躍進!してない日高アリサのダンジョン探索チャンネル
初配信ではチャンネル登録者三千人程度だった日高アリサのダンジョン探索チャンネルであるが一週間毎日配信を続けた結果……
「祝、チャンネル登録者4000人超おめでとう会!」
カラオケ店の個室で先輩がクラッカーをぱーんと鳴らす。しかし俺は不景気な面をしていることだろう。
この数か月俺がこっそり秘匿し続けてきた情報を大盤振る舞いして開設した先輩のチャンネルだが見事に伸び悩んでいる。いや配信の度に百人ずつくらい増えているのを伸び悩みと言えば他の配信者に怒られるのかもしれないが……
「正直に言ってもうちょっと楽に万人単位の登録者が増えるもんだと思ってました」
「梟介は夢見すぎだよ」
先輩がすげえ冷めた目つきで言った。
この世の地獄を見てきた賢者みたいな目つきだ、深い闇を感じる……!
「あたしの前のグループの公式チャンネルね、何年もかけて登録者三百人だったよ?」
「ナマ言ってすみませんでした!」
即座に謝った。なぜなら今の先輩に反論でもしようものなら決して聞きたくない、ドルオタの精神を破壊する業界の闇が溢れ出しそうだったからだ。
先輩ドルオタ曰くドルオタはあまり業界に詳しくなりすぎない方がいいのだそうな。以前のような純粋な眼差しでアイドルを見れなくなって現場から去っていったドルオタを何人も見てきたそうだ。まったく恐ろしい話だ、やっぱ枕営業とかあるんだろうか? 姉さんには怖くて聞いてないが俺はいずれ業界の罪を裁く日が来るのかもしれない。
まぁそんな話は今はどうでもいい、今日は先輩から重要な話があると言われてこのカラオケボックスにやってきたのだ。
「それで重要な話ってお祝いだけですか?」
「昨日ね、事務所のえらいプロデューサーさんからチャンネルが順調だねって褒められたんだ」
おおっ、事務所が認めてくれたのは大きな前進だ。
知名度が上がれば仕事が回ってくる、先輩のアイドル復帰の足がかりになるかもしれない。
「今調整中らしいんだけど今後はあたし達のチャンネルに動画編集や撮影を手助けしてくれるスタッフを付けてくれるんだって。……本音を言えばもう少しだけでも梟介と二人でやっていきたかったんだけどさ」
?
「どうしてですか、いい話じゃないですか」
「いい話なのは間違いないんだけどねー」
先輩が俺をちらちら見てくる。励ましや背中を押してほしいのだろうか?
「いい話なら受けましょう! 動画のクオリティを上げて登録者をガンガン増やすチャンスじゃないですか!」
「梟介はー、もうちょっとセンシティブな乙女心とか気にした方がいいと思うなー」
なんだこの人面倒くさいな。
秋の空並みに移ろいやすい女心なんて気にするだけ無駄だ。俺は亜熱帯気候並みに気分の変化する姉さんから学んだ。
「で、話ってそれだけですか?」
「そうやって要点をすぐにまとめようとするところも良くないと思うなー」
マジで面倒くさいなこの人。
「えーっとね、じつはえらいマネージャーさんからチャンネル制作に関わっている人がいるなら紹介してほしいって言われてるの」
「なるほど、納得です」
「納得なの?」
「そりゃあ事務所のアイドルの人間関係くらいは把握しておきたいでしょうしね。言ったらあれですけど以前までの先輩は正直どんなトラブルを抱えていても問題なかったのでしょうが今や立派な商品になりつつある人材です、カレシでも見つかろうものなら離縁工作くらい仕掛けてくるでしょう」
「うーん、大人の理屈だなー」
「ですが俺と先輩は純粋な利害関係なので問題ないでしょう」
「うーん、予想通りの答えすぎて何のショックもないなー」
なんだこの人俺のことを釣りたいのか?
