逢魔梟介は見た
十一月も半分がすぎた。最近はほとんど毎日先輩に付き合わされている。……チート勇者パワーを使ってのお気楽探索者稼業がどうしてこんなことになったのやら。
最近朝起きるのは憂鬱だ。……それは寒さのせいか。
朝、久しぶりにやる気を出した姉さんの緑色あふれるサラダメシを食べながら愚痴ると姉さんは面白そうに笑っている。
「へえ、じゃあ最近はずっとアリサにつき合わされてるんだ」
マジで面白そうだ、俺の苦労話が本当に面白いのだろう、弟なんて所詮は姉のおもちゃだよ。
「それでどうなの、ダンジョン配信できそう?」
「させないために雇われたと認識していますが……」
姉さんが首を振る。
「それは違うよ。梟くんが雇われた理由は幾つもの意味での安全のため。ほら、可愛い子を変な男のところに放り込むのは怖いじゃん、その点梟くんなら何かあったら責任取らせられるし」
そこは信用できるって言うところー。
責任ってなんだ? やっぱり怪我させたら慰謝料なのか? 言葉の響きだけで恐ろしいわ。
「ほら、妊娠させたりとか~」
「俺の信用ってそこまで低いんですか?」
「ううん、でも健全な男の子に対するまっとうな懸念だと思うよ?」
「ドルオタは健全な青少年ではありませんよ」
「そうだった」
うんうんと深く納得する姉の姿にもやっとしたものを感じたわたくし逢魔梟介であるが何も反論はない。多かれ少なかれドルオタは変なの…個性的なのが多いからだ。
「話を戻しましょうか、アリサ先輩のダンジョン配信ですが可能か不可能かでいえば充分に可能です。あれは相当に探索者に向いてますよ、第三で無理なく狩りができるのがプロ探索者の証みたいなものですので、この基準でいけば先輩は探索者で食っていけます」
いわゆるプロ層の月収は40から200だと言われている。ここに入れる実力があればプロとして食っていけるって知人のおじさん探索者が言ってた。そういや正則さん最近見ないな。
まぁ正則さんの話はいいだろ、どうでもいい。
「まったくとんでもない人ですよ、剣道二段で面がよくて良家のお嬢様とか完璧超人か何かですかって」
「そういえば博多のお嬢様だって噂は聞いたことがあるなあ。何でもゴースト・オブ・ツシマの頃からある名家なんだって」
「元寇ですか……」
モンゴル帝国襲来の頃から続いてる名家とか下手をしたら織田や徳川の子孫レベルだ。そーいえば?
「そういえば元寇って何年の出来事でしたっけ?」
「1274年と1281年の二回らしいよ」
恥じもなく瞬時にスマホで調べたよこの人……
「梟くんだって知らなかったじゃん」
「まだ何も言ってないのに怒らないでくださいよ」
「先読みしたの!」
「まぁ言おうとしましたけど」
「やっぱり!」
立ち上がった姉がステージで鍛えた俊敏で―――ヘッドロックをかましてきた。当たる当たる、後頭部にイイ感じに当たってる。
うおおお! 俺はいったいこの仕打ちに幾ら払えばいいんだ!?
「姉を舐めてる生意気な弟なんてこうしてやるー!」
「姉さんギブ、ギブです!」
本音を言えば絶対にやめてほしくない。
「反省するまでやめない!」
言外の意図をくみ取ってくれるとか天使かよ。
やっぱり姉さんとの生活は最高だな。憂鬱なんて瞬時に吹き飛んだよ。
◇◇◇◇◇◇
最近先輩に付きっきりで自分の活動をしていない事に気づいた。……というか恫喝された。
専属契約をしている藤林科学繊維さんから電話がかかってきて。
「てめえ最近素材持ってこねえけどどうなってんだ?」
というヤの付く職業の方のようなご指摘があったのだ。あそこの営業部長さん怖いんだよ、パンチパーマな上に常にサングラスしてるし営業のイメージ変わるわ、元ヤー公だろあいつ。なおうちの親父の三十年来の親友であり親父が頭を下げて専属探索者の枠にねじ込んでもらったわけだ。これが俺が探索者を許してもらう条件だったのだ。
つまり俺はあのパンチのヤー公に逆らえない。なので迷宮ガイドの後に指定された五反田のダンジョンにいそいそと潜って、指定された素材をちゃんと取ってきた。
素材提出の期限は一週間と言われたが初日に終わらせてやった。俺は夏休みの宿題は初日に終わらせる主義だ、日記だって初日に一か月分書ききったよ、天気なんて適当に毎日曇りにしてたさ。
ダンジョンを出るとすっかり日が暮れていた、どころの話じゃねーよ夜の八時だ。
腹に何か入れるべく夜の五反田の町を彷徨う。滅多に来ない町に来た時くらいご当地の物を食べたいと思うのは当然の感覚だ。
ファミレスは……いつでも食えるからいいや。
ステーキグストは……レアなファミレスだが今はいいや、でも候補で。
ラーメン屋は悪くない、悪くないが今は煮干しという気分ではない、第二候補で。
もっとこう見た瞬間に「ここだ!」ってなる熱い飲食店はないものか。このままでは何の成果もなく商店街を通り抜けてしまうぞ。
そして商店街の端っこまで来てしまった。で、八百屋だ。自炊しろというのか……
もう夜の八時だってのに八百屋はそこそこ繁盛している。会社帰りの層に受けているようだ。世の社会人はみんな自炊してるのか、えらいな。
社会の成員としての自炊に目覚めるべくふらりと立ち寄った八百屋で、先輩を見かけた。あの完璧超人自炊までしてんのかよ。
声をかける寸前に気づけた。先輩があんなダサい手ぬぐいを頭に巻いたりするか?
「アリサちゃーん、じゃがいも無くなっちゃったから裏から持ってきてよ」
「てんちょー、もう閉店ですよー」
「今夜は売れ行きがいいからねえ。三十分だけ延長、お給料は弾むからお願い!」
「もー、またですかー? こないだみたいにこれが最後のラッシュでも知りませんからねー」
え、働いてるの? 八百屋で?
バイトするにしてもオシャレなカフェとかガールズバーとかさあ、と思いつつも何となく反射的に隠れてしまった。
隠れる必要なんてなかったはずなのに何故か隠れてしまった。その理由は……
「いらっしゃいませー! 今日はじゃがいもがおすすめですよー!」
溌剌と働く先輩の笑顔が眩しくて、もう少しこのまま見ていたかっただけだ。
「なんだよ、あんな顔もできるんじゃん」
やっぱ俺といると先輩ぶらないととかぎこちなくさせちゃってるのかなー。
それは割りとショック。普段からああしていればいいのにな。




