逢魔梟介は信奉者であり虜囚である
売店での買い出しを終えて戻ってきたら文句を言われた。
「少なーい、梟介ぇケチっただろー?」
「それで二万ですよ?」
「たっか!」
文句を言ってきたアスミが驚きつつも俺からひったくったリュックの中を見る。日野さん以外もリュックの中を確認している。
「え、これで二万!?」
「ボッタクリだー……」
「え、ウソだ、許されるのこんなの? 絶対なんらかの法に触れてるよ……」
俺とノキアと先輩の分のソフトドリンクを二本ずつ。アスミとミカと日野さんのビールを二本ずつ。ここまでで九千円だ。ポテトチップスの大袋が四袋で四千円。さきいかやカルパスにするめいかのような乾物を適当に六個で三千円。缶詰めの牛すじもけっこう旨いんだよなって缶詰め系も買った。見ていると新作のグミもあったので買ってみた。今は後悔している、しているがあの時は欲しかったんだ!
「これ経費で落ちたりしますかね?」
「あそこの売店って領収書きってくれなかったよね」
そう、あの違法営業売店は領収書を切らない。理由は不明だが日本の闇を感じる。
しかしここでアスミが意外な発言をする。
「じゃあ私が出してあげよう!」
「え、いいんですか?」
「王様ゲームの発案者は私だし、これだってみんなの分だしね。リーダーの私が出すよ」
「おお、助かります」
「いーって、いーって」
地獄に仏、トワイスにアスミだ。やっぱトワイスにはアスミのリーダーシップが必要なんだ。
元々こいつの命令のせいじゃん、なんて言う奴は俺がぶっとばしてやる。……言葉では説き伏せられないのかって? そーだよ。
だが結果よかった。どこか元気のなかった先輩も完全に元気になっている。二万の衝撃とお菓子の到着のおかげだ。やはり腹が満たされるのは大事だよ。夕飯を食ってからもう三時間は経ってるし。
しばしのお菓子タイムを挟んで王様ゲームが再開される。先輩も元気になったからはりきっている。
「よぅし、ぜったい王様になるよ!」
お腹が空いてたのか、やはりお腹が空いてただけだったのか、さすがはゴリラ先輩だ、今度からバナナを常備……
やめよう、本気で怒られそうだ。
「ええ、やりましょう。王様だーれだ!」
王様ゲーム第四回の王様は―――
「はろー、ノキアちゃんが王様だよ」
「くそが!」
空気を読め、ここは先輩が王様になるところだろうが。
ここまで王様はアスミ、ミカ、アスミ、ノキアのトワイス一強時代。やはり熟練度やマスタリーの取得が大切なのかもしれない。
「じゃあノキアちゃんの命令いっくよー……五番、好きな人を教えろ」
五番誰だ、って思ったら日野さんか……
少し興味があるような無いような、全人類って言い出す可能性が五割ある。もしくは妹のまりか。
「私か、そうだな……」
日野さんが溜める。しかしいつもゆったりとしゃべる人なので不穏さは皆無だ。戦闘行動の時だけ動きが機敏なんで俺は普段の姿は高度なフェイクだと思っている。
「やはり故アラン・リックマンかな」
「だれー?」
「本国の俳優だよ、コメディもシリアスもできる器用な人でね、憧れの男だ」
「ぶっぶー」
ノキアが顔の前でバッテンを作ってぶっぶーだ。可愛いけど三割腹立たしいな。
「ライクやリスペクトじゃなくてラヴな女性をおしえてー」
「それならエスカリータ・ポリーンだね」
「だれー?」
出てくる名前がみんなわからん。俺とタメのノキアと、日野さんのような大人の男の間には壮絶なジェネレーションギャップがあると思う。俺も普段から十歳差の大きさを感じている。そしてミカだけ頷いている。
「知らないのか、英国の歌姫だよ」
「逆にミカはよく知ってたね、普通外国の歌手なんて知らないよ」
いやノキアはガチの外国人だろ……
でもたしか純度百パーの大阪育ちなんだっけ?