いいぞいいぞ、ガチ恋を釣るための技はアイドル活動の芸になる。俺のようなチョロいドルオタを釣りまくって技を磨くとよい、姉さんも俺を釣りながら技を磨いて今やトップアイドルだ。
「先輩の配信のために予定はしばらく空けてあるので俺はいつでもいいですよ」
「うん、ありがとね。じゃあちょっと電話してくる」
先輩がカラオケルームから出ていったので何か曲を入れてみよう。基本的に俺は何だって聞く、メンズアイドルも聞くしアニソンも聞くしクラシックも聞く。いわゆる移動用BGMとして活用しているので好き嫌いはない、鳥の声や風の音を嫌わないようにそこにあるものとして受け入れている。
まぁ異世界から帰ってきてからはクラシックが熱いんだけどな、ベートーベンもバッハもヨハン・シュトラウス二世だって大好きだ。異世界に行って唯一よかったと思えるのは音楽観が広がった点だ。
何だって好き嫌いなく聞いている、しかし歌えるかどうかという話になると別だ。姉さんの曲ならアカペラでも歌えるがネピリムが歌っているのが好きなのであって本音を言えば自分で歌うのが好きなわけでもないし、先輩と来ているのに他のアイドルグループの歌ってどうなんだ?とは思う。
となると無難にクラシック、スメタナの我が祖国か、それとも……
三分後、先輩が戻ってきた。
「カラオケでモルダウを歌ってる人初めてみたよ」
「スメタナですよスメタナ、我が祖国です」
モルダウは歌詞に出てくる川です。
「そうなの? まあいいや」
「え、すごく重要なのに……」
「それよりも秋口さんに話したら今から会いたいってさ」
それよりもなんだ、歴史的名曲の和名がそれよりもで流されるんだ。うーん、価値観の重大な相違!
「わかりました、行きましょう」
そして新宿のARCプロダクション本社に向かう。俺も何度かは来ているが姉さん関連以外でくるのは初めてだ。他に用事なんてないし。
受付をスルーして向かった十四階の会議室に痩せこけた顔つきのおじさんがいた。オールバックに撫でつけた頭髪のテカリ具合と不健康そうな頬のこけ具合がいい感じに枯れた印象を与えてくる五十代のおじさんだ、若い頃はけっこうハンサムだった気がする。
「へえ、これはまた随分と厄介な相手だ。もしかしてアリサのコレかい?」
おじさんが小指を立てる。カレシかいって意味だろうな。
秋口、あきぐちか、あぁそうかあんただったか。まったく因縁のある相手だ。
「お久しぶりです、随分とご無沙汰をしてました」
「そうだね、叶うのならあまり会いたくはなかったから喜ばしい限りであり今日はなんとも切ない気分だ」
言ってくれるぜ。
この男とはしょーもない因縁がある。というのも俺が姉さんと、つまりARCプロの看板アイドル逢魔アカリと一緒に暮らすのに大反対の姿勢を取ったのがこの男だからだ。まぁ事務所を挙げての総出で大反対だったわけだが。
マジな話をするとファンはアイドルに男の影がチラリしただけでキレる、それが実の弟であろうが一緒に暮らしていれば邪推する、マリーアントワネットを中傷したミラボーかよ。
いや俺だってドルオタの気持ちはわかる。年頃の男女が一つ屋根の下で何も起こらないはずはない的な思想は理解できる。しかしそんな世の男性には自らに置き換えて考えてほしい。本気で何か起きると思うか? 何も起きねえよ! そんなの薄い本の中だけだ!
