手だと認識したのならば、幾度も引き金を引くわけが無い。
秘策。何かオトアに通じる秘策。
それらの下準備の為に引き金を引くと考え、中々に姿を現せない。
そしてその発想、思考は確実に的を射ていた。
「チキン野郎が! ビビっちゃ何も出来ないぞ、妹の時みたいにな!」
小月の挑発。実妹の話をされた瞬間のオトアを思い出し、あの時と同じ心理状態にしようという意図。
オトアがその意図に気付かない訳が無く、挑発に乗らない訳も無かった。
「そこまでブッコロサレタイかァ! クズ凡人がッ!!」
オトアは小月の真正面から現れ、首を絞めるように両手を前に出す。
「んなっ!?」
真正面からの登場は意外だったので、小月が後退しようとする。
黑鴉を翳しても、オトアは歪んだ空気の鎧に包まれていて昏倒させる事は出来ない。オトアが仕掛けてくる攻撃に銃口を当てなければ小月は死亡確定なのだ。
一番安全な手は、後退し一旦砂埃に身を潜め、カーテンの外に出る事。
挑発に乗ったオトアは必ず、小月が出て行ってしまった後に付いて来るだろう。
そうして今度はこちらから仕掛ける。相手が出て来る場所が分かっている為、迎撃は簡単なのだ。
しかし、
「くぅ………っ!?」
小月の背中が砂埃のカーテンに当たった瞬間に擦り切れる。
(砂粒や小さな瓦礫の破片やらが風に乗って高速回転してるのか!? 最初こそカーテンだったが、途中、俺が黑鴉の引き金を引き続けてる間にカーテンから牢獄に変わってやがったのかよ………ッ! だからオトアが真正面から俺を殺しに来たって訳かッ!)
オトアとの距離は数センチ。接触寸前の位置までオトアの手は迫っていた。
(もう少しとって置きたかったんだが…………秘策を使わせて貰うとするか………ッ!!)
小月は決心すると、黑鴉の引き金を引きながらオトアに突進する。
途中、バキッ! という音が鳴るが、そんなものは小月にもオトアにもどうでもいい事であった。
重要なのは次。
オトアの鎧も結局はオトアの力から出来たもの。攻撃と同種。
先程は小月が引き金を引かなかった為、鎧として機能し続けたが、引き金を引いてしまえば無に返る。
小月の黑鴉は銃口を当てなければ吸収出来ない。
零距離にも近いこの位置において、黑鴉の銃口が届かない死角などいくつもオトアの力で襲撃出来る。
重要なのは次の行動。
小月が鎧を消しオトア本人を昏倒させるのが先か、オトアが小月の意識が飛ぶまで攻撃するのが先か。
しかし小月が既存の選択を取ることなど、あり得るのだろうか?
「ッ!?」
小月は黑鴉の遊底をスライドさせ、銃口をオトアに向けずにそのまま突進する。
それは攻撃準備に入っていたオトアには意外で、思わず攻撃しようとしていた手を止める。
いや、止めさせられる。
「鎧だったら、しっかり手の先まで付けないと駄目だろ。オトア君」
小月の突進をオトアが喰らうわけが無い。何故なら彼の体は自身の力によって作られた歪んだ空気の鎧で包まれているのだから。
そもそも小月の狙いは相手にダメージを与える事ではない。
手。オトアの手を正確に掴める位置に近付くため、そしてオトアの両手を掴み取るために突進した。
「お前、さっき俺に止めを刺そうとした時……もっと言えば俺の腕にお前の手が当たった時に、離したろ。あの時おかしいと思ったんだ、普通だったらそのまま邪魔な腕ごと吹き飛ばすだろ、って。そして考えた。考えて分かった。お前の、空間を歪ませる能力の………欠点」
小月は口元を歪ませ笑い、オトアは口元を歪ませ苦しそうな表情をする。
「お前の力は空間は歪められるが物質は歪められない。空間中に一定質量以上の物質が存在すれば、お前はその空間を歪められない。思い通りに出来ない訳だ」
一定質量というは大凡、砂粒や瓦礫以上の大きな物体物質であろう。
そこまで小月は推測していない。そもそもする必要も無い。
重要なのは、歪められない状況が有るという事だ。
「それだけがお前の力の欠点じゃない。もう一つ………それはお前の癖だ」
「………クセ?」
「あぁ癖だ。お前が力を使う時、手や腕を動かす癖だよ。きっとそっちの方が標準がつけ易かったり、細かく力を使えるんだろ? その証拠としてお前が足踏みで力を使った時、真っ直ぐシキを狙うんじゃなくて大雑把に壁やら床やら壊してたろ」
「……つまりオレが力を使う時のクセを利用して掌を掴めば力は使えないようにしたッテわけかァ。よりにもよってオレの力は一定質量が存在する空間は歪められないからナァ」
