一話「無傷と涙」
左の窓から風が吹いている。
私の座る席は教室の左から二番目。つまり窓側の隣。そこの上から四つ目の席に私がいる。この席の周りには仲のいい女の子はあんまり居ない。というか前も後ろも勉強熱心な子だから声かけれないのだー。ははは……。
「むぅ」 頬杖をついて、私なりの嘆息。
何だろう。それが理由で、喋る人が居ない理由で、一度彼に声をかけただけなのに……、今は凄く寒い。左側がとっても寒い。かといってソレを意識し続けると目頭が熱くなって、本当に私らしくない感じ。
でも、すごく楽しかったなぁ。一回喋るともう一回喋りたくなるくらい。なんか友達感覚で異性に話しかけたのは慣れ慣れしいかな、とか不安だったけど、返事来た瞬間にそんなのが消えてしまった。……もう一度話したいなぁ。
「里堆くん……」 あ、違った。さっちんって呼ばないと。
そんな感じで隣を見る。勿論、彼は居ない。
「里堆くん……」
どうしても、さっちんって呼べない自分が居る。理由は解らない。心では呼べるんだけど、今は声に出して呼べない。呼ぶと恥ずかしいというかなんというか……いやぁ、全く私らしくないですなぁ。
暫く空を見上げていると、すぐにチャイムが鳴った。教室内の生徒達は席を立って室内を移動する。
すると、右側に居る「捻くれオタク男子」と呼ばれている三人グループの会話が耳に入った。
「おいおい、聞いた?里堆の事」
「あぁー、聞いた聞いた。通り魔に襲われたんだって?ザマァみやがれっての」
「だよなー、あんなリア充やられればいいんだよ、スカっとするぜ」
「しかも少女に襲われたんだろ?ハハハッ!軟弱じゃん!情けね~」
……さっちんは軟弱でも情けなくもない。
「つーかあれだな。アイツ木崎たん怒らせて学校半壊させたりとか、やってる事滅茶苦茶なんだよな。あー嫉妬嫉妬。いっそ死んじまえばいいんだよなー、はははッ」
「――ッ!!」
ソレを聴いた瞬間、あの時の光景がフラッシュバックのように繰り返された。
ドアを開けたらさっちんが心臓を刺されていた事。
刺した少女に何も出来ないまま逃げられた事。
床に広がる禍々しい血の光景を見た事。
私が無力だから、あの時に走って逃げてしまったから、だからさっちんは……。
さっちんは……。
バンッ! 気が付けば両手で机を叩き、立ち上がる身体。
「里堆君は軟弱でもないし死んでいいような人間じゃないよッ!!」
何故か大声を張り上げていた。……何で私こんなに熱くなってるんだろ。多分クラスメイトを侮辱するのが許せない、っていう綺麗な怒りじゃないと思う。
横でビックリしている三人は、そのまま何処かへ消えていった。
私は立ったままチャイムが鳴るのを待った。
左側が寒い。
***
「こ……これは――ッ」
応急用緊急手術の一室で担当の斉藤さんが手術中に驚きの声をあげた。切開した胸元を見て驚いているらしい。
「何なんだ、コレは……」
周りの助手も目を点にしていたり絶句していたりと、驚きを隠せない状態だった。
今手術している患者は中学校の少年。尋常じゃない大きさの刃物で胸を一刺しされたらしい。ほぼ助かる余地がないのだから、皆が体内のキズを見て驚くのも当然だろう。と思いながら彼の切開された胸を見ると、
「…………………………、は?」
即死レベルで刺されたはずの心臓は、何事もなかったかのように動いている。
***
あの事件から十数日の、卒業式前日。
三月の中間で皆は高校でも殆んど一緒だからか、登校する生徒達は皆笑顔だった。かという私はイロイロあってあんまり晴れた気分じゃないけど、門に足を踏み入れると何故か心が落ち着いた。もの凄く、落ち着いた。
下駄箱に着いて何時ものように靴を入れると、階段を慌てて下りてくる女性が此方へ向かってくる。
綻んでいるけど険しい表情で、整った顔と黒髪が羨ましい女の子……最近友達になった木崎さんだ。
「おはよぅ!あやめっち!」 元気に挨拶!
「お、おはよ……はぁ、はぁ」 凄く息切れしてる。
でも、それなのに笑っていた。息切れしていても笑っていた。ここ十数日は欠席や遅刻ばっかりで笑顔すらなかった木崎さんが、とっても嬉しそうに此方をみていた。
それだけで、身体の毛がぶわーって逆立つ感じになった。今にでも足が動き出しそうで疼いていると、
「教室、行かないと遅刻するよ!」
木崎さんが笑顔でそう言ってくれた。私は「ごめんね!」とだけ言って全力疾走。
必殺階段二段飛ばし!
とか高揚しながら走って、スカートとか気にしてられないくらい走って、周りの生徒追い抜いて、ガララン!と、勢い良く教室のドアを開ける。
周りを見ないように極力俯きながら全力で走って、自分の席に着いた時。
左側が暖かかった。
顔を上げ、今まで寒かった方向を見れば、
「おはよう、苅野」
私の中で溜まっていたダムが、その優しい声で潤む間も無く壊れてしまった。
前が見えないほど涙を流し、今日からまた「暖かい」学生生活が始まると思うとまた涙が出る。
「うぐ、あぅ、だ、助けられなくてごめんね、里堆くん……ぐずっ」
泣き顔見られるの恥ずかしい。けど隠し切れない。泣きながらそう言うと、優しい声が耳を通る。
「……はぁ、それは違うだろー苅野。ゴメンよりアリガトだって」
「――ッ!? う、うわぁあああん!!」
涙腺大爆発の号泣には、笑顔も混ざっていた。気が付けば抱きついていて、里堆くんの制服をびしょ濡れにしている。
あやめっちには悪いけど、少しこのままで居たい。
ゴメンよりアリガト……、ありがとう。
帰ってきてくれてありがとう、里堆くん。
愛読有難う御座います。
新章開始しました。
これからは意味不明だった少女の話を解読しつつ、リミッターを使った話をしていきます。
それでは、有難う御座いました!