逢魔梟介は本日だけ迷宮案内人だ②
東京には五つダンジョンがあるが(千葉県にあるのに船橋トーキョーダンジョンというのは詐欺だと思ってる)、最も賑わっているのが東京駅地下ダンジョンだ。
現在八階層まで確認されていて深層浅層を問わずマッピングが進んでいるため安全性が高いのが第一として、アイテムドロップが多いのも理由だ。やはり仕事でやっている以上収穫は多い方がいいに決まっている。俺がここを狩場にしているのもこれが理由だ。
深層はガチ勢ばかりだが浅層にはライト層も大勢いる。そんな雑多なダンジョンなのだ。
そんな説明をしながら階段を下りていく。ダンジョンの入り口はすぐそこだ。
ダンジョンへの入り口は分厚い鉄の大門で閉じられ、探索者協会の出張所には午前十時の開放時間を待つ大勢の探索者で溢れかえっている。売店なんて入ることさえ考えたくない混雑模様だ。
電光掲示板にはダンジョンで採掘可能なレアアースなどの鉱物の本日の買い取り価格が掲示され、各企業の買い取り窓口も営業開始時刻なのでシャッターをあげはじめている。関西弁のダンジョン系配信者が大声でしゃべってるのも日常的な光景だ。
「わっ、越後屋さんだ!」
アリサ先輩が驚いている。あの配信者ってそんな賄賂もらってそうな名前だったんだ。そして俺の肩を超引っ張ってくるのやめてほしい。
「ねえ見て、越後屋さんだよ! ほらあそこ!」
「あの人いつもいるんで探索者にとっては珍しくもありませんよ」
「そうなんだ!」
「先輩ってもしかしてミーハーなんですか?」
素直な気持ちを口にしたら恥ずかしかったのだろう赤面して面を伏せてしまった。
まぁアイドルになろうとする人ってだいたいはアイドルが好きで自分もなっちゃった人らしい。姉さんもそうだ。小さな頃からスマホを見ながらよくマネして踊っていたよ。
さて、ガイドの仕事をしよう。
「先ほども軽く触れましたが東京駅地下ダンジョンの入り口が開放されるのは十時、十二時、十四時というふうに二時間おきになります。それ以外の時間ではめったなことでは開きません。なので帰りは余裕をもって十一時半にゲート前に戻ります」
「うん、わかった」
不安だ……
俺の不安もよそにけたたましいサイレンが鳴り響き、ダンジョンの入り口である大門が開き始める。マメ知識としてあのゲートだが一回開いて閉じるのに8000円の電気代がかかっているらしい。
各馬一斉にスタートなんて忙しない探索者はいない。みんな粛々と歩いてダンジョンに入っていく。このあたりは国民性だろう。
A.C.2033 Nov.1
東京地下ダンジョン第一層『大丘陵』
大門を抜けた先は霧に包まれた丘陵地帯だ。霧はかなり濃く、一つ向こうのエリアがどうなっているかなんて見えそうもない。……俺は例外としておこう。
俺の隣にいるアリサ先輩は日本刀を抜いた状態で緊張し、周囲を探っているのかキョロキョロしている。
「モンスターって近くにいそう?」
「いませんよ」
って教えてようやく息をついた。呼吸をするのを忘れるほど緊張しているのは問題だな。
「さっきまで大勢の探索者がいましたよね。モンスターがいたとしても彼らが根こそぎ倒して進んでいきましたよ。それと大門の近くには普通のモンスターは近寄りません」
「……それを先に言ってよぉ」
やや涙目になりながら睨まれてしまった。不覚にも今の目つきはよかった。いけない扉が開いてしまいそうな気がした。
「先輩って意外に可愛いところがあるんですね」
「意外…ね。意外じゃ困るんだよなあ……」
意外でもかなり良い方だと理解してほしい。なにしろ現状の印象はまともな皮をかぶった危ない人だ、ポン刀もってる自称アイドルとか可愛いの対極の存在だろ。
第一階層を歩いていく。おっかなびっくり歩いてる先輩には可哀想なことになるが俺の気配察知技能については黙っておこう。なにしろ目的は探索者にさせないことだ。
「そーいえばさ、梟介の武器ってそれだけ?」
「ええ、これだけです」
伸ばした状態の伸縮式警棒を掲げて見せる。正式名称をLR暴徒鎮圧用高電圧スタンロッド+99(品質:神工品)という俺の長年の相棒だ。