小月がオトアの一撃を喰らう前、鎧によって黑鴉の銃口はオトア自身の体には届かなかったが、あの時、小月はオトアの手首を確実に握っていた。感触も充分に。
その為、小月は手首から先は鎧の範囲には入っていない事を理解していた。
だからこそ取れた秘策である。
この秘策の論理に従って、空間を歪める力で小月による手の拘束を振り払う事は不可能。オトアにとって今の状況、手の拘束は力の使用禁止に等しい。
しかし、
「打つ手がねェのはオマエも同じだろォが」
それは小月も同じ。
黑鴉を持っている方の手は、辛うじて中指が引き金を引けそうだが、銃口は遥か上を向いている。
オトアを昏倒させる事は不可能。そもそも鎧すら消せていないのだ。
このままの均衡状態を保ち続けたとしても無駄。事態は進行せず、小月の精神が緊迫という刃物に削り取られていくだけ。
しかし小月の表情は、緊迫とはかけ離れた歪みきった笑みで満ちていた。
ある忠告をオトアに告げる為に。
「それが、そうでもねぇーんだわ。ウチの鴉は――――」
言いつつ小月は、中指を引っ掛け、引き金を一度引く。
瞬間、
「ガッッァ!?」
「――――行儀悪くて、鎧の中の肉体を突いちまう」
小月を閉じ込めていた砂と瓦礫の牢獄も、オトアの身を包み絶対的にあらゆる攻撃を防いでいた鎧も、すべて消え去ってしまう。
理由は簡単。オトアが力の行使を中断したのだ。
正確には、オトアが突然来た、腹を銃弾で貫かれたような激痛によって無意識のうちに力の行使を中断する破目になったのだ。
小月はオトアの両手を離し、黑鴉の遊底をスライドした後、幾度も銃口をオトアに向け引く。
オトアは奥歯を噛み締め痛みを我慢しながら、空間を歪める力により再度鎧を制作した後、後退する。
(………クソッ……………銃口には注意していたはずだが、銃口の向きは関係無いのかァ…………)
オトアは腹に手を当て、一応、出血を確かめようとする。
しかし、腹に当てられたその手は赤く汚れる事は無かった。出血は無かった。
銃弾で撃ち抜かれたような激痛。それだけだったのである。
(……………どういう………………………?)
「俺の黑鴉は撃ち方が二種類有ってな」
オトアが逡巡していると、小月がオトアに黑鴉の銃口を向けるのを止め、説明する。
「一つは零距離によるエネルギー吸収。人に当てて引き金引いたらその人物は昏倒する、ある意味一撃必殺。他にも攻撃の無効化も出来る撃ち方だ。そしてもう一つの撃ち方は啄み」
「………ツイバミ、だと?」
「まぁ、俺が付けた名前だからセンス的な事は触れないでくれ。………啄みって撃ち方は、あらゆる距離、あらゆる障害物、あらゆる空間を無視して標準を付けた相手に殺傷力が皆無な、衝撃だけの弾丸をぶち当てる事が出来る」
言ってしまえば、鑑が対オトア用につけた特殊な撃ち方。オトアに対抗できる反則的な機能。
しかし反則にはそれなりのリスクが伴う。
まず第一に、弾丸。この啄み用の弾丸は元から弾倉に在るわけでは無く、本人のエネルギー、言わば、黑鴉が吸収できる力を使用者から大量に捥ぎ取って作るのである。
その為、最初小月はこの機能を使えなかった。小月程度では弾丸には足りないのだ。シキやオトア並の力で無ければ弾丸は作れない。作れたとしても、使用者は機能を使う前に死んでしまう。
鑑が欠陥品と言った理由のほとんどがこの弾丸制作であるのだ。
凡人である小月は魔神の力を捨てることで啄み用の弾丸を制作できた。
第二として、標準。啄みは弾丸制作後、すぐにでも使える力では無い。標準をつける方法は至極簡単。まずは通常の銃と同じく遊底をスライドし、銃口を標的に向けて引き金を引く。ただそれだけ。
単純な作業ではあるが標的は常に止まってる訳でも無く、物陰に隠れたりされれば標準をつける作業は遅延してしまう事になる。
そして、第三段階としてようやく発砲。遊底をもう一度スライドし引き金を引くことで、標的に空間を無視した衝撃のみの銃撃が行える。その最大数は15発。
しかし、衝撃のみの銃撃。殺傷力は無いのだ。相手に痛みを味あわせダメージを負わせても、傷付ける事も殺す事も出来ない銃撃。銃弾。
人を傷付ける武器を作らない主義の鑑らしい機能である。
しかし、それ程に面倒な過程が有って撃てる撃ち方なのだ。小月が標準をつける作業を放り出し、オトアに説明するはずが無い。
15発。すでに最大数までの標準設定を済ませた。
あとは。
(…………タイミング。それすら揃えば、オトアは俺達に負ける……)
