8月22日-11:決戦
オトアと小月………衝突
「犠牲なんて出すもんか。必ず俺は、お前と一緒に家に帰る。分かったか、シキ!」
「…………………あぁ」
小月のどうしようもない自分と身勝手に責任を感じていたシキに対する宣言に、シキの小月に対する嘆息とも安心とも信頼とも取れる呟きによって、辺りは静寂に包まれた。
その静寂は小月にとってはこれから始まるであろうオトアとの戦いに対する緊張と責任に等しく、シキにとっては気恥ずかしいものだった。
そして、
「カックイイーッ! 興奮しちまうゼェ、出来もしない事を平然と言う凡人を見ると!」
黒眼の怪物がその静寂を見事にぶち壊す。
小月は視線をシキから怪物に映す。
「出来もしねぇーなんて、勝手に決めつけんなよ怪物」
「ならすぐにお二人様殺して証明してやるヨォ塵屑」
互いに互いを挑発してはいるが、言葉に真実味があるのは圧倒的に怪物である。
何せ、怪物はその気になれば今すぐにでも小月とシキを殺す事が出来る。
しかし小月は怪物を倒す力を持っていない。
今、小月の腰辺りにある黑鴉という銃器は製作者である鑑曰く、欠陥品。
小月の中には魔神と呼ばれる存在がいるが、彼女の力を借りれば、たちまち小月は暴走する。
小月は怪物を倒す力を持っていない。
(……まずは、殺す対象を俺優先にさせないと。そうしないとシキの安全が保たれない…………)
「そういやよ」
だから小月は切り出す。オトアが思わず食いつきそうな事を言うために。
しかし、小月にとっては確信の無い事だった。妄想に過ぎない事であった。
だからといって、小月に取捨選択する余裕などない。
小月が今使えるものは、言葉だけなのだから。
「お前はそんな強大な力を持ってる割に、優しいんだな」
「ハァ?」
「だってそうだろ。お前から俺達に攻撃を仕掛けた事なんて一度も無い。お前は何らかの仕事で無い限り、誰かを攻撃していない」
「………ボケたか、凡人?」
「ボケてなんか無いさ。つい先日の狐狩りの時に俺はお前にボコされたが、アレは俺から仕掛けてお前はそれに対応しただけだ。シキに関しても、お前は仕掛けられたから対応しただけ。アリサさんの時も、仕事だろ? お前は自分から誰かに牙を剥いた事は無い」
「だから、ドォした?」
「いや、妹さんとの約束事でも守ってんのかなー、って」
「…………ンァ?」
オトアの目は鋭さを増し、確実に小月を捉える。
小月はオトアの反応に満足しつつ、恐怖を感じていた。
しかしだからといって、ここで怖気ついていてはダメなのだ。
それでは、自分の言った言葉を守れない。
シキと一緒には、帰れもしない。
「あ、違ったか? 俺はてっきりお前の妹さんが死ぬ時にでもそう約束したのかなぁーって思ったんだけど。ただ単に、お前は妹が死んだことでグレてるけど、本当は優しい人間って事なのか? それとも誰かを殺す時に妹さんの事を思い出して、無闇に人を殺す事が出来なくなったのか? 罪悪感で。自分が妹を殺した野郎と同じになると――――――」
小月の台詞を遮る様に、オトアが力を揮う。
動作は手を横に振るっただけ。
しかし小月の体には重く大きい衝撃波がぶち当たり、横にあった壁ごと小月の体を建物の外へと突き飛ばす。
小月からすれば、見えないトラックが自分の体に突っ込んできて、跳ね飛ばされた感触だった。
外に飛ばされ意識が軽く朦朧としていた小月は、今度は上から何かに圧し掛かられるような衝撃に無理矢理覚醒させられる。
「くはっ!!」
自由落下で落ちていく小月の体は、地面との接触直前に透明なクッションのような物に当たり、無残な死にざまを迎える事は無かった。
しかし、
(………これ、オトアの力……………………?)
