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ハーヴェイ・サテライツ  作者: 毛糸
一章・Ⅱ【大会と種目】
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三話「卑怯と変わる」

 階段を上がって二階の廊下を覗く。

「ふぅ……」

 誰も居ないのを確認し、三階へ移動する為に階段の手すりを握る。

 木崎と離れてから二分しか経っていないのが信じられない程、時間の流れが遅い。手すりを握る手は汗でべっとり濡れていて、それが今の自分の感情を強く表していた。

 ゴクリ、と息を飲んで、三階へたどり着く最後の階段を踏んだ時、

 ザヒュン! と、耳元で風を切る音を感じた。前にある教室の壁に穴が空き、昼の光が差し込む。その様子から後方からの攻撃だと察し、振り向いた刹那――、

「しま――」

 向いた瞬間。目の前にはもう男子生徒が居た。拳を握り締め大きく腕を振りかぶり、申し訳無い謝罪と勝利を得たい欲望の表情で、俺目掛けてソレを振り下ろす。

 ゴリィ、生々しい音が腹で鳴り、その場所から感じた音より後で激痛に浸る。体が吹っ飛んで廊下を数メートル滑り、教室の壁に背中ごと叩きつけられた。痛みで叫び声を出したくない、出せない。

「す、スマンな……俺、勝ちたいんや。そのためにこの学校選んだ訳やし。生憎チェックメイトや」

「はは……そうかい」

 情けないな、と感じる。トップになるとか、アレだけの大口を叩いてまだ三十分も経過してないのにもうこの様なんだから……。きっと、動けない俺に優しく三回玉を当てるっつー考えだろうけど……ソレをされるのが一番情けない。何なんだ俺は、何がしたい?宣言をノリでしたくせにあっけなくやられて。

――言った事には筋通さないといけないだろ?

 クサイ台詞を吐いて。

――いざとなれば俺、絶対に容赦しねぇから。

 調子に乗って。

――ふざけないで!

 怒らせて。

――じゃ、また会おうな。

 約束までして。

「本当にスマン、スマン。コレで終わらせとくから」 玉を取り出そうとする男子生徒。

 動けない俺は弱者。相手は力を変更できる強者。格差万別?優越劣等?矛盾している世の中だ、と動けない体に伝える。肋骨がギシギシと痛んで、唇は切れている無残な体に。

 ……確か最近にもこんな光景があった。あの夜、心臓を刺された夜。俺は弱者だとか言って強者を嫌い、ヤケクソで我を忘れて突っ込んで……刺された。きっと、そのせいで余計に強者が嫌いになったのかも知れない。……でも、何か違う。日常を経て、そう思った。退院や無事を泣いて喜んでくれる友達や、こんな俺でも好きになってくれた女の子、何一つ変わりなく接してくれた幼馴染や先生方、その他、家族。それを見ていると、それを嫌う今の自分が馬鹿らしくなって……とか言いつつその邪心の塊を強者にぶつけて発散している所もあって。

 俺は、どんな子供よりも子供だと思った。

 現実から逃げて、キレて、嫌って、馬鹿にして、調子に乗って……。

 それでも、木崎みたいについて来てくれた人がいる。

 ソレなのにそんな事実にも目を向けず、今此処で倒れたまま強者を恨む自分。


――変わりたい。


 俺も力は欲しい。でも手に入れれない。それなら変わればいい。皆が力で補うなら、俺は何か別の事で補えばいい。

 そうだ……、変わればいいんだ。

 妬んで嫌う今の自分とはおさらばして、変わる。

 力の差に恨みを持つんじゃなくて、現実を受け止めて自分に出来る事をする人に。

 こんな状況でも「力」のせいにしない自分に。


 トップになると宣言したじゃないか、弱者よぉ……、と格好つけてみる。今日くらい神様も許してくれるはずだ。

 此処で立ち上がれば、何かが変わるかもしれない。体をどうにか動かしちまえば、変われるのかもしれない。指一本でも、瞬き一つでも――変わる可能性は、ある。


 卑怯?何とでも言え。俺には力が無いんだから。

 汚い?知らない、そんな言葉は俺の低知能な辞書に無い。

 クズ?何とでも言え。


何とでも言うがいい。俺はこの勝負に勝つ。どんな手を使ってでも、勝つ、勝つ、勝つ、勝つッ!!


「ふっ……」

 ニヒルな笑みを浮かべたのは、俺だった。俺自身だった。

「どうしたんだよ?早く玉をぶつけろよ?なんでそんな顔してんだよ?どーした、あぁ?」

 目の前で愕然とした表情をする男子生徒に向かって挑発をかける。

「……あー、やっぱそうか?おいプチ関西弁。お前……――玉が足りないんだろ?」

「な、なんなんや。ちゃんと三つは持っていたはずや。俺が踏み外す訳――ッ!!」

 俺は、力なく腕を動かし、ポケットから玉入れと同じ玉を取り出す。表情を変えないまま、男子生徒に言った。

「お前の望みだ。殴られる瞬間に落としてたみたいだな……はぁ、拾ってよかった」

「くっ。お前、かえさんかいッ!!」 「嫌だな」

 皮肉を込めて、壁に背を持たれながらゆっくりと立ち上がって、痛む腹は何故か軽々しい。

「な……卑怯やぞ!!こんな不公平な戦いッ!」

「……何とでも言えよ、不公平な力の所持者めが」

 決着。王手。チェックメイト。終了。全てを願ってまず一つ目の玉をコツリと当てる。その玉はころころと転がってそれを必死に拾おうとする生徒に二つ目の玉を当てた後、それと同時に男子生徒は落ちた玉を拾う。

「自分で当てられ落ちた玉を拾う……悲しいな?プライドを持ったほうがいいよ」

「――ッ!?てめ」

 負の感情だけで戦う人間ほど解り易いものはなかった。投げる場所が事前に反応できて、軽々とその生徒の玉を避けた。その避けた軌道を使って相手の脚を蹴り、体を倒す。相手を煽る所から計算通りに行き過ぎて正直驚いた。

「――ッく。正々堂々できんのかッ!!」

 倒れた生徒の胸元に片足を乗せ、左腕に持った玉を上に(かざ)して身動きを封じる。

「出来ないねぇ?つーか力変えてる時点で生もクソもねぇだろ?逆に使えない俺が正々堂々してんじゃねーか」

「――、クソ、クソ、クソオォォッ!!!」

 叫ぶ学生の声は大きく響き、旧校舎を震わせる。

「あー、哀れなり」


 優しく、ゆっくりと左手を離した。それは男の顔にコツンと当たり、床を転がって静止する。

「ゴメン。――チェックメイト」

 神様はまだ、迷える子羊を見捨ててないらしい。格好つけすぎて赤くなる顔を隠しながら、階段を上っていく。そんな中、アナウンスが鳴る。


《四十三人目脱落者発生、北野。残り四名です》


 聞いて、力強く歩き出した。

 こんな俺でも、変われるのかな……と現ぬかして、次なる場所へ。

 もう迷わない。諦めない。


ご愛読有難う御座います。

決意、変わる、勇気、卑怯。

正しい事は環境によって卑怯に変わり、不利な事はチャンスに変わる。

善と悪。矛盾した内容でやってみました。


それでは、有難う御座いました。

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