黒幕は冷ややかに微笑む
◇◇◇ARCプロダクションSIDE◇◇◇
モニターから再生される映像の中で空爆が無数のモンスターを蹂躙し、舞い踊る剣の群れがモンスターどもを刺し殺していく。……こちらは以前にも見た手だ。
秋口ジョージはすでに何回も再生した映像から目を離し、椅子に倒れ込むように背を預けた。北欧から取り寄せた上質な総革張りの椅子は彼の肉体を十分な弾性をもって受け止めてくれたが気分は晴れない。仕掛けの結果が微妙、そういう顔つきだ。
「無名の新人を一人使い潰すつもりで仕掛けた結果判明したのが空爆一つか……」
逢魔梟介は極めて特殊な手合いだ。無数の現代兵器を使いこなすが、その兵器の製造元をどうしても割り出せない。
本国の同僚に調査を依頼したがトリック動画だと笑って流されてしまった。
『ひゅう! 流石はコミックの国だな、ユニークな武装じゃないか。それでこの動画を作るのに何時間かけたんだ?』
『冗談ではないんだ。このような特殊な兵器を開発したという噂は掴んでいないか?』
『おいおいジョージ、俺を騙せるかどうかで賭けをしているだけだろ? あんまりしつこいと通話を切るぜ』
まったく冗談のような話だ、コミックの中から抜け出してきたような奴と一戦交えることになり部下は全員病院送り、自身は捕えられて正論パンチ(物理)でノックアウト。
帰ってきた家出少年を今度は本当に行方不明にするだけの簡単な処理のはずがひどい目に遭った、過去の苦い記憶だ。
「空爆…よりによって空爆か、何の冗談だ? いつからこの国はコミックの中に入った?」
逢魔梟介の戦力調査のつもりでリスクを呑んで仕掛けを試みたが判明したのは何の冗談か空爆が一つ。驚異的な能力だが市街地では使いようのない、知ったところで相手が使いそうもない能力が一つきりだ。
これでは割りに合わない。赤字も赤字の大赤字だ。
赤字と言えばもう一つ、朝一番でやってきたジェームズ日野からのメールもだ。
『仕掛けましたね?』
『脅迫をするつもりはありませんよ、私も梟介の異能には興味がある』
『ですがこれは貸しとさせていただく』
『いざとなればあなたの力を借りられるのは良い保険になる』
『願わくば面白いものが見れることを主に祈りましょう』
『もっともこのようなまねを我らが主がお許しになるかは疑問ですがね』
まったく面倒な男に借りを作ってしまった。日本は亡き祖母の愛した素晴らしい国だが、この国の悪いところは自分や日野のような男が大手を振って表通りを歩けるところだ。そして表通りを歩いていてはいけない男の最たるものがあの逢魔梟介、人の形をしたモンスターだ。
「本当にあいつは何者なんだ?」
疑問に答えはない。ただ敵は想像よりも遥かに強大であり、現状まともな勝ち目はないというしょうもない回答をそのままにするだけだ。……今しばしは。
あの忌々しい少年はまだ放置するしかない。目の前にあるタスクを未処理のままで置いておくのはストレスだが戦力評価すらままならないのではどうしようもない。
動画のカーソルを戻す。するとコラボ隊がギャーギャー言い合いながら空を飛ぶワイバーンを相手に戦っている。秘密兵器だと言って持ち込んだワイヤーアンカーが当たらずにやかましく喚いている。
ダンゾン専門家:居残り確定
トワイスへの愛を叫んだ猫:アスミの秘密兵器がありますはフラグ
世紀末読者たけしぃ:毎回毎回狙ってんだろ!
無明逆流れ:トワイスの兵器調達担当は無能
コメントが瞬く間に流れていく。それもそのはずで視聴者の数が百万人近い数字だ。それもトワイスのチャンネルではなくアリサのチャンネルがだ。チャンネル登録者が六十万人を超え、今も増え続けている。
「いや、まったくの赤字というわけでもなかったか」
今の時点でも十分にプロダクションがプッシュする価値のあるアイドルだと言える。なにしろ現時点でARCプロ所属のアイドルグループの中で三番手の数字を叩き出している。
きちんとプロデュースをして方向性を固めて大衆に受けの取りやすいアイドルの形に仕上げたなら彼女はまだまだ伸びる。自分にならそれができる。
デスクの引き出しから取り出した彼女のプロフィールにもう一度目を通す。アイドルというよりもアイドルの格好をした原石のような宣材写真を見つめながら……
「無事に帰ってきたのなら詫びのつもりで適当な仕事をくれてやるつもりだったが……」
モニターの中では満面の笑みで倒したばかりのワイバーンを担ぎあげるアリサと、彼女に抱きついているトワイスの三人組がいる。画面の中の彼女はけっしてトワイスに見劣りしない立派なダンジョン配信者で、オーラを纏い始めたアイドルだ。
「君を磨いたのがあの小僧というのは癪だが認めるしかないな。おめでとうアリサ、私が興味を持つ程度にはアイドルの片鱗を見せつつあるよ」
彼女にはバックアップチームが必要になる。以前のような新人と外注に任せた適当なバックアップではなく、社でも実績のある人員を集める必要だ。
ネピリムに続いて彼女も看板アイドルにできたのなら……
固定電話の内線のボタンを押す。秋口ジョージは新たな仕事への高揚感に酔っている。
◇◇◇◇◇◇
逢魔家のリビングの60型テレビモニターいっぱいに先輩の笑顔が映る。
「ボス撃破! みんなやったよ!」
モニターの右側で上から下へと流れていくコメントも盛り上がっている。完全にゴリラとかゴリラより強そうとか霊長類最強の女とか呼ばれている。……これってアイドルとしてプラスなのか?