地面との接触直前に小月の体を受け止めた透明なクッションは、大凡、オトアの空間を歪める力の一種であろう。
オトアが小月を助ける道理などそもそも無い。
何故、と考える時間など小月には無かった。
降ってきたのだ。オトアが、小月目掛けて。
「ッ!」
体を起こして逃げる余裕などない。小月は体を横に回転させながら、降ってきたオトアから遠ざかる。
オトアが地面に着くと同時に、辺りに爆風が撒き散らされ、その爆風に当たった小月は軽く数メートル吹き飛ぶ。
(………………あ、れ…………………………………今の?)
小月はオトアの着地の瞬間を見ていた。故に疑問に思う。
オトアは着地の瞬間、空気の塊のようなものを踏み潰したように見えた。
つまりそれは、小月がオトアの蹴りをかわす事を予期して小月が移動した直後に空間を歪め塊を作り出し、それを踏み潰し爆風を撒き散らしたという風に推測できる。
しかし、
(オトアの力は、空間を歪める力………それによって爆風やらを作り出してるのは分かってる。だけど普通にそんな面倒な事をしないで着地後に爆風を撒き散らしてもいいんじゃ無いか? つーか地中で爆ぜさせた方が質量があるから、威力が増すんじゃないか…………)
空気の塊をクッション代わりにした、とも考えられなくもない。
しかし、小月の何かに引っ掛かって仕方が無かった。
ゆらゆらと立ち上がりながら、思考を整理しようとする小月にオトアは宣言する。
「どうやらオマエは、相当オレにブチコロサレタイらしいな」
今までの飄々とした口調も訛りも無い。ただ冷酷に告げる。
そのオトアの口調の変化に、小月は恐怖を感じた。
小月の最初の目的は達成した。今、オトアはシキの事など眼下にないであろう。
しかし、達成し過ぎた可能性がある。必要以上の殺意を、オトアから引き出してしまった可能性。
そのせいか、小月の脚は震え、心は怯えていた。
「叶えてやるヨ、その希望」
「そりゃ困るな、俺は生きて帰るつもりだから」
小月は自分の怯える心も震える脚も抑えつけ、笑いながら軽口を叩く。
「知ッた事か。オレはオマエを今この場でコロス」
「やれるもんなら、やらないでくれると有り難い」
「…………妹の事は、ダレから聞いた?」
「知った事か。俺がお前に喋る義務は無い」
「ソリャそうだ………なら、吐かせるだけだがな」
オトアはそう言うと、片手を上げ、手首を捻る。
何かが来る、と予測とも直感ともつかない思考から小月は横に動こうとする。
しかし、脚の震えが再発し、竦んで躓くような形で小月は地面に倒れ伏した。
(………んな、こんな時に! このままじゃ……殺られる………………ッ!!)
全身が強張り、目を見開きながら自らの最期を悟る小月。
しかしその判断は間違えであった。むしろ逆。小月は助かったのだ。
オトアが放った攻撃は、横一線の剃刀のような刃の一撃。
脚が竦まず、あのまま横に移動していれば、小月の体は上下に分断されていた。
「ビビった心に救われるとわァ、さすが凡人」
小月が頭上に何かが通った感覚に安堵していると、オトアが称賛するように拍手をしてくる。
当然、ただ称賛する為だけの行為ではない。突如、小月の目の前の空間が歪み、爆ぜる。
その爆風に当てられ吹き飛ぶ小月。しかし拍手は一回だけではない。
吹き飛びかけた小月の体の背後、その空間が歪み爆ぜる。
それだけで終わるはずが無い。元の位置に戻った小月は上下左右前後、次々に来る爆風に当てられ続ける。
「くはっ!!」
最後の爆風によって地面に叩きつけられた小月の口からは溜まった空気と血が吐き出される。
「どうだ? 吐く気にナッタか?」
「……ふ、ざけて…………やがる。な………………」
