逢魔梟介は本日だけ迷宮案内人だ① やばい女
今年の秋は随分と短くて十月から十一月になるや東京は一気に冷え込んだ。特に本日の最低気温は四度らしい。四度ってなんだ四度って。俺のいない間に東京に何が起きたんだ。
それはそれとして本日は約束の日、ヒカリンの後輩に迷宮ガイドをする日だ。……憂鬱がすぎる。気が進まない。
ヒカリンご本人ならともかく後輩の名前も聞いたことないアイドルの面倒なんて看たくない、しかも怪我でもさせようものならヒカリンからの幻滅も待っている。クソコンボがすぎる。こんな頼み事を気安く引き受けた過去の自分を殴りたい気分だ。
……しかしヒカリンのお願いを断れるビジョンが自分にも思い描けないので殴りつけた過去の自分を優しく抱きしめる。お前は俺だ、俺はよくやったよ、ヒカリンの前でも取り乱さなかったじゃないか。もしかしたら握手会で会うよりハンサムだと思ってもらえたかもしれないと前向きに考えよう。
約束の場所は東京駅の駅ビルの六階に入ってるダンディコーヒーだ。やけにダンディぶったリーゼントのおじさんがやっている喫茶店だ。そこそこ流行ってるとは思う。ただ……
「ご新規ダンディ一名様入店!」
「ダンディー!」
入店時の掛け声だけは未だに慣れない。立派なポンパドールヘアーに頬髭のあるおじさんがいきなり大声で叫び出すんだ。人によっては怖いと思う。
バーカウンターの中にいる店長さんの下に直行する。威圧感がある。上背の高さも肩幅の広さも立派な胸板の厚みも何もかもがダンディだ。店内でサングラスを掛けている奇行さえもきっとダンディなのだろう。
「店長さん待ち合わせなんですが」
ダンディな店長がそいつはちがうぜボーイと言わんばかりに舌打ちと立てた人差し指をメトロノームのように振る。
「ちっちっち、そこはマスターと呼んでくれたまえよボーイ」
「面倒くさこの人!」
「ダンディズムとは面倒くさいものなのさ。そこが面白いのだがね」
そして返しも手慣れてやがる。こりゃあ相当言われ慣れているな。
ダンディ店長が親指を肩越しに回す。なんともここまでダンディズムに忠実なのは呆れよりも感心がくるね。
「待ち合わせとなればあちらのご婦人だろう。デートかい?」
「ええ、まぁ、似たようなものです」
「そういう返答の時は確実にちがうのだがね」
バレてるし。
「私の眼力も鈍ったかな?」
「うるさいですね……」
言ったらアレだけどここのマスターさんは苦手だ。どうも話が噛み合わないんだよな……
軽く注文をしてからマスターさんが指を差したテーブルに向かう。
ハンチング帽を目深に被った女性がストローでアイスティーを飲んでいる。第一印象は普通。ヒカリンや姉さんが恒常的に放っているオーラが見えない。
さてと、気乗りはしないが仕事はやらねば。一応報酬も貰ってるんだよね。本当はヒカリンからお金なんて貰いたくないのだが姉さんが「梟くんはお仕事で探索者をやってるんだからお金は貰わないとダメ」と強弁された。……まぁなんだ、おかげでプレッシャーも増し増しなんだけど。
よし、仕事をしよう。
「日高アリサさんですね」
本日の依頼人が口からストローを離してこちらへと振り返った。顔はまぁ可愛い、悔しいけど可愛い、開いた口から見えている八重歯がチャームポイントな生意気系後輩だ。
「初めまして、本日ガイドを務めます探索者の逢魔梟介と申します」
握手を求めると呆然とされた。ちゃんとしたのに解せぬ。
「俺が何か?」
「い…いえ……聞いてたとおりの風貌の人が来たから驚いちゃって……」
ヒカリン、あなたは後輩に俺のことをなんと伝えたんですか? 一目見て驚かれるとか地味に傷つく。心当たりはある、死ぬほどある、初ライブから押しかけ続けた古参オタだからある。……悲しいかな、ヒカリンの中の俺はきっと早口で感想を押し付ける変な中学生なんだろうよ。
俺の動揺も裏腹にアリサさんが話を続けてくる。
「あの、ところでなんで執事服なんですか?」
「あぁなんだ、そういうことですか」
日常的に執事服なのはおかしい、それは一般論として認める、なにしろ普段着にしている奴なんてそうそういないし、これでダンジョンに潜っている奴なんてこっちの世界では見たことがない。
「知らないんですか、執事服は戦闘服なんですよ?」
「バトラーってそういう意味じゃないと思うんですが……」
意外とまともなことを言う女性だ。ヒカリンの反対を押し切ってダンジョン配信をやろうとしているアイドルとか正直どんなやべーのが来るかと怖かったがまともそうだ。
「俺もそう思います。ですが尊敬する人がそう言っていたのでマネをしているんです」
異世界最強の勇者は執事服を着ている執事フェチだった。何でも身も心も引き締まるんだそうな。
俺と一緒にこっちに帰ってきた夏乃くんは元気にしているだろうか、教えてもらったスマホの番号にかけてもつながらないっていうか解約されてるくさいんだよね、俺のスマホも解約されてたし……
まぁ夏乃くんの話はいいや目の前の仕事に集中しよう……ヒカリンの説明した内容が気になって仕事どころじゃないな。
「ところでヒカリンからは何と聞いていたんですか?」
「ええ~~っと」
そんなに言いにくいことある?
え、一分越えるほど言いにくいことある?
