8月22日-9
辻褄合ってねぇー!!
「何で来た・・・・・・・・小月」
シキが、静かに、本当に静かに言う。
俺はそれに言い返す言葉が見つからなかった。
今のシキの姿は哀れなくらい弱々しかった。
地面に倒れ伏しながら、顔を上げる事も無く、声を出していた。
俺が来た事によって………いや、来る前から状況は最悪だったのだろう。
壁も床も天井も、全てが崩壊している。ココまで来るまでに瓦礫の山を何度も見たが、ココはそれよりも酷かった。
この惨状を創り出した野郎は分かっている。怪物ことオトアだ。
シキを傷付けたのも、オトアである。
しかし、今はオトアの事などどうでも良かった。
シキがまだ生きている。信じてはいたけど、心配であった事だ。
そして俺は、シキに言葉を返さなければいけない。
『……アタシは、な……アタシはお前に言いたい事が沢山有った! アタシはお前と行きたい場所も沢山有った! アタシはもっと沢山お前と過ごしたかった!! ………………でも、ここでお別れだ。今まで楽しかったよ。ありがとう小月』
何が“ありがとう”だ。その直後に燃やしやがって。俺だってお前に言いたい事が沢山あるんだよ。
だけど旨く言葉にまとまらないだけなんだ。
「アタシ一人でいいと言ったはずだ。アタシがコイツを食い止めると言ったはずだ!」
静かに、でも、徐々に大きくなっていくシキの声。
俺はそれに対し、無言で返す他無かった。
だって未だ見つからない。未だに見つけられない。
シキにあの台詞を言われてから、ずっと考えているのにも関わらず。まったく自分の言葉が見えない。
「そのうちに逃げろと言ったはずだ! 組織の奴らを連れて、さっさと逃げ隠れろと言ったはずだ!!」
そこまで的確には言ってねぇーよ。お前が俺に言ったのは足止め出来る時間だけだ。
しかし、シキの言い分は限りなく正しい。
俺はココに来なくてもよかったのだ。寧ろ来ない方が良かった存在かもしれないのだ。
園塚にも師匠にも此処に行くのは止められた。嫌なほど現実を突きつけてきて。
でも、俺はここに来た。
理由はシキの傍に居たいから。
…………………それと、
「犠牲はアタシ一人だけで良いと言ったはずだッ!! 怪物を止められるのは、同じ怪物だと言ったはずだッ!!」
「――――――――」
何でだろう?
何で今、俺はシキに怒りを感じたんだろう?
いや、今だけじゃない。さっきも。シキと別れる時も感じた。
何故だ? むしろ俺はこれに関してシキに謝罪しなきゃいけない。今までシキを……シキの力をどう思っていたかを。
なのに、何で今、俺は怒りを感じたんだ?
今までシキの力を怪物だと思っていたのは俺だ。
それは多分、紛れのない真実。本音。
だけど何故か、シキが言っている「怪物」って言葉は、なんとなくムカつく。
ムカつくなんて表現は、ちょっと違うけど………なんというか、自嘲気味っていうか。
無理してるっていうか、わざわざ仮面を被って、嘘ついて、シキらしくないっていうか………。
「お前はただの凡人だ! 裏の世界なんて知らなかった凡人だ! そんなお前をアタシが巻き込んだ!! だからせめて、お前を独りにしないつもりでいた!! だけどもう無理だ。アタシには人を守れる力なんて無い」
「――――――ッ」
そんな風に思ってたのか、シキは。ずっと俺を巻き込んだつもりでいたのか。
違うのに。そんな事全然無いのに。
シキ、今のお前はこの上なく鈍感だ。俺以上の鈍感。大バカ。バーカ、バーカ。
お前は自分一人で何もかも背負おうとして、自分で自分を追い込んで、自分の思い込みから逃げられなくなってる。
まあ俺の推測に過ぎないんだけどな。
けどな、例え推測であれ、俺の返す言葉はやっと見つかった。
そもそも、深く深く自分の言葉とかそんな難しい事を考える必要なんて無かった。
師匠も言ってたじゃないか。
後先とか損益とかを後回しにして、
「アタシには、人を傷付ける力しか無いんだ!」
「そんな事、あるわけねぇだろうがッ!!」
自分の気持ちを心の底から本心のまま、叫べばいいって。
だから、俺の思っているシキを言えばいい。俺にとってのシキを言えばいい。
俺の思っている真実を叫べばいいんだ。
「お前にはちゃんと人を守る力がある! 俺と初めて出逢った時も、黒い虎に襲われた時も、魔神と出会った時も、怪物に殺されそうになった時も、瓦礫に潰されそうになった時も、俺がバカした時も、全部、お前が助けてくれた! 守ってくれた!」
そう、俺はシキに助けられっぱなしだ。情けないほどに。
なのにシキは人を傷付ける力しかないと言いやがった。
それが不謹慎な事にムカついた。きっとシキが自分の事を怪物って言った時にムカついたのもこれと同じなんだろう。
自分は人を傷付ける事しか出来ない怪物だー、って言ってるように聞こえてムカついたんだろう。
「お前にはちゃんと人を守って助けてやれる力があるんだよ! それに俺にとっては、お前は怪物なんかじゃないッ!!」
だから俺の思っている真実を、俺の今の気持ちを、俺にとっての本当のシキを伝えてやるんだ。
「俺にとっては、シキ! お前はただの女の子だ!! 俺の金を毟り取って、 俺に暴力ボカボカ振って、俺に脅しまでかけたり、浴衣が着たいなんて事を言ったり、ショートケーキが好きだったり! 少し捜せばどこにでもいそうな、ただの女の子だ!! 怪物なんかじゃないッ!」
そう怪物なんかじゃない。シキは怪物なんかじゃない。
いくら人を殺す力が無造作に使えようと、いくら死人を蘇らせる力を無造作に使えようと。
所詮、シキはシキだ。
俺は思うシキは、ただの女の子。【蒼い死神】なんてものじゃない、ただの女の子。
そう、俺はシキに――――。
「お前がどう思ってるかは知らないが、お前に死んで欲しくない奴は沢山いるんだ!! だから俺はここに来た! 格好良く、主人公みたいに倒せはしないけど。俺はお前を助けたくてここに来た!!」
そういや、シキ。お前こう言ってきたよな?
アタシはお前を足手纏いだと思ってた、って。
確かにその通りだ。
何か特化した能力があるわけでもなく、誰にも手に入れられる雑音拒絶はしょぼくて、武器である黑鴉の完成品は師匠曰く欠陥品。
さらにはオトアにボコボコにされたダメージやらシキに燃やされたとかで、体調も最悪。
自分の中には何故か魔神がいるけど、そいつの力を使うと暴走。
本当に足手纏いだ。クズ。役立たず。
だけど俺はお前を助けたい。
だって、
「俺はシキに死んで欲しくない。だから来たんだ! 怖かろうが、弱かろうが、邪魔であろうが! 俺はシキに死んで欲しくなくて、シキを助けたくてここに来たッ!!」
お前は俺に言いたい事が沢山有るんだろ?
お前は俺と行きたい場所が沢山有るんだろ?
お前はもっと沢山俺と過ごしたいんだろ?
だったら、こんな所で死んでどうするんだ。俺もお前と同じ気持ちなんだ。
俺もこれから先もずっとお前の傍に居たいんだから。
だから、だから!
俺はシキに帰ってきて欲しい。いや、俺はシキと――――――
「犠牲なんて出すもんか。必ず俺は、お前と一緒に家に帰る。分かったか、シキ!」