「いやいや有名有名、日本でも普通に有名だって」
「そうなんだ。どんな曲が有名なの?」
「ちょっと前の資生堂のテレビCMで使われてたformal-day,formal-hourとか」
「うーん、知らない」
俺も知らない。無窮の神殿だとスマホが使えないのが痛い、すぐにわからないのはストレスだ。親父の子供の頃にはスマホもインターネットもなかったらしいがみんなどうやってこのストレスと向き合っていたのだろう?
場は王様ゲーム、ノキアが日野さんに追撃にいく。怖い物知らずというか王様の偉大さというべきか。
「へ~~、ジェームズさんその人のことがラヴなんだね」
「うん、彼女は初恋の人みたいなものだ」
「じゃあノキアとエスカリータさんどっちが可愛い? 綺麗じゃないよ、可愛い方を教えてね?」
うっわ、腹立つぅ~~。
日野さんが独特の間のあとで微笑みながら答える。
「それならノキアだね」
「やった!」
無邪気に喜ぶノキアであるが百パーお世辞だろ。それと無邪気に喜んでみせているだけで、英国の女性シンガーに勝利した部分だけに喜んでるだろこいつ。
そしてミカが僻みの暗黒面に落ちている。
「ちくしょう、ノキアの奴め、なんて羨ましい……」
「もちろんミカも可愛いよ」
「ありがとうございます!」
空気の読める男だ、俺もこうありたいものだ。
そして王様ゲーム第五回が始まる。
「王様だーれだ! 私だ!」
アスミがくじを見ることなく宣言して立ち上がり、実際に掲げたくじには王冠のマーク。やはり持っている。玉石混交ならぬ宝石だらけのアイドル業界でのし上がっていった女だ、それこそ百万人に一人レベルの強運を持っているに違いない。
「よぅし、じゃあ三番、誤魔化すことなく憧れの芸能人という逃げもなしで好きな女性を教えなさい!」
路線が完全に恋愛に移行している。だが王様ゲームだし当然だ。合コンのために生まれた遊びだからエッチだったり恋愛路線なのは当然だ。
「って、三番は俺ですね……」
「よし、面白いやつに当たった!」
いや、一番つまらないと思いますけどね。
好きな人なら最推しは姉さんだ、あの日からずっと俺は姉さんの瞳に魅せられ続けている。
「好きな女性か、いませんね」
正確に言えば好きになってはいけない女性ならいる。姉と弟でいると胸が苦しくて、でも推しとアイドルでなら思う存分好きだと伝えられる。……歪だと後ろ指を指されようと構わない、それだけが俺の手に入れた安息なのだから。
「……いないってことはないでしょ?」
「いませんよ、というかドルオタに恋愛は難しいんです」
俺の好きはネピリムに捧げている、これ以上ない愛情で彼女達の栄光を願って応援している、そんな状態で他に恋人を作る気は回らない。
それは俺が他の連中と比べてガキすぎるだけなのかもしれないし、ただのガチ恋なのかもしれない。……後者だと認めるのは勇気が要るな、ガチ恋勢って厄介オタが多いし。
こう説明をしたがわかってもらえなかった。
「じゃ…じゃあ例えばアリサちゃんのことは?」
「仕事上の関係です。依頼を受けたから同行しているだけの一時のパートナーというだけで、それ以上それ以下の感情はありません」
言った瞬間に空気が凍りついた。
言葉は呪いだ、聞いた後は絶対に聞く前に戻れない。言ってしまえば何者も変わらざるを得ない。例え居心地の良い今の関係を保ちたいと願っていたのだとしても変化を強要される。
だから呪いだ、互いに呪い合い、そうして生きていく。
「ビジネスです、先輩もそうですよね?」
「…………」
先輩が立ち上がり、走り去っていった。
止めることもできた。今から走って引き留めることもできる。だが止めなかった。俺の代わりに立ち上がったのはアスミだ。
「ちょっと、梟介! あんた最低だよ、っていうか追いかけなよ!」
「追いかけてどうすればいいんですか? 追いかけて慰めて恋人にでもなって……先輩の夢を俺に潰せっていうんですか?」
アスミが黙り込む。烈火のごとく怒っているのに相手にも正しさがあると感じた時に人は黙り込む、反撃の手を考えるために。
「……わかっていたの?」
「鈍いふりも限度がありますので」
