8月22日-4
わわわ、明日英語の単語テストなのにー。
っていうか今週中間テストなのにー。
「なぁ、小月」
お前は怪我人なんだから病室に戻れ、とドロップキックやら頭突きやらを決めた者が到底言うとは思われない台詞を軽々と言ったシキに連れられ、病室へ戻る途中の事であった。
「明日、一人で先に帰ってくれないか?」
シキの提案に俺は少し驚く。
まさか、俺の残金が20円という事に気付いたのか!?
いや、シキに限って………そんなまさか………………………ッ!!
「ちょっと、作戦会議に参加しなければならないんだ」
やはり俺の予想通り、気付くわけが無かった。
「作戦会議? それなら俺も参加した方がいいんじゃないのか?」
こんな俺でも一応組織の構成員である。
組織の作戦会議ならば参加しなけれいけない、なんて責任感をちゃっかり持ってるわけである。
「いや、これ以上お前をオトアに関わらせたくない」
「オトア…………?」
初めて聞く名だった。誰だよ、そいつ。
「アリサの命を狙い、この前海でお前を痛めつけた奴の名前だ」
「………ぁあ、怪物の事か」
「怪物、か………」
少し自嘲気味な笑みをシキが浮かべた事に、俺はまったく気付かなかった。
気付く余裕はあったはずなのに、気付かなかった。
まあ、そんな事はどうでもいい。
…………………………どうでもいいんだろうか?
「ああ、そうだ。あの怪物のような力を使う奴の名前がオトアだ」
取り敢えず、時は進んで行ってしまう。
「オトアは狐狩りの取りこぼしだ。アタシ達はどうやってでもオトアを捕まえなければならない」
「そんなに厳しいのかよ狐狩りって。たった一人だろ?」
「まあたった一人なら、お前の言う通りに問題は無い。ただ――――」
少し下に俯きながら、シキは続きを言う。
「―――その一人がウチの組織を壊滅寸前にまで追い込んだ張本人という部分が問題なんだ」
…………これは、初耳だ。
確かに、あの怪物―――オトアの力は規格外だ。工夫一つでシキすら圧倒するレベルの。
だから、例え組織を一人で壊滅寸前にまで追い込んだ張本人がオトアでも驚きはしない。
むしろ壊滅後に組織に入ってよかった、と安堵してしまう。
それに俺達を仕留める前にどこかに行ってしまうあの性格だ。一つだけ支部がオトアの手によってではなく部下にやらせる、なんて事があっても別におかしくは無い。
「まあ、オトアがやった事はついさっき分かった事なんだがな」
「そりゃ、また……随分と早い事で」
「そうだな。………それで、お前をもう二度とオトアと関わらせたくないんだ、アタシは」
俺も出来れば二度とあの怪物とは、オトアとは関わりたくない。
作戦会議に参加しなくてもいいのなら、参加したくない。
けど、
「シキが参加するなら、俺も参加するぞ」
「………………」
シキは何も返してこない。ただ下に俯いている。
しばらくの沈黙の後、シキがまた口を開く。
「……園塚は、正直この作戦が通じなかったらオトアにはもう二度と関わらないつもりだ」
それはつまり、それほど一度しか使えない諸刃の作戦なのか、一応面目上やっておかなければならない流し作業なのか。その二つのどちらかだろう。
多分は後者。園塚はどちらかと言えばそういう人間だ。
「参加人数も多くは無い。少数精鋭というやつだ。アタシが参加するからという理由だけで参加するほど安全な作戦でもない」
「関係ない。どんな御託を並べようと、シキが参加するなら俺も参加する」
それは自分の為か。それともシキの為か。
当然、前者だろう。さっきから俺が言ってる事は我儘でしかない。
それでもいい。シキの傍にいられるなら。
「もう一度、オトアにボコボコにされるかもしれないぞ?」
「関係ない」
「今度は本当に死ぬかもしれないんだぞ?」
「関係ない」
「もう一度………もしかしたら、もう一度、魔神の力で暴走するかもしれないんだぞ……………」
「…………」
こればかりは、関係ないで済まない事だった。
今度は自分の本心と向き合ったから制御出来る………なんて、甘ったるい現実はそうそう無い。
たかが自分と向き合っただけで凄い力が操れるなら、皆本心と向き合っているだろう。
でもそんなに甘い現実はあり得ない。
あり得たとしても、その可能性は限りなく低い。
そして俺は、その低い確率で、当たりを引くような人間ではない。
オトアの力によってボコボコにされるのも、殺されるのも構わない。
それは自分の力不足、策不足であって、悪いのは自分であるのだから。
だけど、また魔神に力を求め、暴走し、シキを泣かせるような事があったら…………。
多分俺が死んでも、魔神の力によって暴走しても、シキは悲しんで泣くだろう。
だから俺に作戦には参加してほしくないのだ。俺に何も起こらなければいいと考えているのだ。
もういっその事、作戦参加を放棄したらどうだ?
格好悪いが、シキは悲しまない。誰かの足手纏いになる事も無い。最良の選択ではないか?
だから俺の回答はこうだ。
「クソッタレが」
そしたらシキの傍に居られない。少しでもいいから支えになりたいって決めたんだろ?
だったら、ちゃんと傍に居ろよ。
それが俺の回答だ。
「俺はお前の傍に居たいんだ。だからその作戦にも参加する」
「………小月。アタシはもう限界だ。言いたい事を言わせてもらう」
シキの声音には限りなく怒りが含まれていた。
まあ、そりゃそうだろう。聞き分けのない子供はしからなきゃ、ずっと聞き分けのないままなんだから。
だからって、俺は引くわけにはいかないけど。
「アタシはな! おま―――――――」
シキの言葉はそれ以上聞こえなかった。遮られた。
上から鳴り響く園塚の怒号で。
《侵入者、全員逃げろ!!》
必要最低限の言葉だけを怒鳴る園塚。いつかの時、確か俺が初めて此処に来た時も上から怒号がしていた。
だけど、その時よりヤバい事が分かる。
逃げろ。
詳細なんて伝えている暇は無い。行動だけ指示する。それもとても曖昧な指示。
嫌な予感が体中を駆け巡る。
「………ッ! シキ、どこに行くんだよ!!」
いつの間にか、駆け出していたシキ。
なんだか、とても遠くに行ってしまいそうなぐらいに脆く儚いような後ろの姿。
嫌な予感が後押しして、俺はシキの後を追いかける。
はぁー、もういいや。この世界はあと三日以内に滅びるんだ。
きっとそうなんだ。
今日はあと少しだから、残り二日なんだ。
きっとそうなんだ。