小月はユラユラと立ち上がりながら言う。
ただ、その行為一つで全身に痛みが迸り、今にも地面に倒れ伏しそうだった。
しかしそれを小月は許さない。自らの体を無理矢理にでも動かす。
(……シキ、と…………一緒に………帰るんだろう…がッ)
痛みが熱を発し、沸騰しそうになる頭の中、それだけが小月のすべてを支えていた。
「全身打撲がモノタリナイか。なら裂傷も加えてやるヨ」
そう言ったオトアは、片手を勢いよく上げる。
「ッ!?」
それは小月にも余裕で可視できる程の歪みだった。
複数の剃刀のような刃が集まり、空気を切り裂きながら進む小型の竜巻と化していた。
オトアは裂傷も加えてやるとは言ったが、あの竜巻から想像できるのは裂傷ではなく切断だ。
「くそッ!!」
瞬く間に小月に近付いてくる竜巻に対し、小月は腰に挟んであった黑鴉を引き抜き、銃口を竜巻に翳した。
そして零距離になると同時に引き金を引く。
バキッ! と何かが砕ける音と同時に竜巻は黑鴉に呑みこまれる様に消え、黑鴉は自動で遊底が後退し、薬室から銃弾のような物を排せつする。
「ホォ……オッかねー物を持ってんだな」
「……それ…………ほどでも………」
オトアの感心の言葉に対し、小月はどうにか軽口を叩く。
完成版の黑鴉は、試作品の小型拳銃から、大型拳銃に大きさを増した。
それだけでは無い。試作品時は相手に対し零距離で引き金を引く事によって力を吸収、昏倒させていた。
が、完成品の黑鴉は対象範囲を人のみから攻撃……力全てに広げ、単発式から弾倉内の弾丸数に改良された。
ちなみに最大の弾丸数は7つ。一つの弾倉で7回まで吸収行為が可能である。
そして試作品には無かった機能が一つ、完成品の黑鴉にはあった。
それが鑑の口から欠陥品という言葉を出させた原因でもあった。
「でもよォー、そんな物騒な物持たれてちゃ………吐かせ難いよなァ」
「…………?」
オトアの言動に、小月は少し身構える。
何か来る、と本能で感じ取ったのだ。
「つーことで、吐かせんのヤメでコロスわ」
そして小月の直感は見事に的中した。
オトアはそう発言した後、両手を上げ、振り下ろす。
途端にオトアを中心に風が発生。辺りの砂埃などを巻き上げ、小月を覆うカーテンと化す。
「なっ!」
小月は黑鴉を持っていない手で顔を覆いながら、辺りを見回す。
(……俺が黑鴉を出したから、遠距離からの攻撃は無駄と判断して………近距離の攻撃で俺を殺すつもりか……………)
オトアはあくまで空間を歪めて攻撃している。探そうと思えば探せ、黑鴉で無効化できてしまうのだ。
故の近距離で小月を仕留めようとしている。例え一撃が黑鴉に無効化されようが、連続で仕掛ければ黑鴉が対応できなくなる。
しかし、それならば遠距離でも変わりは無い。連続で仕掛ければ良いだけの話なのだから。
(………それ程、妹の話題が嫌だってか…………………………ッ!)
この砂埃のカーテンは、小月の雑音拒絶対策であろう。
オトアは小月の力がどういうものかを知っている。小月の自白によって。
力の弱点も推測済みであるが、今は一瞬の隙すら小月に与えられない。
自身の行動を小月によって歪まされ、一瞬でも隙を作らないように。その為の砂埃のカーテンである。
(…………くそっ、ふざけやがって………どこに居やがる)
目のみを動かしていたのを、首、腰、体全体と小月は回る様に辺りを見渡す。
オトアの現在位置が分からない不安。焦燥。恐怖。
それらが小月の直感を、本能を歪ませる。
見回り、見渡し、見探る。
いつ、どこから現れるかもしれないオトアの存在。
それを必死に探る。
(…………そこかッ!)