知っていたか否かで言えば知っていた、先輩の立場を考えれば俺を釣った方が得だから確信はなかったが。逢魔梟介を信奉者という名の協力者に変えられれば配信業に関しては安泰だから先輩は俺を落とすべきだと打算的に考えて納得はしていた。……確信を持ったのはアスミのいじり方でだ。先輩からの承諾があり、だから遠慮すべきラインを踏み越えてきた。
だから俺がするべきことは説明だ。人の愚かしさに限りはなく、かつて俺は愚かな人に向けて引き金を引いてきたが、話し合いの大切さを学んだ今なら問題解決に時間を費やせる。
「先輩はきっかけさえあれば世に出られる人です、そう思うからこそこうしてお手伝いをしてきました。そして今ようやくチャンスを掴みかけている、これまでの努力がようやく実ろうとしている大事な時期なんです。俺なんかに躓いていていい時ではないんです」
「梟介はそれでいいの?」
「本望ですよ」
有名になってください、立派なアイドルになってください、いつか東京ドームを十万人で埋め尽くすようなアイドルになってください、その時は必ず観客席でカラーライトを振ってあなたを応援しています、俺の願いはそれだけです。
願いが叶うことを夢見て応援し続ける、それがドルオタの魂だ。
「そっか、……梟介はアリサちゃんのファンなんだね。いいファンに恵まれたよ」
それはドルオタがアイドルから言われて一番嬉しい言葉だ。
アスミが言葉を重ねる。俺は感動の用意だけはしておく、ハンカチとか。
「それならそれを自分の口でアリサちゃんに伝えてこんかい!」
ものすごい剣幕のアスミと深く頷き合う他の面子。圧倒的に俺が悪い空気だが言い分はあるし、わかってもらうしかない。
「態度は明確にしておかないと未練を残しますよ、最終的な関係を見据えるならここはアスミさんにお願いしたいのですが」
「言いたいことはわかる。でも私梟介のそういう正しいのは自分だっていう態度が気に食わない! アリサちゃんが心配なら人を使わずに自分で行け!」
「いや、だから俺が行くと先輩の恋心を刺激してしまうって……」
助けを求めて周囲に視線を配るがみんな深く頷き合っている。統制されたチームプレイを感じる。もうこいつらがサッカー日本代表になればいいんじゃないか?
「じゃあ日野さん、お願いできませんか?」
「冗談だろ、今日初めて会った私が彼女に何を言えというのだね」
そりゃあそうかもしれないが……
「人間関係を理屈で通そうとするのは梟介の悪いところだ、今回は痛い目を見ておきなさい」
「使えないな」
「梟介ごときに便利に使われるほど私は安くはないよ」
じゃあ―――
「ノキア、頼んでもいいか?」
「ない、この状況で私だけは一番ナイ」
「なんでだよ」
「日野さんを除いてこの中で梟介と一番仲がいいと思われているのは私、だから私が行くと猜疑心が加速してすごいことになる」
くっ、一理ある。過去にノキアはこいつくれ発言をしているから疑われる余地は十分にある。俺からすればナイんだがな、こいつの俺を見る目は有用なドローンや武器と同じ目だよ。
「そうか、わかったよ、俺が行くしかないんだな」
先輩を追って走り出そうとした時、ミカにジャケットの裾を掴まれた。いま急いでいるんだがな……
「なにか?」
「どーして私には聞かないのよ?」
「てっきりアスミ達と同意見なのだと考えていましたが、行きたいんですか?」
「そういうわけじゃないけど、一人だけ聞かないのは仲間外れみたいで嫌だし……」
なんて面倒くさい人だ。アイドルの枠に収まらない超絶技巧のギタリストのクール系美女とはなんだったのか……
って公式プロフィールなんて嘘ばっかだった、趣味お菓子作りのお菓子を作ったことのないトップアイドルもいるしな。
「いま忙しいんです、アスミさんにでも構ってもらっていてください」
「ひどい! うわーんジェームズさん、あいつは冷たいよ!」
「梟介にはああいうところがあるからね」
っと、こんな人達に構っている場合じゃない、先輩を探さないと。
走ってキャンプを離れてから貸し出している勇者武器の位置を探る。神殿からは出ているがさほど離れているわけでもない場所にいる。
先輩の下に行くのは簡単だ、だが何と声を掛ければいい?
