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逢魔梟介は箱推しだ

 専属契約をしている藤林科学繊維さんにダンジョンから持ち帰ったアイテムやモンスターの素材を渡したら反応が微妙だった、そして本日の稼ぎは八万円だと言われた。実働二時間程度でこの稼ぎなら文句はない。……実際には通勤時間とか色々あって午前中が潰れているのだが一日八万なら文句はないよ。正直趣味のオタ活が問題なくできる稼ぎなら何の文句もない。 


 十二時半に約束したとおり帰宅すると……

 ちゃぶ台の他にはテレビしかない簡素なリビングで、明るい茶髪をショートボブに揃えた女性が明るく笑っている。手を振っている。俺の受けた衝撃は大変なものだ。


「あ、帰ってきた」

「ヒカリン……?」


 自宅に帰っただけなのに推しのアイドルが二人もいる。

 うそ、やだ、どういうこと? 顔が可愛い……


「え、ファン感謝DAY……?」

「こらこらこら、財布を開いて握手券を買おうとしないの」


 無意識に金を出そうとしていたと姉さんからの指摘で気づけた。しかしファンが推しと過ごすために金を払うのは至極当たり前のことではないだろうか?


 ヒカリンの手に財布をまるごと載せ、両手できゅっと包み込む。温かい、ヒカリンが生きてる! 今ここで!


「十秒で1500円だから今日の稼ぎだけで握手したまま九分もおしゃべりできる、それって奇跡だと思いませんか?」

「ダメだ、頭にドルオタが詰まってる」


 こんらんが果てしない。だが家に推しがいるドッキリをくらった人間としては正常な気がする。カメラを探せ!

 話を聞くにどうやら事務所でのトレーニング後にここにやってきたらしい。そしてカメラも無いらしい。奇跡だ、神はどこだ、ありがとう!


「てゆーか梟くん、私お腹空いたんだけどお昼ごはんまだ?」

「この奇跡のような時間を使ってお昼ご飯を作れと言いますか……?」

「この世の終わりみたいな顔しないでよ。ヒカリもそんなすぐいなくなったりしないからさ」

「本当ですか? 信じてもいいんですか?」


 握手をしたままヒカリンのご尊顔を見つめる、なぜか困ったふうな愛想笑いをしている。厄介オタに絡まれたようなお顔なのが解せない、げしたくない。


「あははは……うん、私もお腹が空いてるしせっかく用意してもらうのに勝手にいなくなったりしないよ」

「光の速さで作ってまいります!」


 本気のスピードでキッチンに駆け込む。光の速さで沸騰しろ水。光の速さでゆで上がれパスタ。光の速さで一分半の温め時間を乗り越えろパスタソース!


 うん、まぁ姉さんの料理の腕に色々と言いはしたが俺も料理ができるとは言い難いんだよね。実際色々手を加えるよりも市販のパスタソースの方がうまいし意外に材料を買い込むよりも安上がりになる。

 うん、まぁなんだ、お昼は俺が作るよ的な発言を朝にしたけど実際はこんなものだ。時間をかければそこそこの物を用意できるけど面倒くさいからね。姉さんに手料理を要求した手前隠したい本音だけどさ。


 パスタの皿を三枚用意してそれぞれに味のちがうパスタを盛り付ける。一応手料理なんですよ感を出すためにパセリやオレガノを散らすのも忘れない、これがあるだけで手料理感が跳ね上がる。最後に余計なひと手間として黒コショウを挽くのも忘れない。挽きたてのコショウの香りが手料理感を増す。


