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逢魔梟介は本日だけ迷宮案内人だ③ 果てなき空の神殿にて

 無窮の神殿は大丘陵の中心にある、と言えば語弊がある。無窮の神殿はすべての階層にある。すべての階層の中心にどどんと聳える安全地帯、それが無窮の神殿だ。


 霧がかった大きな丘をのぼり詰めれば頂上に座する大神殿が霧の向こうに浮かびあがる。巨大な神殿だ。何となくギリシャのパルテノン神殿に似ている気がするが柱の形状などの建築様式は明らかに異なるらしい。他にも構造的に二階部分もありそうだが内部からはどうあってもたどり着けず、外から爆薬で穴を開けようとしても傷一つつかなかったらしい。


 現時刻は十二時と少し。ダンジョン歩きに慣れていないとはいえ先輩もはりきっていたから四半刻でたどり着けた。階層一つ一つがかなり広いからまっすぐ向かってもこれだけかかった。


 先輩が神殿の前でぼ~っと見上げている。歴史遺産が誇る威容に打ちのめされた観光客感がある。


「ここが無窮の神殿なんだ……」

「ええ、けっこう迫力があるでしょう?」


 無窮の神殿は撮影できない。配信に乗せれば丘に近づいた瞬間にノイズが入り、すぐに真っ白になる。カメラで撮ればやはり真っ白な写真ができあがるだけ。遠くから撮影しようとしても霧に阻まれてやはり白い写真のできあがり。

 だから無窮の神殿を見ようと思えばこうして直接訪れる他にない。


 神殿の中は人を拒むかのように暗く、だがそれゆえに保たれた闇の静謐に満たされている。無数の石柱が進むべき奥へと案内するように左右に並んでいる。まるで王を導く道のようだ。

 この荘厳な雰囲気に先輩も神妙な顔つきをしている。こういう素直な反応が見れると案内してよかったと思うね。


「雰囲気があるのに……台無しだね」

「え、ええ、まあ」


 ここはモンスターの近寄らない安全地帯。だからか探索者も休憩に来る。そして今はちょうどお昼時なんで大勢が弁当を食べてるんだよね。


「い…一応朝とか夜に来れば荘厳な雰囲気が味わえるんですよ」

「そうなんだ、いいね、ちゃんと見てみたいな」


 渾身のリカバリーが成功した。

 先輩が下から嬉しそうに見上げてくる。ニシシと笑う楽しげな顔はどこか獲物をいたぶって遊ぶ猫のようだ。


「それってもう一度連れてきてくれるってことだよね~?」

「先輩ってイイ性格してますよね」

「根性があると言ってほしいな~」


 この人は間違いなく根性はある、そして図太いイイ性格をしている、異論を認めない。

 でもグイグイ来るのは嫌いじゃないね、姉さんもそんな性格してるし。


「一応仕事でやってますんで報酬は貰いますよ」

「そういえばそうだね。というか報酬の話はしなかったけど今日は幾ら払えばいいの?」


 その話か、その話はしたくなかったので故意に伏せていたんだがな……

 これは全世界78億人の全ネピリムファンに対する裏切りの話だ。


「……五万円とヒカリンと一回デートできる権利です」

「梟介も男の子だねえ」


 頭を撫でられてしまった。うーむ、完全に弟ポジションまで評価を落とされた気がする。

 まるでお花見のように銀色の断熱性シートを広げてのランチタイムを楽しむ探索者たちを置いて奥に進んでいく。


「けっこう歩くね」

「324メートルあるそうですよ」

「それは歩くわー」


 奥には祭壇がある。神殿の奥にあるから祭壇と呼ばれているだけで、俺には、いや誰にもそれが祭壇には見えない。


「そろそろお目当ての祭壇です、祭壇というイメージとはかけ離れていますがきっと驚きますよ」


 細い光が糸のように円形に形取られた水場に降っている。水面は穏やかに輝き、白い光を受け入れたまま時が止まったみたいな鏡面を作り出している。

 どう見ても祭壇ではない、だが神聖な場所であることは一目でわかる。


「綺麗……でも本当に祭壇っぽくないね」

「当初は水汲み場と呼ばれていたそうですよ。ですがロシアの探索者が祭壇と呼んだのをきっかけに世界的に祭壇という呼び名が定着したのです。その方はヴォルフガングさんというのですが数々の発見を世に広めたおかげで世界一の探索者と呼ばれるようになったのです」

「きちんとマメ知識を挟んでくるー」

「そりゃあ迷宮ガイドですので。さあこの水を飲んでください」


 このためにバックパックにはちゃんとアルミのコップを入れてある。当然ながら新品だ。


「必要なイニシエーションです。いえ、せっかくなので洗礼バプテスマと言い直しましょう」


 とはいえ本質はどちらも同じことだ。

 成人式などの通過儀礼を経て子供が大人の自覚を得るように洗礼もまた信徒の自覚を促すために行う。……ならばダンジョンが求める自覚とは何なのだろうか? 共生か支配か、搾取ならどん引きだ。


 コップの持ち手へとゆっくり伸びてくる手は震えていた。


「怪しげな水ですが飲む価値はあります」

「大丈夫、効果なら知ってるから。……はは、本当に探索者になれるんだと思ったら武者震いがしてきたよ」


 先輩は探索者になんてならないよ、なっちゃダメだよ。ヒカリンからはダンジョン配信なんて危険なことを辞めさせるように言われてるんだよ?


