五話「豊ヶ原月見と恋戦争」
広い旧校舎の廊下を歩いていく。季節のわりに蒸し暑い熱気に表情を歪ませつつ、俺は言った。
「何でだ!」
「何がじゃ!」
俺の後ろをてくてくと歩く少女に言えば、奇怪な日本語が返ってきた。それに応じて振り向けば、俺の体操服のシャツを摘みながらついて来る人が居た。木崎よりも少しだけ長い髪で今まで見たこと無い真っ黒な色。それなのに幽霊に見えない顔立ちは素晴らしいものだった。言葉遣いを省けば……だが。
「お前知らないだろうがな、そのシャツの掴み方は確実に男子生徒を誘惑しているんだぞ!そしてそのてくてくな歩き方とか最早グッと来るランキング上位余裕じゃねぇか!」
「申しとる意味が解らぬ。言葉ぐらい確りとしゃべらんか!」
「お・前・に・だけは言われたくねぇッ!!」
調子狂うな……こんな所木崎に見られたら凄い事になりそうだ。多分、九重さんの時みたいに色々言われそうだぜ。モテる男は辛……いや、むしろこれはモテない男じゃないか?邂逅速達で俺に襲い掛かる生徒と暴言吐く女。モテてないモテてないははは。モテて無い事を祈りたい。俺はもっと違う意味で変わった女の子を求めているんだ!
あー、そういえば苅野は脱落したのだろうか?まぁあの子なら五分もせずにやられそうだし……いやでもアナウンス流れたか?残り四人……。あ。
「おい、お前……名前なんだったけ?」
「我は豊ヶ原月見じゃ。月見と呼んで――」
「よし豊ヶ原、逃げるぞ」 「うぅ……――って、何でじゃ!?」
いいから! とだけ言って、来た道を戻る為に振り向き一歩踏み出した刹那――、
「あーら、経汰?新しいお友達かしらッ!!」
その声と同時、右側にあった教室のドアが凄まじい音を立てて吹き飛んでいく。バラバラと木片が目の前を過ぎり、埃が視界を遮った。「ひッ!?」と言う豊ヶ原の声が後ろから聞こえてきて、シャツを握る力が強まるのを背中で感じとった後。
「マズイ非情にマズイ。コレは多分今までで一番マズイ。心臓刺されるよりマズイ」
脳がパンクしそうだった。埃の中にある人影は、シルエットだけで女性だと悟り、それが誰かも解っていたから……危険を察知して脳が思考と削除を繰り返す。
「だ、誰じゃ!我のシモベが怪我をする所だったではないか!」
「いつから俺はシモベになったんだろう」
「シモベ……ねぇ?ふーん。経汰ってそんな趣味?まぁいいわ、このクソ変態がッ!」
ザヒュン! 声とほぼ同時に横を何かが通り過ぎて、振り向くと壁が砕けていた。
「あー、うん。そうか、お前俺を殺す気だなマジで」
凄まじい勢いで通り過ぎて四階の壁を砕いたのが何かは言うまでもなく試合の玉である。
「悪い?トップだとか筋通すだとか容赦しねぇだとか散々クサイ台詞吐いた弱者な輩をブッとばしに来たら女とイチャついてたのでつい投げちゃいましたはははゴメンナサイ」
「鬼め!鬼めぇぇぇぇ!!」
「ほら否定しない。やっぱイチャついてたのね?もうめんどくさいから早く終わらせるわ」
「ちょ、まて。誤解誤解、ゴカーイ!」
「おいシモベ。何を申しておるのだ?そしてあの女の影は誰じゃ?聞いた事あるような無いような……、恋人か?」 「それは違う」
「やはりな。我というものが有りながら他の女に手を出すのはどうかと」 「喋るな!俺の寿命を縮めるような発言するな!」
と言いながら豊ヶ原の口を手で押さえる。頬と唇の感触とか色々学生に問題な感じはあったが今はそれどころじゃない。
「へぇ?仲よさそうね……?盛大にムカツクわ」
それと同時に埃が風で消え、そこから容姿端麗な女、木崎が現れる。
「ムカツク、ムカツク、ムカツク。そして相手が色んな意味で人気な豊ヶ原さんだと余計にムカツク。どうして経汰の周りにはそんな子がいるのかしーらァーっ!!」
シャウトしながら、木崎は右手の赤い玉を勢い良く振りかぶり――、
「まて、話せば解るんだって!マジでッ!!」
「問答無用ォォ!!」
投げた。
「うおぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
凄まじい勢いで飛んできたそれを避けると、もう一つが避けた所に飛んできて、それを体を反らしてまた避ける。良く見れば木崎の周りに沢山玉が置いてあり、アレを全部投げられたら俺は燃え尽きるだろう。
「まだまだぁッ!!」
四つ目の玉を避けると同時に五つ目が降りかかり、それを避けると廊下の壁にぶつかり逃げ場が無くなる。
「勝負ありッ!」
そう言って投げようとする木崎の玉は、ハッキリ解る位に手からスッポリと抜ける。
軌道を変え。
力の変更をして放った玉は。
真っ直ぐ、真っ直ぐと、突っ立っている豊ヶ原へ向かった。
「くっそおおおおおおおおおおお!!!」
何が起きたか驚く木崎を無視して、気が付けば俺の足は動いている。
それは何処か、弱者が正義になろうと足掻くそれと似ていて。
動く体に悔いなんて無く、むしろ動いてくれた体に感謝して……。
バシンッ! と、豊ヶ原に向かっていた玉は俺の左手が受け止めた。
ミシミシと唸る左の掌から強烈な痛みを感じながら、
「あ、あっぶね……」
それだけ言うと、驚きの表情だった木崎は我に返り、手に持った玉を落としてから。
「……ご、ごめ、ん」
そう呟いていた。それを横目に豊ヶ原に大丈夫か確認の視線を送ると、
「す……すまぬ。だい、じょうぶ?」
「あっはは、素が出てるし」
左手は大きく腫れて、ジンジンとした感覚以外を与えてくれない。それを見つめている豊ヶ原に「大丈夫だって」とだけ言って、もう一言。
「個人的にだけど、ゴメンよりアリガトがいいかな」
人を守ることが出来た自分に、有難うと言ってみた。
ご愛読有難う御座います。
段々と主人公ナルシスト話になりそうでしたので、左手損傷させてみました!(おい)
一人称はいろいろ不便です。誰がどう思っているかを表すことが出来ないし。
でも、主人公については良く知れるので大好きです。
月と蟹を読みながらの更新です。
それでは、有難う御座いました。