「中一の頃から常に最前列にいる気合いの入ったドルオタで常に執事服で過ごしていて、高校に行かずに探索者をしているって……」
あれ、内容が普通だ。どこで引かれたのか理解できない。
よし、話題を逸らそう。
「堅苦しい話はここまでにしましょう。たぶん俺達は年が近いと思うんですよね、おいくつですか?」
「いやいや、あたしなんて全然年下なんで!」
アリサさんが大慌てで両手でぶんぶん手を交差させながら言った。そうだろうか? そうかも……
「あたしなんてまだ十八の小娘なんで!」
年上だ! さん付けを崩さなくてよかった!
「いや、俺の方が下ですので」
「マジで?」
「マジですマジです、2016年生まれです」
「え、ほんとに一個下? あたし15年。うそー、全然見えない、もっと年上だと思ってたよ!」
おおぉ、普通に先輩だ。危ない危ない。小柄で童顔なせいか後輩に見える先輩とかトラップかよ。普通に失礼かますところだった。
とりあえず向かいの席に腰をおろす。
「改めて逢魔梟介です、本日はアリサ先輩の迷宮潜をお手伝いします」
「うん、よろしくね。初めてだから色々メーワクかけちゃうかもだけど何かあったら遠慮せずに言ってね。あたし根性だけはあるから!」
そう言ってむんとちからを込めた上腕二頭筋はたしかに根性のありそうな盛り上がり方をしている。
「もしや何かスポーツをしていましたか?」
「剣道を六年。二段なんだ」
この人本当にアイドル? 剣道二段はすげーよ、だって俺の中学にいた剣道部の奴らみんな初段だったし。
「それでさ、ぶっちゃけ剣道ってダンジョンで役に立つと思う?」
「それは……」
腕自慢はそれはそれで困る、変に自信があるせいでモンスターに突撃されると困る、もしも怪我でもさせようものなら俺の評価が下落してしまう。……ヒカリンの意見も聞かずにダンジョン配信したがる理由ってぜったいこれだろ。
ここは否定の意見を出すべきだ。
「人の頭を叩く技術が対モンスター戦でも有効か、という話なら肯定はできませんね」
「や、それだけじゃなくて足捌きとかもあるんだけど」
「人の動きを読む目が四足歩行するモンスターに役立つとは思えません。自信をお持ちのところ申し訳ありませんが本日は見学や体験に徹してください」
「……そっか、わかってはいたけど剣道じゃ通じないかー」
よかった、わかってもらえた!
脱力してテーブルでぐでーってなってるアリサ先輩の様子に内心ガッツポーズの俺である。
「でもさー、梟介ってちょっとイジワルだよね」
「丁寧に言葉を選んだつもりでしたが……」
「テーブルの下でガッツポーズしてたでしょ?」
やべっ、見られていた!? そんなはずはない、見えていたわけが……まさか筋肉の動きで?
「どう、剣道も侮れないでしょ?」
「はい、まさか少年漫画の主人公のようなことができるとは驚きです」
この後は注文していた紅茶とサンドイッチを楽しみながらガイドの予定を伝えていった。潜るのは東京駅地下ダンジョン。第一階層をぶらつく。一時間半で終了予定。モンスターは俺に任せる。間違っても戦おうとしてはいけない。
このように伝えると。
「うん、わかったよ」
聞き分けのいい返事が聞けてよかった。
東京駅地下ダンジョンに潜る前にトレイを済ませておくように伝えるとアリサ先輩が素直にトイレに向かった。うん、素直だ。
ぜってえ面倒くさいガイドになると憂鬱な気分でいたが思ったよりも簡単そうだ、あれだけ素直に従ってくれるならやりやすい。ヒカリンからお願いをされた後に迷宮ガイドの苦労話を調べてみたんだよ、そしたら出るわ出るわの大豊作、特に危険なのはガイドを撒こうとする客で、勝手に撒いたくせに怪我をしたらガイドのせいだと言い張るのだそうな、一億総クレーマー軍団だよ最悪だよ。
その点アリサ先輩は問題ない。素直で親しみやすい良い人だ、と油断していたら……
アリサ先輩がトイレから戻ってきた。いわゆる初級探索者セットと呼ばれるヘルメットと防刃ベストに防刃シールド……までは良い心掛けだと見逃せたんだがな。
「だが! そのやけに気合いの入った日本刀だけは見逃せねえよ! 戦う気まんまんだろあんた!?」
「あははは、いやー」
「いやーじゃない! 俺の説明を本当に聞いてました!?」
「いやいや、これは偶然なんだって、偶然あたしの荷物に日本刀があっただけでぇ~」
「偶然荷物に日本刀!? それはそれで怖いわ、息を吸うように自然と日本刀を持ち歩くとかあんたは殺人鬼か!」
「ふふふ、じつはそうだと言ったらどうする?」
「警察に突き出すに決まってんだろ」
「待って待って! 冗談だからスマホをテーブルに置いて! ほんとに掛けようとしてんじゃん、あっぶな!」
ちなみに俺のスマホ画面には緊急通報ダイヤルが表示されている、あとは赤いボタンを押すだけだ、殺人鬼を見逃す理由はない。
「一応確認しておきます、本当にちがうんですね?」
「ちがう!」
よろしい、緊急通報ダイヤル、しばしのおわかれだ。
だが俺の予感ではそう遠くない日に再会できる気がする、また会おう友よ。
「復唱してください、今日は見学です、あなたは戦いません」
「はい、今日は見学です、あなたは戦いません」
ちょっとした伝達のミスにより、本日は戦う人が誰もいなくなっちゃったよ。もうこのまま解散じゃダメかな……
帰りたい気持ちが限界を超えた瞬間に奇跡が起きて俺の脳内でヒカリンがおねだりポーズをし始めた。
俺には最初から成し遂げる道しかなかった。