「そんなんで大丈夫なの?」
「問題ありません、というか対モンスターなら打撃武器の方が有効ですよ」
「そーなんだ……」
「さらに言えば浅層ではライフルの方がいいです。今はもう国内では自衛隊などの一部の許可を持つ人以外は禁止されてしまいましたが海外だとまだ撃ちまくってますね。ここで問題です」
少し溜めてから出題する。
「深い階層では誰も銃を使わなくなります。その理由は何でしょう?」
「モンスターが強くて銃が効かなくなるとか?」
「半分正解ってところですね」
ちょうど教材が走ってくるところだ。
鹿だ、名前は忘れたが霧の向こうから鹿が来る。
「正解は、ダンジョンで鍛え上げた肉体は銃の威力を簡単に越えていくからです」
突っ込んできた鹿の角をひょいっと避けて頭部にスタンロッド! こうかはばつぐんだ。
頭をぶっ叩かれた鹿が大きめの体躯を九の字に折った状態のまま黒い霧と化して消えていく。死体は残らずドロップ品もなし、まぁ第一層の雑魚なんで元々期待薄だよね。
アリサ先輩が鹿のいた辺りを不思議そうに見ている。そんなに見なくても戦利品はゼロです。それとも……
「ああやって消えてなくなるのは初めて見ると驚くでしょう?」
「ええ、配信なんかでは見飽きるくらい見たけど実際に見ると不思議で仕方ないよ。どうなってるんだろ?」
「アメリカの大学の研究成果ですがモンスターを密閉したケースに入れて毒ガスで殺してみたそうです。しかしケース内ではモンスターの死体は消えずにそのまま残り続けて、ケースの密閉を解いた瞬間に消えてなくなったそうです」
「へー」
「で、今度は二重構造にして再実験したんです。小さなケースにモンスターを入れて、大きなケースに防護服を着た三名の研究員を入れて」
「一度失敗したくらいじゃめげないのがすごく研究者っぽい」
「研究の別名ってトライ&エラーですからね。彼らは失敗したとすら考えていませんよ」
「じゃあどう思ってるの?」
「ケースから出した瞬間に霧化が発生した、なるほど、じゃあ次はどうすれば霧化しないのか実検しようって考えるのが研究者です、失敗ではなく一つ判明したと考えるのです。彼らの根性とポジティブさを甘くみてはいけません、彼らはそれこそ成果の出ない研究を何十年も続けられるメンタルお化けの集団です」
異世界にもいたよあの手のやばい連中が。檻の中に人間を閉じ込めて番号で呼び、投薬実験を繰り返すガチのマッドが。やばい奴だったけどこっちに帰ってくるのに協力してくれたし、最終的に帰還手段を見つけてくれたのもあいつだったからプラマイでプラスだよ。ダチにはなれないけど尊敬はできるメガネだった。
アリサ先輩にオチまで話す。小さなケースの密閉を解いても霧化しなかったので今度はモンスターの死体の腑分けをして内臓の配置やら何やらを調べていったという猟奇的な内容なのに先輩は興味深そうに聞いていた。根性には自信があると言い切るわけだ、あなた本当にアイドル?って言いそうになったよ。姉さんなら「待って、聞きたくない」ってストップが入ってるところだ。
こんな感じでしゃべりながら探索する。ピクニックのようなものだ。たまに野生のモンスターに遭遇するので触れ合いも楽しめる特典付きだ。
ピクニック。こう表現したのは不味かったかもしれない。あまりにもあっさり対処しすぎたせいで先輩がモンスターを軽く見てきた。慣れのせいだ。
「ねえ、そろそろあたしも戦ってもいい?」
「今日は見学です」
「えー」
「なんと言われようとダメなものはダメです」
すると先輩はなんと俺を撒いて一人になろうと画策し始めた。少しずつ俺から距離を取るような行動が見られたため、ネットで愚痴ってた迷宮ガイドの呟きが脳裏に浮かぶ。怪我、責任の押し付け、裁判、証拠不十分のため敗訴、慰謝料請求。
慰謝料請求! なんとも怖すぎる単語だ、具体的な金額がわからないのが一番怖い。時価しか書いてない寿司屋に入った時はお茶を飲んだあとで恥をかなぐり捨てて退転したよ。あれ以来六千円もあれば寿司くらい食えるだろっていう甘い考えは捨てたよ。
このままだとマジで慰謝料コースだ。やばい、どうする!?