 お皿を持ってリビングに戻るとヒカリンが正座をし、姉さんがちゃぶ台に肘をつきながらこっちを見ている。……柄が悪い。


「出た出た、梟くんの手抜き料理」

「手間暇をかけると二時とかになりますよ」


 何しろ食材の買い出しから始めないといけない。普段自炊をしない姉弟の住む家の冷蔵庫を想像してみてほしい、うん、食材的なものは何もないよね。


「うへー、やっぱり料理なんて嫌だなー」


 姉さんのプロフィールにある趣味お菓子作りの項目とはいったい。そういえば姉さんがお菓子を作っているところを見たことがない。


「あの、たしかご自身のプロフィールにはお菓子作りが趣味という……」

「ああそれ、今後の努力目標」


 デビュー当時から掲げている努力目標が未だ達成されていない不思議がアカリン七不思議に新たに加わった。


 ボンゴレとアラビアータとカルボナーラ、三種類のパスタを皿に載せ、小皿を三つ用意すればそれは好きなパスタを食べていいパスタバイキングの完成だ。

 お皿を並べ、食器を柳編みのケースに入れて置く。ナプキンの用意がないのが悔やまれる。


「さあ食べよう」


 姉さんの号令と同時に奇跡の昼ごはんがスタートする。

 黙々と食べるのは食事中に口を開くのは下品だという逢魔家の教えによるものだが、さすがに本当に黙り込むのはヒカリンに申し訳がない。よし、無難な話題を投入しよう。


「どうですか?」

「悔しいけど美味しいよね。レトルトのくせに……」


 姉さんが親の仇を見るような目つきでパスタを載せた小皿を睨んでいる。


「レトルトへの強烈な反発心はどこから来てるんですか」

「だって、私が手間暇かけるより美味しいのって卑怯じゃない?」

「下手なお店に食べに行くよりも安いし安定して美味しいからレトルト食品も悪くないと思うけどなあ。ほら、外食に行くと周りの目とか気になるしさ」


 ヒカリンがフォローしてくれた。天使だ、積まねば……!

 そのためにも明日からもう少しがんばろう。


 おしゃべりをしながらのお昼ごはんが終わってしまった。まぁ大した量ではないし二人ともパパッと食べちゃうせいであっという間に終わってしまった。


「うーん、美味しかった。悔しいけどやっぱり美味しいわ」

「おそまつさまです」


 はたしてこのセリフはパスタを茹でてソースとあえただけの俺が言ってもいいのだろうか? メーカーの人グッジョブ。


「お二人ともこの後はどうします? ヒカリンは泊っていかれますか?」

「おい弟よ、欲望がさらりと漏れ出たぞ」


 すごい目つきで睨まれてしまった。

 いやいや全然そんなつもりはなかったですハイ、最推しは姉さんですハイ。下心を隠すためにもそそくさと空いたお皿を持ってキッチンに戻ろうとしたが……


「梟くん、おすわり」

「わん」


 すぐに座り直す。姉さんの命令は絶対だ。

 逢魔家のヒエラルキーは偉大なる父、地母神のごとき母、トップアイドルの長女、飼い犬のジョン、中学中退の俺の順だ。まったく息苦しい家庭だぜ!


「ヒカリからの相談があるんだ、ちょこっと聞いてもらえる?」

「わん」

「犬だ……」


 ヒカリンの驚愕の表情という珍しいものを見つつも俺は心の中で唱える、俺は犬です、姉さんの犬です、むしろ姉さんの犬になれることは幸せで名誉な出来事だとそう思いませんか? 日本一のトップアイドルが食わせてくれるんですよ?

 まぁヒモ化などしようものなら親父が突入してきて実家に戻されてのダブリ高校生活がスタートするのでやらないけどな。……年下の同級生の中で一つ上の俺はどんな顔をして過ごせばいい? そんなん環境だけでイジメだよ。


 よし、変なことを考えたおかげで余裕ができた、ヒカリンの相談を真面目に聞こう。


 恐ろしく顔のいい茶髪のショートボブの大人びた美女と向き合う。緊張からコップの水を一気飲みしてしまった。


「えっとね、梟介くんって探索者なんだよね」

「ええ、東京で一番優れた探索者です」


 自称であるし姉さんからつっこみがあるかと思ったがスルーされた。ならヨシ、俺はこの嘘を明日からのがんばりで真実にしてみせよう。

 東京で一番の探索者ならヒカリンと結婚できますか?