そして歪んでしまった直感の中、小月はある一点を目掛け黑鴉を突きつけようとする。
しかし、やはり小月の直感は不安で焦燥で恐怖で歪んでしまっていた。
「ザーンネェン! こっちでしたってか!」
黑鴉を突きつけようとした場所とは全く違う場所から、オトアは砂埃のカーテンを突き破り現れた。
その片手には歪んだ空気の塊。
今の小月の体勢ではオトアの攻撃に対応出来ない。
このままでは、小月はオトアに殺される。
(……く……………そぉぉおぉぉぉおおおおぉぉぉおおおおおおおおッ!!!!)
いくら心の中で叫ぼうと、声に出して叫ぼうと、現状は変わりはしない。
だから小月は、
強引に、不自然に、不可解に、不可思議に、足と腰を動かし、体の正面をオトアに向い合せる。
いくら叫ぼうと現状は変わらない。だから小月は、自らの力で、自らの行動を歪めた。
無理矢理の行動に、体勢は崩れ去り、体はほとんど宙に浮いている状態に近かった。
しかし、それでもいい。オトアと正面で渡り合えるのなら。
「ナッ!?」
オトアは知らなかった、小月の力は自らにも適応される事を。
それ故に驚き、ほんの一瞬の隙を生み出してしまった。危惧していた隙を。
待ちに望んだオトアの隙。それをわざわざ小月が逃す訳が無かった。
小月はオトアの歪んだ空気の塊を携えた方の手首を掴み、それを引っ張る様な形で体勢を立て直しつつ黑鴉をオトアの胸に向かって突きつけようとする。
二度とないかもしれないこの至近距離。そんな状況で、安全の為に攻撃を消す、などという選択肢は小月には思いつかなかった。
攻撃などチャチな物を優先している場面では無い。終了を意味する本体、元凶であるオトアの昏倒。それこそを狙うべき場面である。
「終われぇ!」
オトアの体に銃口が触れた感触と共に引き金を引こうとする。
しかし、やはり、小月とオトアの力には徹底的な壁があった。
それは空間を歪め透明無重量の鎧を身に纏ってしまう事によって証明される。
オトアの体と黑鴉の銃口を確実に隔てる、透明な壁。
届かない。小月の一撃は、オトアには届かない。
「そん……なっ!?」
「危なァ。が、これが実力ってモンだ」
オトアはそう言い、もう片方の手を構える。
攻撃の面でも防御の面でも、小月は遥かオトアに劣っている。
オトアが突き出してきた手を、小月は無意識のうちに腕でガードしようとする。
無駄だろ、と小月は心の中で自分に呟くも、無意識のうちに出てしまったのだから仕方が無い。
オトアの手は小月の腕に当たる。小月は思った、腕が吹き飛ばされると。
オトアは思った、これでは力が使えないと。
小月は疑問に思う事になる。当たったオトアの手が、離されていくことに。
(……なんで力を使わない? さっきもそうだったが、今のは確実におかしい。こんな零距離で何で力を使わない、絶対に使うだろ、こんな邪魔な腕。吹き飛ばすだろ、普通…………何でなんだ?)
そして小月はその疑問のせいで隙を作ってしまう。
その隙に小月が気付いたのは、腹部辺りに圧迫を感じた時だった。
(……あッ!!)
「終いだァ」
オトアを掴んでいた手は衝撃で自然に離れていた。
小月は爆風とは違う、何か鉄槌の様な物で腹部を貫かれた感覚と共に後方へ吹き飛ぶ。
数回、地面をリバウンドした後、数メートル間地面に引き摺られ、ようやく小月の体は止まる。
直後、静寂が辺りを包み込んだ。
それは小月の敗北を知らせる為の静けさであった。
小月の生死は分からない。
しかし、小月は確実に負けたのだ。オトアに。
小月は守れなかったのだ。シキとの約束を。
辺りを包む静寂はしばらく、続いた。
これでNOISEは終わりです。
……………と言ってみたくなるようなオチですよね。
続きはクソですから、まあ期待など勇者の方々は微塵もしていないと思いますが、期待をせず待っててください。
どうでもいい話ですが、実はこの話は一度本文を消失してしまって……書くのが嫌になりました。