逢魔梟介は本日だけ迷宮案内人だ④
無事に東京駅の地下繁華街まで出てこられた。剣道二段の凄腕とはいえ帰りの気の抜けた状態でモンスターと戦わせるのは怖いからな、帰りの道中はひやひやものだったぜ……
集中力と戦闘力はイコールでありこいつらは疲労とともに摩耗する。先輩の腕前は認めるがそれとダンジョン内における生存能力は別の話だ。
時刻は十四時とちょっと。今は地下街のファミレスで昼食を取っているところだ。先輩がおごってくれるらしいのでありがたくおごられておく。もちろん遠慮して二千円以内で収まる注文をした。昨今のファミレスで千円以内は無理だ。
食事の最中も色々とおしゃべりをしていたが、店を出て解散というところで先輩がこう切り出してきた。
「今日の報酬って五万とデート一回なんだよね?」
「……あまりおおっぴらに言わないでほしいんですけど、そうです」
なにしろ俺は全世界のネピリムファンを裏切るのだ。今日から俺は世界の敵になる。アメリカの大統領とかが暗殺部隊を送り込んできても不思議はない(ネピリムオタの戯言)。
先輩が微笑む、いつもの何か裏のありそうな生意気系な微笑みだ。
「じゃあ明日も案内を頼んでいいかな」
「……?」
「だから報酬は五万とあたしとのデート、いいでしょ?」
俺は即答する。
「いやです」
「新米プロのくせに仕事を選ぶの?」
「選びます」
断固拒否する。絶対に諦めてもらうし何を言われても断る。
必要なのは強い意志だ、強い意志さえあれば不可能は可能になり世界だって救える。
「ヒカリ先輩だって新人の頃はどんな仕事でも顔を売るきっかけになるって何でもやったっていうよ?」
そ…その論法はずるい。
「あーあ、なのにヒカリ先輩のことがだーいすきな梟介は仕事を選ぶんだ。それってヒカリ先輩の生き方を否定してることになるんじゃないかなー?」
「おっ……」
断れ、断るんだ逢魔梟介、お前はやればできる子だろう。
魔王討伐だって何年も断り続けてこっちへの帰還方法を調べ回ったじゃないか。鉄の信念があればどんな無茶な要求だって跳ねのけて構わないって夏乃くんも言ってたじゃないか。
その時、俺の脳内に住まうヒカリンが大変ショックを受けてそうな顔で「え、梟介くん私のこと嫌いになっちゃったの?」なんて言い始めたからパニックだ。大パニックだ。
「……俺が、ヒカリンの生き方を否定するわけが…ない……!」
無理だ、俺はヒカリンに嫌われたくない!
俺とヒカリンが結婚する可能性が一ミリでも存在している限り好感度は絶対に落としたくない。
「じゃあ明日のガイドは?」
「ありがたく引き受けさせてもらいます!」
あとで冷静に考えて気づいたよ、そもそもこれ先輩にダンジョン配信を諦めてもらう依頼だったんだから断った方がヒカリンも喜んだじゃんって。そこに気づいたのが帰宅したあとの話で、まだ実用化されていないはずの思考タイピングでもしてんのかってくらい怒涛の勢いでやってくる先輩からのメッセージを捌いている時だった。
熱心に明日の用意やどういった装備がおすすめなのかと聞いてくる先輩に今更やっぱり明日のガイドは中止ですなんて言えるわけがなかった。
◇◇◇日高アリサSIDE◇◇◇
疲労を自覚したのは自宅に帰ってきてからだ。
ダンジョンからの帰りにスーパーに寄って夕飯の食材を買い込み、慣れ親しんだ1Kの安アパートに帰ってきた瞬間に膝が揺れた。
「は…はは、あたし緊張してたんだ……」
そのままベッドにダイブする。今頃になって震えがきて、ようやくモンスターとの戦いは怖かったのだと自覚できた。
でも命を賭けた刺激と呼び覚まされた興奮による高揚感がプラスマイナスで大きくプラスだと大きな丸の字を作っていた。結論を言えば本日は大満足DAYだ。
「あー、楽しかったあ」
しばしベッドで枕を抱きながらウトウトしていたらスマホが震えた。送り主はあの一個下の案内人だ。
素っ気ない態度だったくせにじつは好意を抱かれていたんだろうか? だとしたらデート発言は勘違いをさせてしまったことになる。悪いことをしたな。
そう思いながらスマホに触れると噴き出してしまった。
『拝啓、日高アリサ様。本日のダンジョン探索お疲れ様です』
から始まる几帳面な文面は完全にどっかの会社の営業メールだった。
きっとプロなんだからしっかりやらなきゃって考えたのだろう。……一個下のくせに。
「これは予想外だった。梟介め、これは面白すぎでしょ」
ひとしきり笑ったあとでメッセを返す。あいつの意図するものとは逆に親愛の情をたぁ~~っぷり込めた反応に困りそうな奴だ。
これには予想通り突き放そうと素っ気ない文面を送り返してきたので性格的に彼の困りそうな仕事に関する準備や事前情報なんかを求めた。
すると渋々ながらも返事がある。これを口火にしてあれこれとやりとりを続けていく。めんどくせ、なんて打ち切りもせずに困りながらも返答を続けてくるのが可愛すぎる。
脳裏に描いた執事服を着た一個下のハンサムくんはきっと今もあの文句を言いたいけど堪えている顔をしているだろう。
「あーあ、脇が甘いよ梟介、そんなんじゃ悪い先輩におもちゃにされちゃうよ」
なんて呟いた瞬間に忘れていた現実が囁く。つまりは自分に他人をからかう暇などあるだろうか? ふと思い出すのは彼が言った何気ない一言だ。
先輩って意外に可愛いところがあるんですねだ。
「意外に可愛いところもあるかあ。意外じゃ困るんだよなあ……」
アイドルを夢見てこの世界に入った。でも夢見たキラキラした世界は熾烈な競争社会で、地元でちやほやされていただけの子なんて見向きもしてもらえなかった。
たまにギスりながらもどうにか一緒にやってきたグループもメンバーの不祥事で解散した。それでも人気のあった子は他のグループへの加入の話もあった、でも自分には来なかった。
三百人も入らない小さなハコさえ埋められない集客力。公式プロフの一日当たりの閲覧数は百件と少し。グッズやCDは辛うじて赤字にならない程度。すずめの涙みたいなお給料。そんなグループの中でさえ人気は五人中四人目だった自分にはきっとこの世界は向いてないのだ。
「新米が仕事を選ぶな…か。本当だよ、あたしにはその仕事さえ来ないのに贅沢だよ梟介……」
刹那、思い浮かんだのは仕事を貰いに行った事務所でプロデューサーから笑いながら言われた言葉だ。
『アリサって剣道やってたよね。だったらダンジョン配信なんていいんじゃない? リンネとかトワイスを見ればわかるけどあれはバズればでかいよ~』
流行りのダンジョン配信は追い詰められた自分が掴んだ最後の浮草。
絶対に浮かび上がってやると反骨心を燃やしながら、でもあたしは疲労感に身を委ねて眠りに落ちる。