刹那心に浮かんだアホみたいな考えは即刻破棄。女の一時の気の迷いなんかに一々絆されていたらどっかのアホ勇者みたいなハーレム野郎になっちまう。……ぬるま湯に浸りすぎて頭まで茹ったかよ。
俺はいつも通りの俺でいい、揺れないこと、ブレないこと、最後には必ず成し遂げると誓えばこそ全ての罪を看過できる。今回の俺の為すべきことなど最初から決まっている。
神殿のある霧に包まれた丘の縁に腰かけてたそがれる先輩へと書ける言葉なんて最初からこれしかなかった。
「先輩ッ!」
先輩が振り返る。あたし傷ついてますみたいなしょぼくれた面はやめろ、アイドルだろうが!
「甘えてんじゃねーぞ! 俺はあんたのアイドル復帰のためにここまで苦労してきてんだぞ。それをなんだ俺に惚れただぁ? 馬鹿こいてんじゃねえ!」
「ぴよっ」
驚愕する先輩にヅカヅカと近づいていって襟首を掴んで引き上げる。
息を目いっぱい吸い込み、さあ言いたいことを言うぞ。
「真摯な想いで協力してる俺に惚れて、あまつさえは脈ナシと知るやスタッフとコラボ相手に迷惑をかける! 甘えてんじゃねえ! コラボを仲良しお遊戯会だとでも思ってやがんのか!? てめえが浮かび上がる千載一遇の好機だろうが! てめえの舞台は明日もあるんだ、メンタルコントロールくらい心を殺してでもやってみせろ!」
「きょ…」
虚を突かれた先輩が硬直している、顔面が完全に引きつっている、優しい言葉をかけてもらえると思ったのか?
「日高アリサ! あんたの夢はなんだ、あんたは何を見たくて何年も辛酸を舐めてきた! あんたの夢は俺なんぞのために棒に振ってもいいような軽い物だったのか!?」
「か…軽いものじゃないよ」
「声が小さい!」
「軽くなんてないです!」
「よろしい、では先輩に男に現を抜かしている暇はありますか? ありませんよね?」
「ないです!」
「よろしい」
人間余裕ができると変なことをしでかすもんだ。以前の先輩はハングリー精神の塊だった、だが今の先輩は飼い猫のように甘い存在と化してしまった。……愚かな話だ。
口を開けているだけで手に入る名声と成果があのド根性先輩を可愛いだけの子猫ちゃんに変えてしまったのだ。
「コラボを成功させる、今はそれだけを注視してそれだけに全力全霊を尽くすのです」
「サー・イエス・サー!」
びしっと敬礼をする先輩の姿に俺はかつてのハングリー精神を見た。
熱血逢魔塾で徹底的に仕込んだ勇者オウル式教練が息吹をあげているな。
「辛くても笑顔で受け答えしろ、心で泣いても笑みを絶やすな、ファンを魅了し続けろ! 男なんて成功してから自己責任で作ればいい、それまではバイブでも使って自分を慰めてろ!」
「サー・イエス・サー!」
「余計なことを考えるのは体力が余っている証拠だ、ついてこい、明日に響かない程度にしごいてやる。まずはボスマラソン八回だ!」
「サー・イエス・サー!」
先輩には思い出してもらわねばならない。まだ成功者でもなんでもないチャレンジャーであることと、そんな奴には恋愛なんて百億光年早いって事実をだ。異世界だろうが地球だろうが新兵には人権なんてナイんだよ。




