二話「宣言と約束」
全力で廊下を飛び出した。足を動かしたまま振り向けば、まさかの展開に女子生徒が目を点にしている。それでも此方に向かってこようとしている所に驚いてしまう。
全速力で走ると、直ぐに右に曲がることが出来る。これを曲がると階段だ。
「うおぉおおおッ!?」
逃げる俺に気が付いた廊下の男子生徒一人が、俺目がけて玉を投げてきた。ソレは走っている俺の目の前を高速度で横切ると同時、壁にぶつかって破裂した。中身の布がヒラヒラと散り、床に落ちる前に階段に到着、すかさず下へ逃げる。
「クソ、こんなの拉致が明かない!」
タタタタタターッと俺が階段を降りる足音に続き、もう一つの足音が鳴っている。誰かが着いて来ているらしく、冷汗の放出量と階段を下りる速度が脊髄的に増した。逃げるしかねぇのは解るが、此処まで追われると逃げるだけの自分が情けなく感じ――、
「――おわっ!?」
叫ぼうとした声は裏返り、瞬間に俺の視界がグルリと九十度変わる。
――扱けた。
違和感を思う前に俺の体は転倒し、ぐわんぐわん縦に回って体中を痛みが蝕む。ゴトゴトと階段を転がりながら、さっきから流れているアナウンスの一つが偶々俺の耳に入る。
《階段油トラップ被害者発生。里堆、椎名》
不本意に扱けた俺の体は、階段を転がり踊り場に到着して、その動きを止めた。
「ァが……――ぐッ!!」
防具として最新鋭の薄型クッションが入っている専用体操着だが、その痛みはそれの上からでも充分に伝わってきた。頭を守っていた腕に激痛が走る。
階段を転がって地面に倒れたと気付くのに何秒掛かっただろうか……。隣で、さっき追いかけてきたであろう男子生徒の椎名が同じトラップで気絶しているのを見ると、俺は軽傷で済んだと把握。同時にえげつないトラップだと思い奥歯を噛み締めた。
巨大なカボチャでも背負っているように重い体を起こし、立ち上がる。未だに視界は淀み、ふらつく足に渇を入れて、一歩一歩を踏み出す。
どうやら一階に着いていたらしく、真っ直ぐ行くだけで廊下に着くことができ――
「――な、なんだ……これ」
静かだと思っていた廊下を覗けば、そこには無残な光景が広がっていた。
倒れている二十人ぐらいの生徒。そこに佇む、一人の少女。
俺に背中を向けたまま手に握る白い玉をポンポンと持て余して、逆の手は腰に当てている。長い黒髪が旧校舎の窓から降る光を反射させ、光沢を生む。そんな細い体の少女は言う。
「生きてたんだ、経汰」 木崎狭だった。まるで廊下に転がる約二十人の生徒を、捻り潰しました。と言わんばかりの態度で振り向きもせずに言った。
「アンタみたいな弱者、普通はとっくに終わってるわよ。私の予想では、開始五分の今で脱落してない人間は五,六人ってとこかしら……」
呆れながら言う木崎の後ろ姿に反抗するよう、俺は口を開く。
「言っただろー?俺、トップになるんだよ。勿論このクラスだけだけど……」
五,六人程度しか居ないのは正論だと思った。実際ここで二十人くらいが倒れていて、上でも早速全員暴れていたのだから……。何より、階段から追っ手が来ないのがそれを証明している気がする。
「トップ……ねぇ?笑わせるわー、絶対無理よ。私が居るもの」
「んーでも俺はトップになるんだよ、根拠ねぇけど。宣言しちゃったもん」
「……はぁ。経汰は偶然脱落しずに済んだのかもしれないけど、私は実力。実際にこいつ等、私を潰す為に協力し合って襲い掛かってきたわ……」
木崎は女子の中でもずば抜けた力を所持している。見かけは細い女の子でも、このクラスの連中は容赦が無かったのだろう。声で木崎の曇った顔が解ってしまい、倒れている連中に何故か「最低なヤツ等だ」と思ってしまった。
「私はトップなんか欲しくないのに」 ボソリと言った一言は、俺の耳に微かにしか聞こえない。
「まぁ、でもやっぱ俺はこの勝負に勝つぞ。絶対トップになる」
「だから……経汰じゃ無理よ」
「無理じゃない。きっとなってやるよ。後五,六人だろ?」
「それでも無理。私が居る」
「無理じゃない」
「無理」
「無理じゃねぇし!」
「何が根拠にそんな事言えるのかしら?」
「一度言った事には筋通さないといけないだろ?ソレが原動力」
「ふざけないで!」
木崎の黒髪が揺れて、その顔が此方を向いた。同時に体もこっちに向けると、十五メートルの距離は何故か近くに感じた。
「何が……何がトップよ。それで何になるっての」 だから宣言しちゃったんだって。
嘆息して、鋭い目で此方を睨み、
「私がソレを阻止する。私は常に経汰の上に居るべきだと思うから、阻止する」
「ふぅ~ん」 適当に返事をして、言葉を紡ぐ。
「言っとくけど。いざとなれば俺、絶対に容赦しねぇから」
コイツとの戦いは、残りの生徒を潰してから。その後絶対に倒してトップになる。
「……解らない。その現実を見ない自信は馬鹿を正しく表現してるのかしら」
「しらねーよ。じゃ、また会おうな」
約束のような事を言って、そさくさと来た場所へ走る。これで当てられたらもう俺超恥ずかしいじゃんと思ったけど、木崎は追ってこなかった。一安心して、階段を上る。
目指すはトップ。逃げて隠れて卑怯な手を使ってでも、俺はこのクラスのトップになる。
弱者の小さな宣言だった。
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テスト期間中で更新が途絶えていますが、頑張って更新して行こうと思います。
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