「この啄みだと、お前は鎧も力も一瞬にして使えなくなるんだな」
「違ェな。一瞬だけ、力が行使出来なくなるだけだァ」
「でも、瞬時には使えない。撃たれた直後は複数同時にも力は行使できない」
「ダッタラ――――――――」
オトアの姿は一瞬にして小月の視界から消え、
「オマエが引き金を引くより速く、ブッコロスだけだッ!」
小月の背後に飛び移っていた。その両手には、歪んだ空気の塊。
反射的に振り向こうとして体を動かす小月。今から引き金を引くには少し遅く、オトアの攻撃を避ける事も出来ない。
しかし、小月にはシキの血を飲んで得た雑音拒絶がある。
「だから言ったろ。手を動かす癖がお前の力の、お前自身の欠点だって」
小月に突き出そうとしていたオトアの両手は、自らの両側に突き出される。
黑鴉の圧倒的な機能の前に、小月の雑音拒絶は遥かに霞んで見えてしまう。もう影よりも薄く。
その存在感の無さが、この場面においてオトアの判断を間違った方向へ誘ってしまった。
そして、黑鴉の遊底をスライドし引き金を夢中に引き続ける。
上下左右前後、ありとあらゆる箇所に15発。黑鴉の啄みは、オトアを襲っていく。
啄みには殺傷力は無い。しかし、黑鴉の撃ち方は啄みだけでは無い。
一撃必殺である零距離での吸収。そんな撃ち方が、黑鴉には存在する。
小月の体が振り返り、黑鴉の銃口が鎧を失ったオトアに向けられる。
啄みによってオトアの鎧は引き剥がされた。銃口を遮る壁は無くなった。これならば黑鴉の銃口を直接オトアに突きつける事が出来る。
しかし、足りない。
(……………………届かないっ……)
後ろに両手を突き出した事によってオトアの体が逸れてしまい、距離がほんの少し空いてしまった。
ほんの少しであれ零距離で無ければ、黑鴉の吸収は使用……射撃不可なのだ。
届かない。
いくら小月が秘策奇策を繰り出そうとも、黑鴉という強力な一撃と特殊な攻撃を持つ武器を携えようとも、オトアという怪物のような力を使う者には届かない。
壁では無く、差。
遮るのではなく、突きつけられる。
これが現実。これが限界。
やはり小月ではオトアには勝てない。
(……でも、俺が勝つんじゃない………………俺達が勝つんだ………)
「どうやら――――」
(………………そうだろ………)
小月は言っていた。俺達はお前に勝つぞ、と。
それが圧倒的な力を捨てて、誰かと一緒に居る事を選んだ者の答え。
それが、
「女神は俺に味方したようだ」
(……………シキっ!)
シキの傍に居ると叫び続けたものが呼び寄せた、現在。
「ッッッ!?」
蒼い炎でオトアの全身が燃え盛る。
気付いていなかった。忘れていた。黑鴉の機能によって雑音拒絶の事を忘れていた時と同じ。
小月との戦いによって一度はこの場で一方的に喋りかけた存在を忘れていた。
今、黑鴉の啄みによって鎧を剥がされたオトアはあらゆる攻撃が当たってしまう。
小石を投げる攻撃であれ、殴る攻撃であれ、生死を操る力の攻撃であれ。
全てを喰らってしまうのだ。
最後、オトアが振り返り様に見たものは、悠然と立つ黒髪の少女の姿だった。
「アタシの小月に、手を出すな」
そんな少女の声と共に、オトアの意識は蒼い炎によって焼かれ、途切れてしまうのであった。
……………………………………………。
……………………………………………。
……………………………………………。
静寂。決着はついた。今度こそ絶対の決着。
小月は宣言通りの未来を、手に入れた。
「………いつから俺はお前の所有物になったんだよ?」
ゆっくりと歩み寄りながら、小月はシキに問い掛ける。
「……お前はアタシのペットだぞ。忘れたのか?」
同様に歩み寄りながら、シキは小月の問いに答える。
「嫌だね、そういう冗談。今すぐ死んで欲しい気持ちになっちまう」
「アタシに死んで欲しくなくて、お前は今ココに居るんだろ?」
「悪かったな、助けられなくて」
「………いや、存分にアタシを助けてくれた」
「そりゃ良かった。でも、最後はお前に助けられたけどな」
小月が笑い、シキもつられて微笑む。
二人は互いに両手を頭の高さまで上げると、
「ありがとう」
「こちらこそ」
互いの手を当てた後、互いに倒れ伏した。
終幕。永久にも感じられる優しい静寂。
小月とシキ。二人の寝顔は何故か笑っているように見えた。
アタシの小月、だってさ…………。
何なんだろうね、この「うにゃぁぁっ!」って気持ちは。
小月はやっぱり俺の中では格好良いからな…………くそっ!!