二話「狙われる理由とハーヴェイ・サテライツ」
「平和だ!」
我が里堆経汰は授業中が平和だと思う。
ダンボールでテーピングされた自分の場所を見て言う事ではないが……。まぁ、しょうがない。だって床にクレーター空けられたんだもん。ここはそんな細かい事なんて気にしない。それよりもダンボールで床と壁を応急処置してくれる校長先生に感謝だろう。中身すっかすかだけど、おかげで授業受けれてるし机と椅子も新品……涙が出そうだぜ。
「やっぱり平和だ!」 「うるせぇぞ里堆」
先生が黒板に字を書きながら俺に言った。その動く手は止まらない。
さーせん、とだけ言うと隣の女子がクススと笑う。「何が可笑しい」と聞けばまた先生に怒られるので口を止めると、隣の女子は此方を見ながら、
「ねぇ、さとっついん」
「何その某不二子さんのストーカ怪盗がとっつぁんて言うような呼び方。最後にテールでも付けば最早女の子に――」 「うっせぇつってんだろウン○ス野郎」 「おいそれはマズいだろ教師として」
思わず教師にツッコミを入れる。口が悪すぎる。あー、お前あれか、あの元暴走族GTOってヤツか。……そいつでも言わねぇよ!
散々心でツッコミ終えた後、またクスリと笑う隣の女子に極力小さな声で言う。
「なんか呼んだ?というかまずその呼び方止めてくれ」
「うーん。じゃー、さっちんでいい?」 馴れ馴れしいなこの女、などとは思っていない。
「……まぁいいや」
「いいならいいけどー。あーえっとね、さっきので感動したよ、私」
目を星のように輝かせ、両手を組みながら胸を張りだす隣の女子。名前はたしか苅野深愉だっけ……。クラスに居る男子の人気を取ってる清楚天然女で有名だった気がする。揺れるボブヘアーと髪の光沢が清潔感を醸し出す女子だ。……って、その前に、
「は?」 まず疑問だ。何に感動したんだよコイツ。
「ほらほら、さっきの女の子。あれ木崎ちゃんでしょ?学年でも高クラスな力の変更ができる人ー。女子の中では二位だもん、すっごく有名だよぅ」
木崎渓。容姿と頭脳にずば抜けていて、力の変更も莫大な女だ。さっき襲ってきたヤツであり、容姿などに優れているくせに性格悪くて常識がなってない人。
ちなみに、今出てきた《力の変更》には個人差とかがある。一,五倍にしか出来ない人も居れば百倍に出来る超人も居るらしい。あの女は力を通常の五十倍に変更出来るらしいから、こんなクレーターが生まれてダンボールを敷く羽目になりました。メモメモ。
「え、だから何?」 俺はまともな答えをしたつもりです。
「いやー、仲が良いんだなーっておもってさぁ。あんな有名人と仲いいなんて感動だよー」
「喧嘩するほど仲がいいという言葉、アイツには通用しないんだけど」
「付き合ってたりする?」 「人の話を聞け。俺のさっきの言葉を考えてからモノ言え」
「あの子と付き合うのはひっじょーにマズイ訳です。多分ファンの男子生徒に殺さるのですよぉ」
「……コイツ、わざとやってんのか」
***
俺が狙われる理由というのは至ってシンプルだ。
自分には全く《力の変更》が使えない。それも、力の変更をするための装置「リミッター」をつけてどうこうと言う問題ではなく、俺が着けるとリミッターは全く機能しないのだ。
リミッターの大きさや形はスライド式の携帯電話ほどで、皮膚のどこかに当てると機能する。微弱な電波を筋肉に送り、脳から送られる80%の力量伝達信号をハッキングして100%に塗り替える、というのが仕組みだ。機械に操られるのもどうかと思うが、あくまで変更されるのは力量の電波だけなので身体が勝手に暴走する事は稀の稀と言うほどに無い。
そんなリミッターだが、俺はソレに触れるだけで電源が落ちてしまう。本当に少し触れるだけで。触れた場所から離すと直ぐに再起動するのだが、やっぱり触ると消えてしまう。
狙われる理由がそれだ。