何も起きない。しかし事務所はこんなことで看板アイドルにケチがつくのを恐れてあれこれと工作を行い、そいつが俺に狙いをすませたアレコレだったわけだ。マジのジェラルミンケースを持ってこられてこれで実家に戻ってくれって言われた時はドラマかよって突っ込んだよ。
で、その裏工作を命じたのが目の前の秋口何某ってわけだ。
「君はあれかな? アイドルなら誰でもいい、そういう人だったのかい?」
「んなわけがないだろ、俺のネピリム愛を舐めるな」
秋口何某が笑い出す。乾いた笑いだ、何一つとして面白いと思っていない大人の汚い笑いだ。
「だろうね、だから困っているのだ」
「現在進行形かよ」
「そうだね、我々はまだ諦めていないというわけだ」
くそっ、実の姉と弟を引き離すのをまだ諦めていないとはなんて陰湿な事務所なんだ。気持ちがわかるだけに何とも言えない。アイドルの周りをぶんぶん飛んでる蝿とか俺なら消すね。フェザービットによる超遠距離狙撃で証拠一つ残さないね。
そして俺達の陰湿なやり取りを見つめていた先輩が袖くい。
「ねえ、何かあったの?」
「大人気アイドル逢魔アカリと同居する弟の存在を許せないPと俺の熾烈な争いですよ」
「あー、なるほどー……秋口さんもしかして梟介を連れてきたのは不味かったですか?」
秋口何某が柔らかく微笑む。自社のアイドルと自社のアイドルの周囲を飛ぶ蝿への深刻な対応の差を見た。
「いや、構わないよ、というかまさか彼だとは思わなかったのでつい陰湿な対応をしてしまった」
「つい、ね?」
面白いジョークだ、ついで少年一人を消そうとする大人のジョークは面白いな。
「彼と我が社が抱えている確執については一旦置くとしよう。逢魔くんもいいね?」
「構わないさ、今は先輩のチャンネルを優先したい」
秋口何某が資料を放り投げてきた。どうやら先輩のチャンネルの資料のようで様々な要素が数字とグラフで羅列されている。コンサル経験皆無の俺のコンサルティングよりもしっかりやってくれそうなところだけは正直助かる。何しろ配信業のノウハウなんて俺には皆無だ。
「アリサのチャンネルはじわじわと伸びてきているが私の経験上どこかで止まると考えている。これは配信のクオリティ等の問題ではなくもっと衝撃的に人を惹きつける起爆剤の欠如が問題だ」
「小難しい言い方をしたが要はバズれってんだろ」
「品の無い言い方をすればそうなる」
このおっさん新語を国語辞典に載せるのは絶対反対の派閥だろ。
正直このおっさんのすべてが気に入らない。だが悔しいがこのおっさん仕事はできる。俺の不在の間に行方不明の弟を心配して呼び掛けるアイドルという形で姉さんを売り出し、こんにちのネピリムを育て上げた敏腕プロデューサーだ。頭がPの紙袋でも被ってろ。
「そこでこちらで起爆剤を用意させてもらった」
くっ、やはり有能か!
俺が無用な劣等感に苦しむ中で純粋に嬉しそうな先輩が言う。
「起爆剤ってどんなのですか?」
「コラボだよ」
コラボ案件! たしかに有効な手段だ、多くの登録者を抱える有名な配信者とコラボすることで浮気を誘発させることができる…かもしれない、そんな手段だ。
俺もコラボを考えたことはあったが伝手がないから妄想どまりに終わっていた。さすがは有名プロダクションのプロデューサーのコネクションということか。
「トワイスに打診をしたら二つ返事で快諾してもらえたよ。あちらもアリサのことが気になっているようでね、交渉なんて呼べたものではない簡単な仕事だった」
「先輩、これはいい話ですよ」
「うん、トワイスとコラボなんて夢みたい!」
無邪気に喜ぶ俺達。相変わらず俺へと冷ややかな視線を向ける秋口何某の目つきが鋭くなる。うん、これは何か裏があるな。
「アリサの強さの秘訣はどうせ逢魔くんにあるのだろう?」
「先輩の自力ですよ」
「そうかい? まぁそこの真偽はどうでもいいんだ。今回のコラボ案件に必要な能力を持つ者がアリサであれ君であれ、仕事をきっちりやってくれるならどちらでも構わない」
「必要な能力だと?」
「パワーレベリングというのだったね。トワイスは第十階層まで連れていってもらいたいらしい。だから我が社が君達二人に求める仕事とは彼女達三人を怪我を負わせることもなく危険な未踏階層まで連れていき、ボスモンスターである第五竜種ワイバーンの討伐までをセットとしたい」
秋口何某の眼に浮かぶ色は侮りと警戒、俺に恐怖を抱きながらも俺のちからを計ろうとしている眼差しだ。……うん、マジでこのおっさんとは色々あったんだよ、武力衝突的な意味で。
「やってくれるね?」
「断る理由はないな」
そう、断る理由はない、何もない、むしろ頭を下げてでも同行したい!