「……先輩、一回だけですよ、無理だと思ったらすぐに手助けに入りますからね」
「さすが梟介! 真の男の心意気を見せてもらったわ!」
そんなお世辞は要らない、あんたが約束を守ってくれないから渋々出した妥協案だぞ。
「モンスターの突進を舐めないでくださいよ。大丘陵のモンスターでも熊よりやや弱い程度には強いんですからね」
「月の輪?」
「ヒグマの方です」
俺は月の輪熊とも樋熊とも戦ったことはないが強い方基準でいいだろ。大は小をかねるというしな、脅しの時は特に。
ちょうど付近を鹿が歩いている。先輩にはまだ見えていないみたいだが俺の様子で気づいたらしい、ちゃきっと刀を構えてやがる、やる気勢かよ。
「いいですか、頭部は狙わないでください、狙うならまずは足を裂くとか素人が一撃で決めようなんて思わないでくださいよ」
「わかってるわかってる、任せてって!」
「本当にわかってる人間は戦いたいなんて言い出さないんですよ……」
このあとアリサ先輩は突進してきた鹿へ向けて前ローリングからの足切りを見事に決めて、振り向き様の二の太刀で後ろ脚も切り裂きやがった。あまりにも華麗な技なので変な笑いが出た。
「さては入念にイメトレしてやがったな……」
「この四日間興奮して眠れなかったくらいには入念に戦法を考えてきたもの!」
け…剣道二段ってここまでできるんだ。完全に侮っていた。それとも先輩だけ種族値高い説? ポケモンならすでに二人目のトレーナーを倒した後みたいな洗練された動きだったぞ、進化目前だ。
「武道ってマジですごいんですね、すみません、剣道舐めてました」
「どうだすごいだろう後輩、この調子でもう一回戦っていいよね?」
断るべきシーンではある、しかしあの動きを見せられた後だと別にいい気もする。
あの動きができる人なら油断しなきゃ怪我なんてしないよ。
「油断しないと約束してくれるならいいですよ。今の緊張感を保ったままなら許可します」
「やった!」
アリサ先輩はこのあと普通に鹿ことグリーン・アイベックスを四頭倒した。アイベックスって山羊のはずなんだが俺には鹿にしか見えない。角の形で命名されたのかね? だったらデーモン鹿なんだが。
初戦と合わせて五頭目を倒した時、そいつが落ちた。
霧化して消えた鹿の死体の後に転がる小石はいわゆるパーツと呼ばれるアイテムだ。品質にもよるがダンジョンで最も価値のある品と言っても過言ではない。なにしろこいつは探索者を強化する強化パーツだ。
「ラッキーでしたね、種類は不明ですがパーツで間違いありません」
「これが、本当に?」
どうやら先輩もパーツをご存じのようだ、さすがだ、イメトレはもちろん情報収集を欠かしていない。
「最低品質の物でも一万円前後になりますよ、売りますか?」
「自分に使いたいんだけどダメかな?」
「先輩の物です、好きなように使ってください。とはいえ使うにせよ売るにせよ無窮の神殿に行かないとダメか……」
未鑑定パーツを鑑定できるのは階層の中心に座す無窮の神殿、またの名を『名も無き神を奉る祭壇』だけだ。
時間を確認する。もうとっくに十一時半だ。思ったよりもモンスターが見つからなくて時間がかかったな。一時間半もかけて実入りがパーツ一つ、それも鹿から出た物だから最低品質で間違いないだろ。それでも一万円になるとはいえ入ダン料の三千円を考えると微妙だ。
プロ探索者は第一階層だけでは食べていけない。これで生活しようと思えば格段に手強くなる第二階層に行かなければならない。なおみんな第二階層に行ってるためモンスターの奪い合いが起きていて収入が安定しないらしい。こないだ知り合いのおじさんが愚痴ってたよ。
……アリサ先輩がキラキラした目をしながら初めてドロップした小石のようなパーツを掲げている。
「すごい、あたし本物の探索者みたいなことしてる!」
あのキラキラした目をした人に本日はもう帰らないといけないと言わなきゃならないのか。やべえな、ネットで愚痴ってた迷宮ガイドの苦労をわかりかけているぞ。
「無窮の神殿かあ、配信で見たことはあるけど実際に行けるなんて夢みたい!」
「あの、そろそろ帰りの時間なんですが」
「夢みたい!」
ダメだ、このままだと一人で向かいかねない。
「……延長料金は貰いますよ」
「いよっ、梟介おとこまえ!」
この人、男を乗せるの上手いな……
いや、ド下手くそだ。だって俺は嫌々な気分なんだから。やっぱヒカリンの上目遣いからのお願いに勝るものはねえわ。……まぁそんなものは俺の記憶が勝手に作り出した妄想なんだが。
ヒカリンにはアイドルとファンの間に横たわる適切な距離感を感じさせる態度でしごく真面目にお願いされたよ。