 アリサ先輩がコップをこくりと傾けて水を飲む。唇の端から零れて滴り落ちるのが、先輩のくせに妙に艶めかしいなと不覚にも思ってしまった。

 飲み終えた先輩がふぅと息をつき、唱える。


「汝は名を奪われし敗北者アルカサル、我は汝を讃える信徒なり。名を奪われしアルカサルよ、我に汝が剣たる恩寵を与えたまえ」


 さすがは予習を欠かさない先輩だ、事前に暗記していたか。

 これは祈りの文言と呼ばれている。水を飲んだ後に泉の傍の石碑に触れると変な文字が発行して浮かび上がり、それが不思議と読めてしまうのだ。


 この祈りの文言は石碑に刻まれたもので、いわゆるダンジョン語と呼ばれている。これが面白いもので水を飲んだ探索者はどんな言葉の話者であれ話が通じてしまう。これは別の国の突然読めるようになるわけではなく、水を飲んだ者たちがダンジョン語を習得してしまったという話だ。これが恩寵の一つだと考えられている。


 そしてもう一つの恩恵はいわゆるステータスオープンだ。伝説のステータスオープン様だ。口に出して言いたい美しいニホンゴのステータスオープン様なんだ! ……毎回あの長ったらしい文言を強要されるのだけは不評の嵐なんだが。


 これは実際は役割ロールボードと呼ばれている。一部の熱狂的な層が狂ったようにステータスと言っているが世間的にはロールボードだ。


 ちなみにこれは水を飲んだ者であれば他人にも見える。この淡く青く光る球体こそがロールボードだ。本当は他人のボードをじろじろ見るのはマナー違反なんだが初心者指導だと思って丁寧に見ていこう。

 役割ロールはかなりの数が発見されていてJDA公式サイトで調べられるが、たまに未発見のロールを報告した人がバズっている。


 放浪人ハラール 初期位置に行動力補正が二ヵ所空いてることからわかるとおりスタミナ上昇率の高いロールだ。これは非常によく見られる放浪者シリーズと呼ばれる役割で俺もシリーズの役割を持っている。


 探求者シェド 初期位置に行動力補正と筋力上昇、危機察知や追跡という特殊パーツを嵌める穴がある。いわゆるシーフのようなロールなのかもしれないが俺は知らない。神殿を出たら調べておこう。


 戦士カトル 初期位置に筋力上昇と物理耐性が二つずつある。モンスターとの戦いを重視する人なら育てて損はないロールだ。ネットで質問したら何が何でも戦士を重点的に育てろと万人から言われるレベルの強いロールだ。


 文人ヘケト 初期位置に思考能力上昇と筋力上昇がある。どういう進み方になるかは不明だ、これも後で調べておこう。


「これはかなり優秀なボードですね」

「そうなのかな」

「ええ、スタート位置が四ヵ所もあるのは珍しいです、普通は一つ二つという話です。何より戦闘職種で一番優秀と評判の戦士があるのが大きいですね」


 こころなしかアリサ先輩がどや顔に……!

 うん、これは素直に嬉しいと思うし俺も慰める空気にならなくてホッとしてる。


「梟介のボードはどうなの?」

「先輩には敵いませんよ」


 祈りの文言を唱えて俺のロールボードを出す。

 放浪傭兵、従者、狂信者の三つのロールがある。三つとも満遍なくパーツをセットしてそれなりに育てている。クラス四のパーツがなくて停滞しているとも言える。クラス三までは品質を厳選し終えているんだがな。これはオンゲでいうところのアップデート待ちみたいなものだ。……クラス四パーツを見つけられないのは怠慢ですよね的な意見は受け入れる、リアルラックが腐ってるんだよ。


「この光ってるのってパーツを嵌めてある証なんだよね。けっこう埋まってるね」

「これでもプロの探索者ですんで。じゃあ先輩の拾ったパーツを鑑定しましょう」


 名も無き神の恩寵はパーツを組み込むことで探索者は己の能力を向上させる。さっき拾ったパーツが使えるかどうかは不明だがまず使えるはずだし、鹿の落とす物なんてどうせクラス一のしょぼパーツだろ感。


「そのパーツを光の中に入れてください」

「こう?」


 天井から降る光の糸にパーツを当てると、キィンと甲高い音が鳴り、それまで黒っぽい小汚い小石だったパーツがどんなものかハッキリとわかるようになった。それと普通に綺麗になった。いまや小汚い小石ではなく宝石だ。

 判明したパーツの種類はクラスワン筋力上昇+2。第一階層で確認されているクラスワンのパーツの中ではかなり良い物だ。


「わあ、綺麗」

「ええ、綺麗ですよね。意中の女性に贈ったりもするそうですよ」

「へ~、なんか悪いなあ、でも梟介の気持ちを無下にするのも悪いからありがたく貰うね」


 正直そういう反応が来るとは思っていたのでポーチ内に展開したストレージから余っているパーツケースを取り出す。少し摘まみ出しすぎたと思ったがどうせヒカリンから五万円貰えるしいいだろ、お金はおまけで本命はデート権だし。


「これを差し上げますよ」

「五個も! え、いいの?」

「構いませんよ」


 どうせ品質厳選の時にレギュラー落ちしたパーツだし売るのも面倒でしまっておいただけだ。ネットオークションで売れば最低五桁になるのに企業の買い取りに出すとクラスワンは一律二千円なんだよな。ひでえもんだ。


「本当に貰っちゃうよ、いいの?」

「はい、今日一日がんばった先輩へのご褒美です」


 先輩が微笑んだ。なんだそんな楽しそうな、本物のアイドルみたいな顔もできるんじゃんと思いながら本日のガイドを終了するべく、名も無き神の祭壇を出ていく。どんな姑息なおねだりをされても帰るったら絶対に帰るぞ! 俺は本気だ!

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