あのトワイスとのコラボか……! ドルオタ的に美味しい仕事だぜ、握手してもらったりサインもらえたりして、もしかしたらおしゃべりをする時間もあるかも!
◇◇◇トワイスSIDE◇◇◇
トワイスはかつて弱小アイドルグループだった。有象無象のよくいる地下アイドルで、運営にやる気もなければ人気もない無名の弱小だった。
メンバーもあちこちでバイトをしていた。メイドカフェだったりドラッグストアでバイトをしないとアイドルの給料だけでは遊ぶ金が全然なかったのだ。
大好きなアイドル活動をしているからってそれを理由にカラオケに行ったり美味しそうな物を食べに行くのを諦めたくない。でっかわのアイテムも欲しいし好きな漫画も買いたいし世の中には好きなものが多すぎる。
そんな三人は儲かると小耳に挟んで探索者を始めた。ついでに配信もすればスパチャも入るし収益化できたらさらに美味い。……失敗するかもとか死んでしまうかもなんて考えもしない。
欲望全開で突っ走る美少女三人組がダンジョンでギャーギャー騒いでる珍道中の動画はさして時を置かずしてバズった。特に有名な動画はミミックに喰われるアスミだ。
「それミミックだよ、絶対ミミックだってば!」
「へっ、でもミミック検知器だって絶対じゃないんだぜ?」
「怖い怖い怖い! アスミやめろー!」
「ノキア! あんたって人は自分だけ避難して遠くからー!」
「いでよ、レアアイテム!」
そして上半身を呑み込まれるアスミ。
「あー! あああああああああ! ミミックだったー! たっすけてー!」
「だから言ったじゃんんんん!」
こんな感じの大騒ぎ。いっつもわちゃわちゃしてる三人組の大騒動。バズにバズを繰り返して今では登録者数三百万人を数える国内トップクラスのダンジョン配信グループだ。これがアイドル活動にも波及して去年は念願の武道館ライブを行い、今年の夏にはさいたまスーパーアリーナを満員で埋めた。チケットはプラチナ化して弱小プロは初めての転売対策に追われて炎上もした。
そんな今をときめくトワイスのセンター、アスミは日課のゲーセン巡りをしている。お気に入りのプライズの解禁日情報は確認してあるけどそれはそれとして一期一会の可愛いアイテムとの出会いを求めて秋葉の町をぷらぷらしている。以前メイド喫茶でバイトしてた理由だってメイド服が可愛かったというだけだ。
今は有名になったから一応変装はしている。でもクレーンゲームで叫んでるのであんまり隠れていない。
「あああああ! 悟くんが取れないぃいぃいいいいい! なんでぇ!?」
積み重ねた百円玉が溶けていく。店員に移動してもらうのは邪道だと考える、自力で取ってこそ意味がある派閥の女だ。
三千円分の百円玉タワーが消失した頃……
「店員さん、これ幾ら何でもおかしくない?」
泣く泣くではあるが割りとあっさりと主義主張を変えられる女、それがアスミである。
取りやすい位置に変更してもらった呪術大戦の五条悟の八分の一フィギュアに挑戦しているとスマホが鳴り出す。ゲーセンにいてもわかるように最大音量だ。しかも自分達の歌じゃなくてネピリムのリングトーン・サマーだ。アスミは他のアイドルも大好きなミーハー女だ。
運営からのメールだ。
『先方との話がつきました。コラボの前に一度ミーティングをしたいとのことで三十日の十三時にあちらの事務所で行います』
「あはっ、アリサちゃんノリいい~」
アスミが微笑み、クレーンが推しのフィギュアに掠りもせずにアクリル板の上を掻く。
見る人が見れば何か企んでそうな微笑みだ。しかしアスミは……
「ようやく会えるね、楽しみぃ~」
アスミは、可愛い女の子が大好きなだけのただのミーハー女子だ。
何か企んでるどころかいつも動画を見てる可愛いあの子に会いたいだけというしょーもない女であるのだ。