なんというか……俺の性格が悪い嫉妬だけど、力の変更が出来てソレで輝いてる人を見るとつい悪戯をしてしまうのだ。あの襲ってきた女、木崎渓も俺の犠牲者のようなものだった。中学入ったぐらいの頃。人気の無い所で先輩に絡まれて、その時に力の変更をして助けてくれたのが木崎だった。でも俺はそう言うヤツらに素直に謝れなくって……つい「大根足に助けられても……ねぇ?」とか心にも無い事を言ってしまったのが原因だ。今思うと本当に申し訳ないが。
「すみません、木崎さん」
屋上でコーヒー片手に青空を見る。今日も雲一つ無くて綺麗な冬の景色――、
「今更謝られて許す、とでも?」
ビクゥ! と身体が跳ねた。危機感を感じ、持たれかかっているフェンスを握る左手がじんわり濡れてくのが解る。
「そ、その声は……」 後ろから聞こえてきた声に、首を動かさず応えると、
「そんなに硬くならなくていいわよ。流石に何度も学校は壊さないっつーの」
「だ、だよなー……ははは――」
「壊さないように殺してあげるから」 「――ッ!!」 「あっはは、冗談」
心臓に悪い冗談は控えましょう。
「んで、何でここに来たんだよ木崎。こんな寒い時期に昼休みの弁当を屋上で食べるヤツは居ないんだけど」 チビチビとコーヒーを啜る。もう生温い。
「ペラペラうっさいわね。テメェが居るでしょう?」
「俺に合いに来たとか?」 「嫌な冗談は止めて。性格悪いのは相変わらずよね」
絶対あの時の事を根に持っている。とか感じながら、
「さーせん。素直じゃないだけっす」 「解ってんなら直す努力しなさいよ」
「さーせん」 「……、まぁいいわ」
それっきり沈黙が続く。
春に近付いている季節では風も薄くて、本当に静か……いやーでも何か喋らないと。コレは男子として一肌脱ぐしかない。
「そういえばさー」
「えっ、あぁ、何よ?」 突然で驚いた感じだ。
振り向かず、空を見上げながら言う。
「お前って、ツンデレのデレが無い感じだよな」 「リミッター解除」 「さーせん」
またしばらくの沈黙だ。会話が続かないのではなく、如何しても素直に話が出来ない感じがする。
「それじゃ、私次体育だから。そろそろ行くわ」
「お、おう」 合間合間に飲んでしまって空の缶コーヒー。それを持った手をパタパタと振ってサヨナラの合図。
カツカツ、と学校指定の硬い上靴が遠のいていくのを耳で感じた。屋上のドアがガチャリと開く音が鼓膜を叩いた後、
「あー。私、結構屋上好きだから」
そんな言葉が耳を通った。
何故かソレだけが鮮明に繰り返され、廊下を勢い良く走る足音に少しだけ胸が高鳴る。
「……報告いるのか、それ」
十秒後に口を開いて、その時初めて後ろを振り返る。
勿論、誰も居ない。
***
「つまり、リミッターで《力の変更》をする事を『ハーヴェイ』と呼ぶんですねぇー。そして力の変更をしている状況、その間を『ハーヴェイモード』と言います。スーパーサ○ヤ人のようなモノです。そしてハーヴェイとは《力ある生き物》を挿すのですが――」
今年で60歳になった生体理論担当である理科の先生が弱々しくもペラペラと喋っていく。因みにこの先生は俺よりもミーハーだ。精神年齢は15歳。
とか紹介しつつも俺は縦肘を突いて教室を伺う。それでも先生の弱々しい声は聞こえてきた。
「リミッターは宇宙に散らばる無数の人工衛星、つまり『サテライツ』とリンクしているのですねぇー。故に、リミッター所有者の詳細を掴む事が出来ますねぇ。勿論、阻止も可能で――」
こんな問題は小学校の頃にやるのだが、小学生では理解できない所があるため中学三年生の後期にもう一度復習をするらしい。
殆んどの生徒が聞く耳を持たないところから、もう解っている様子が伺える。
鳥の囀りも聞こえるくらいの静寂に先生の声だけが教室を覆う。
豊かな感覚。
居心地が良くて、何より、
「平和だなぁ!」 「うるせぇぞチン○ス野郎」 「お前もかよッ!?」
この時代の風景を、とある人はこう呼んだ。
ハーヴェイ・サテライツ。
愛読有難う御座います。
これでだいたい世界観が解ってもらえると嬉しいです。
疑問点などありましたら、ご報告お願いしますm__m
次回から本編行きますっ!
それでは。