一話「強い女と弱い男」
まず、力の変更という専門用語についての説明をしよう。
普段の人間の脳にはリミッターというものが掛かっていて、ソレにより人々は皆脳を三分の一しか使用することが出来ないと言われている。この《力の変更》と言うのは、そのリミッターの理論を逆転の発想で突いたようなモノだ。
リミッターが存在する事によって、人間はどれだけ肉体的に全力を発揮しても七・八割ほどの力しか出ないといわれている。この原因は十割の全力を出すと身体が耐えられなくなるというのも有るのだが、脳に掛かったリミッターのせいで三分の一しか力が発揮できない、というのが最もな理由であった。
そこで、とある大脳生理学者と幾何学施設の長は一つの単純で明快な発想をした。
「唯一リミッターを外す事が出来る火事場の馬鹿力を継続させる事が出来れば、人類は人類の壁を越えるのでは?」と。
火事場の馬鹿力と言うのは、自分が肉体面での逆境に立った時に起こるものだ。その逆境が自分の命に関わっていたり、絶大な危機感を持った時にしかソレは発揮する事が出来ない。脳のリミッターを一時的に解除させ十割の力を発揮する環境を作り、自分自身の体を捨てる勢いで生まれる力を人々はそう呼んでいる。
例を出すと、瓦礫に自分が埋まっていて早く退かさないと火事による一酸化炭素中毒で死んでしまう、という状況だ。これは後者の一酸化炭素中毒や火事が無かった場合はきっと瓦礫を退かせないだろうが、火事となると話が別になる。退かさないと死ぬのだ。そうなれば自然と瓦礫を退かす力が出る。それが火事場の馬鹿力。即ち火事場力だ。
簡素な説明だが、言いたい事を要約すると「脳のリミッターを外すことが出来る火事場力状態を継続する事で、人間の壁を越えられるのではないか?」という学者の意見。そしてその子供のような発想をした研究者の夢が、現実となった事。
「はぁ……」 くそったれ、と心で呟く。
窓越しから見える景色は、視界を運動場で走る生徒で埋めていた。あそこにいる生徒達も全員が、現在《力の変更》を使うことが出来る。生まれつき使えるんじゃなくて、八歳になった時に護身用として全国の子供に配られる『力の変更をする為の機械』を使用することで出来ている。
その機械を皆は単純に「リミッター」と呼んでいる。これは宇宙にある人工衛星と間接的に繋がっている為、どんな場所からでも起動することが出来る。さらに人工衛星の情報を借りる事で他のリミッター所有者を検索することも可能だ。
これが、近未来の世界構図。
「だけど俺には――」 呟き終える前に、
キーンコーンカーン……と、すっかり聞きなれたチャイム音が言葉を上手く隠した。
それと同時に周りがざわつき始め「おわったー」や「次家庭科だー」などという、安堵を交えた愚痴が次々と耳を通る。そんな音を聞き入れているココは、窓側上から四番目にある俺の席。いい場所だと思うが、今の季節は左窓の隙間風で肌寒い。授業中なんて前髪に丁度風が吹いて、ストレスが溜まっていく一方だった。
「さて、授業はコレにて終了致します」
丁重な三十代の女性が数メートル先の教卓でお辞儀をすると、スタスタと教室を出て行く。
ソレにつられるかのように他の生徒も次々と席を立ち、別の教室にいる友達の元へ行こうとする。
――よくある中学校の光景だった。
俺の通う中学校はエスカレーター制らしくて、他に行く希望が無ければそのまま高校に行く事が出来る。だからなのか。二月の終わりに差し掛かっている今現在でも、クラスで誰一人勉強や受験で休んでないし教室で復習すらしていない。酷い所では一日中寝ているヤツもいるくらいだった。
「はぁ」
最近お世話になりっぱなしの溜息だ。この平凡な日常を見るたびにノンビリした気持ちになってしまうのか、はたまた退屈で詰まらないのか……極力前者であって欲しい。
「まー、平和が一番だよな」 席を立ち、ぐっと伸びをした時、
ガゴォン! と、黒板側にある教室のドアが凄まじい音を立てて吹き飛んだ。白い木製のドアは破片を撒き散らし宙に舞う。木埃もドアあたりに舞って、周辺が古いピントのようにぼやけた。
「へ、平和が一番ですな……ははは」 微笑と苦笑を交えながら呟く。
ゴガンッ!! 黒板の近くにあった金属性教卓が轟音と共に潰れる。その周りにいた男子生徒が何処かにぶっ飛んでいき、ぺしゃんこになった教卓は教科書を落とした時のように床に倒れた。
「へ、平和……平和が一番だ……はは」 それでも呟いてみせる。
バリィィィンッ!!! 一番前の窓が訳もなしに吹き飛んだ。近くにあったテレビの液晶も空気の波紋と同時に粉々と砕けていく。
「へ、いわ……――じゃねぇだろッ!?」 呟きからのシャウトッ!
――瞬間、
ドンッ! 恐竜が地面を勢い良く蹴るような爆音が聞こえたと思えば、何も無い虚空から一人の少女が現れた。まだ宙に浮いていて、長い髪がひらりと靡いている。俺との距離、一メートル。
そして、目が合った瞬間、
「馬力ぜんかーい!さぁ、次はテメェをブッ殺すわよッ!!」 殺しの視線だと思った。
長い髪と整った容姿は、宙に浮いたまま大きく足を振りかぶり、身体を超人並に回転させ――
「里堆経汰、今日がテメェの命日よ」
風で靡くプリーツスカートの中を覗く暇もない速度で――
「しねぇぇぇぇぇえぇ!!!!」
回し蹴りを炸裂させた。
「ちょ、か――」 言い終わる前、
ドガァアアアッ!!!! その轟音と同時に教室の机、椅子、床が木端微塵に吹き飛んだ。特に少女の蹴った床には小さなクレーターが発生。震度三の揺れを無理矢理作り、その震源地となる場所にはやはり一人の少女。
「いっ、居ない!?」
そう、一人の美少女しか居なかった。
「ど、何処へ行った!里堆経汰ッ!!!」
攻撃を間一髪で避けて隠れる事が出来た俺は、少女に言う。
「教える訳無いだろ?」
「――ッ!!!」
「お前、俺がどれだけイレギュラーなのかぐらい、承知の上でやってるくせに」
騒ぎのあったクラスが静寂に包まれたあと、「ったく」と言葉を紡ぎ。
「俺がどんな思いで生きてるのかも知らずに……リミッターを解除して襲ってくる女の子……ねぇ?悪いけどそう言うマゾな趣味はねェし、知りたくもない。……つーか、お前らがわかんねぇ」
隠れている場所から大きく酸素を取り込み、不満をぶつけるように、
「俺は力の変更ができねぇ凡人だからよォッ!」
ポケットから消しゴムを出す。
それをクレーターの中心、震度三の震源地に佇む美少女に隠れている場所から投げる。
その消しゴムはコツンと少女の後頭部に直撃した。
「ざまぁ見やがれ、能力者」
今日も怒りを買っては逃げ続ける。
最後まで読んでくださった方、有難う御座います。
途中で挫折してしまった方も、有難う御座います。
一文一句でも読んで下さる方にとても感謝です。
全体的に、文章力がまだまだだと思ってます(表現とか状況説明とかその他諸々)。
ですが、自分なりに頑張りました。
もっともっと勉強して成長したいので、皆さんよろしければ感想お願いします。
僕の人生の糧となる感想を!(スケール大きいですが)
※主人公が狙われる理由やタイトルの意味については一話で纏められなかったので、次話に紹介します。申し訳ありません。