「探索者ってやっぱり大変?」

「えっと……」


 どういう話の流れなのか、どういう答えをお望みか、俺に何を期待しているんだろうか? 働け俺の脳細胞、ヒカリンの意図を全力で解明するのだ。……顔がカワイイ。

 ダメだ、カワイイ以外何も考えられない!


「いえ、探索者なんて楽勝です、ダンジョンなんて眠っていても安全です」


 姉さんによるこいつ精一杯見栄を張ってやがるみたいな目つきが横から突き刺さるがスルー。


「そうなんだ、アカリの言ってたとおり本当に強いんだね」

「いやはや、それほどでもありますな! はっはっはっは!」

「梟くんキャラが崩れてきてるよ」


 スルーする。ごめん姉さん、俺もテンパってるんだ。

 ドルオタはなあ、時間制限があるから推しとしゃべれるんですよ! 時間無制限でしゃべってどうぞなんて言われてまともに対応できるドルオタなんていません! あの時間制限はドルオタにとっての救済措置なんですよ!


「ええっと、相談っていうのは探索者に関係しているっていうか、後輩の子がダンジョン配信をしたいって言ってるんだ」


 後輩……?

 学校の? いや、まさかプロダクションの?


「もしかして探索者系アイドルってことですか?」

「うん、やってみたいって言ってるんだ」


 そういう存在はたしかに存在する。一時期流行っていたVツーダーのように配信を主なステージにするアイドルは実在する。

 言ったらアレだが人気のない、いやいや未だ世に知られていないアイドルが脚光を浴びる場の一つとして突き進んだのがダンジョン配信をするアイドルだ。


 有名所でいえばリンネとかトワイスだろう。両者ともチャンネル登録者百万人越えの有名配信グループで、ネピリムほどではないが可愛い。俺もよく配信を見てる。あれだけ有名になったら探索者なんて辞めればいいのに未だにダンジョンに潜り続けている面白い人達だ。もちろんネピリムほどではないが。


「その子、アリサっていうんだけどグループが解散してから迷走してるんだよね。色々やっているんだけどどれも仕事につながらなくてね」

「それでダンジョン配信ですか」


 THE迷走だなというふうに思っているとヒカリンが悲しそうに面を伏せる。


「そういう反応になるよね」


 赤の他人の俺にとっては迷走だけど、ヒカリンにとっては後輩さんの進退の話だ。軽く考えたらいけない。


「あ、すみません」

「ううん、いいの、私もそういう反応しちゃったし」


 軽く首を振るヒカリンが何でもないよというふうに愛想笑い。儚げだ……可愛い、好き。


「ダンジョン配信なんて危険なことしなくてもきちんとやっていれば芽は出るよって説得しても聞いてくれなくてさ。それで梟介くんに話を聞きにきたんだ」

「もしや探索者から危険を説いて諦めさせようという相談ですか?」

「梟くん、結論を急ぎすぎ。まずはヒカリの話を聞いてあげて」


 おっと姉さんからイエローカードだ。

 正座で座り直す。


「それでヒカリンのご相談とは?」

「口で言って素直に聞く子じゃないの。だから一度ダンジョンに入ってさ、それで自分で無理だって思えば諦めてくれると思うの」

「なるほど、迷宮ガイドですね」


 ダンジョンを体験したい一般人を探索者がエスコートする仕事というのは割りとある。海外ではよく事件や問題になっているし国内でもたまに事故が起きているが需要は絶えないらしく迷宮ガイドを専門にする探索者事務所もある。面白いのはそこの親会社が大手ツーリストだったりする点だ。

 ここで疑問が一つ。それこそそういう会社にガイドを頼めばいい気もしたがそれだとこの奇跡の時間が終わってしまうので疑問をそっこーで頭の外に投げ捨てる。


「お任せください。この逢魔梟介、完璧なガイドをお約束しましょう!」


 やっちまった気はした。いくらなんでも安請け合いがすぎた気がした。

 しかし推しに良いところを見せたい欲望はドルオタ共通のクソでか感情なのでセーフ、所詮俺らドルオタはネピリムに魅せられた愛の奴隷よ。

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