今になって冷静に考えてみるとマイナス感がすごい。プロレスラーとプロレス勝負とかがメインの仕事になりそうで怖い。
ま…まぁマイナスイメージの払拭はARCプロに任せよう。専属のバックアップチームもできあがったようだしこれからに期待だ。
あのコラボから三日が経った。いま俺は居間で姉さんと一緒にコラボ最終日の動画を見ている。姉さんは仕事で生配信を見られなかったので俺と一緒に見ているというわけだ。
姉さんが振り返る。吸い込まれそうな紫水晶の瞳に見つめられる度に俺の幸福度が増していく。あと顔面が神。
「アリサちゃんさ、正式に再デビューが決まったらしいよ、今度はソロで十二月中だって」
「それはまたずいぶんと早いですね」
「持て囃されている内にやらないと大衆は冷めてどっかに行っちゃうからね~」
たしかに大衆は移り気で冷めやすい。話題性のある内に地盤を固めたいと思うのは当然だ。
「いまは新曲のレコーディングに四苦八苦してるってえ」
「なるほど」
先輩のデビューシングルか、買わねば。……しかし先輩の歌ってどうなんだっけ? 一緒にカラオケに行ったことがあるのに歌を聞いてないぞ?
メッセージアプリを立ち上げて先輩にレコーディングの調子について尋ねてみる。すると……
『無理』
『自分に絶望してる』
『モンスターを倒す方が百倍簡単』
なんて泣き言が返ってきたので適当に励ましておく。がんばれ、俺は無責任に遠くから応援させてもらいますよっと。
「どう? って泣き言だねえ」
「大丈夫ですよ、先輩は根性はある人なので今回もきちんとやり遂げてくれます」
「ふぅん、随分と信頼してるね?」
姉さんがずいっと近寄ってきた。俺が胡坐を掻いた体勢のまま仰け反ると、姉さんはさらに近づいてきて瞬く間に押し倒されてしまった。くっ、課金不可避の状況!
「梟くんにしては珍しくがんばったよね? もしかして好きになっちゃった?」
「まさか、俺の最推しはずっと姉さんだけですよ」
姉さんの目がマジだ。真剣と書いてマジだ。
美しい瞳だ、俺は生まれてからきっと死ぬまでこれほど美しい物を他に知らない。煌びやかな紫水晶の光彩の奥にひどく神聖で温かなものを感じる。
あの日、あの日からだ、あのバスの転落事故の日から俺はこの女性に焦がれ続けている。
「じゃあなんで?」
「あの人じつは馬鹿なんですよ」
先輩は馬鹿だ、そして見栄っ張りだ。自分は痛くて泣いてるくせに年下だって理由だけで身銭を切りフォローをしてあげて平気な面を張り付けている。そのくせ自分は裏で痛くて泣いている。
人が好いんだ、善人なんだ、だから自分だけ損をして……
そんな人が報われない世の中なんて俺は嫌だ。だから今回は自分から助けてって言えない先輩のために俺が一肌脱いだ、それだけのことだ。
「って理由で納得できました?」
「まあ…ね。ねえその理屈でいくと私の梟くんは報われてなくない?」
俺の報酬だって?
「いえいえ、大儲けですよ」
「ほんとぉ?」
「ええ、ドルオタの本懐は推しが活躍することですからね。先輩が再デビューして有名になった暁には最前列のチケットでもおねだりしますよ」
そんな日はきっと遠からず訪れるだろう。
こんなやり取りをした十日後、とある有名な歌番組で先輩がデビューシングルであるフラワリーデイを歌った。心配していた歌については何ら問題なくむしろ感動的なうまさだった。マジで完璧超人かよあの人。
まずはダウンロード版が番組放送中に先行発売、店頭販売は明日の朝からだそうだ。そして店頭販売のCDには等身大ポスターがついてくるらしい。
うん、とりあえず明日は六時起きだな。




