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溺れる彼女の掴んだものは……

◇◇◇日高アリサSIDE◇◇◇



 夢見た世界は常に数字を求められる世界だった。定期的にアップロードしているグループの日常を撮った動画の閲覧数が低い、だからどうにか工夫をしろと言われて慣れないネタ動画のようなものにしてみた。

 閲覧数千件を目標にみんなで頑張ってきて、ようやく目標を達成できた時はみんなでお祝いをしたものだ。でも次に出された課題は二千件で、それを告げられた瞬間のみんなの顔は今も忘れられない。心がぽっきり折れた顔をしていた。


「あたしたちならできる、みんなやろうよ!」


 発破をかける自分の声が空虚で空々しいものに聞こえた。それは自分でも無理だって思ってしまったからだ。

 次の挙げた動画が762、その次が642、そのまた次が547と元の低空飛行に戻っていって、たった一度の千件越えがまぐれ当たりでしかなかったってみんな諦めていった。


 これが私達の限界だよ。ほどほどでいいんだよ。今のファンを大事にしよう。……取り繕っただけのみんなの言葉が諦めに聞こえて仕方なかった。

 やがてチーフから現実を伝えられた。何枚もの書類を見せられてそれがあたし達のグループに付いた市場価値で、それは残酷なまでにあたし達の心を責め立てた。あたし達のこれまでのがんばりにはこの程度の価値しかなかったって数字が教えてくれた。


 グループがギスり始めたのはそれからだ。みんな意欲をなくして練習だって集まりが悪くなってダンスにもバラツキが出始めた。

 解散の理由はメンバーの男遊びだったけど、あたし達の心はずっと前に解散に向かっていたのかもしれない。


 夢見た世界は息苦しくていつしかここから逃げることばかりを考えていた。でも解散を告げられた時にもっとがんばりたいという本心に気づけた。……後悔は先にはできないって言った人はきっとこんな気持ちで言ったんだろうね。

 こんなことになるならもっと真剣にやっていればよかったなんて、きっと世の中の人が思ってるありふれた後悔なんだ。


「アリサは自分のセールスポイントをどこだと思ってる?」


「面接の時はいい子が来てくれたと思ったんだ。うちみたいな新興の外資系芸能プロは名前が売れてないせいで募集をかけても集まりが悪いからね、今でこそネピリムのような主軸が育ったけど以前はパッとしなかったんだ」


「だからアリサが来てくれた時は本当に嬉しかった。でも今は君のどこに惹かれたのか思い出せない」


「だから教えてくれ、君のセールスポイントはどこだ?」


「アカリには人を惹きつけて離さない傾国のように危ういカリスマがある。ヒカリは人に愛される温かい魅力がある。ルカには絶対的な歌唱力がある、それこそ百年先でも歌だけでも残り続けるようなアイドルという枠に収まらない存在感だ」


「教えてくれ、君は何を持っている?」

「僕にはあの日感じた君の輝きがもう見えないんだ」

「教えてくれ、僕らがプロデュースするべき君の武器について。……何もないというのなら、君がこの世界で戦っていくのは難しいと言わざるを得ない」


 そんなもの自分の方が教えてほしい、そう言いたかった。

 でも言えなかった。これは最後の宣告に等しくて、これを言ってしまえば自分には何もないと言っているようなものだって……


 いや、事実としてアイドル日高アリサには何もないのだ。可愛さも魅力もトークを面白くする技術だって持ってない、ただの落ちこぼれのアイドルだ。



 ―――先輩、このままでいいんですか?



◇◇◇日高アリサSIDE◇◇◇



「いらっしゃいませー!」


 いつものように声を張り上げてから気づいたのはそれが知り合いであることと羞恥心だ。アカリとヒカリ、長く大変な下積み時代をたった一年で駆け抜けて大スターになった一個上の先輩。

 ヒカリ先輩は面倒見のいい人であたし達養成所の後輩の面倒を見てくれる優しい先輩。

 アカリ先輩はあたし達の憧れだ。ARCに所属するアイドルの頂点で前だけを見て突き進んでいく、近寄りがたくて遠い、遠くから見ていることしか許さない先輩。


 二人ともすごく綺麗だしステージの上では輝いているけど……これは嫉妬だ。


 先に売れていった二人に対して自分は未だに下積み中で、八百屋でアルバイトをする姿なんて見られたくなかった。それだけのこと、自分の小ささだ。


「先輩方こんばんは、もしかしてお夕飯の買い出しですか?」


 こんなことは恥ずかしいことじゃない、そんなふうを装って声をかける。


「今日は寒いからお鍋なんていいかもしれませんよ。春菊に白菜、そしてここにチゲ鍋の素ぉ~~」

「お話があるの」


 心臓が飛び跳ねるとはこういうことなんだと思った。

 危ないことはやめろ、一生懸命やっていれば必ず報われる日は来る。……何度も聞かされてきた正しいお説教をまた言わせてしまうのかと思うと泣きたくなる。


 言う方も辛いし、言わせているのはあたしだ。何より先輩の言葉はあたしには響いて来ない。

 すでに売れている人の吐く綺麗言は余裕のある人の言葉だ。危ないことはやめろって言うけどあたしにはもう危ないことに手を出すくらいしか打てる手がないの。一生懸命やっていれば必ず報われるって言うけどそれはいつ? あたしにはもう奇跡を信じて待つ時間もない。


「そう緊張しないで、私から話があるってわけじゃないから。話があるのはこの子」

「梟介……」


 入店してきた執事服のハンサム君はいつになく真剣な顔つきをしている。

 すごく真剣な顔つきだ。怖いくらいだ。こんな顔はまるで―――


「先輩、今日はアリサ先輩に思いのたけを伝えに来ました!」


 告白!?

 突然の展開に午後五時半の八百屋が震撼してる。こんなの夕飯の買い出しに来た奥様方の餌だよ! てゆーか姉同伴で告白って何かおかしくないかな!?


 梟介が詰め寄ってくる。絶対に逃がさないという強い意志を感じる。


「きょっ、梟介、落ち着いて! そういうのはせめて人のいない場所で!」

「先輩はどう考えてるか知りませんがね、先輩の良いところは面倒見のいいお姉さんぶったところ―――」


 胸ぐらをねじりあげられてしまった。


「じゃない! 滑り倒してるいじりキャラは単純にウザいし金欠のくせに無理しておごってたのも真相を聞いて正直腹が立ちました、自分の首を自分で締めるとかバカなんですか!?」


 怒涛の批判の嵐だ。ちょっと壁のある大人しめの後輩男子からの非情のディスりに思考が追いつかない。批判を受け入れるどころか未だに告白じゃないの?という地点で止まっている。


「自分からキャラ変して迷走してんじゃねえ! 競争社会で他人メンバーの世話焼いて自分から沈み込んだくせに何の反省もなく俺相手に自爆しやがって! いいか、よく聞け、あんたの長所は持ち前のド根性だろうが! 根性しかねえなら脇目も振らずにつっ走るぐらいの覚悟は見せやがれ!」

「梟介……」


 思考は追いつかない。追いつかないけど言いたいことだけはある。


「あんたけっこう言う時は言う方だよね……」

「必要だと思ったから言いました!」


 先輩からは危険だから辞めろと言われ、後輩からもディスがひどい。全部自分の情けなさが原因だと思うと嫌になる。


「ごめんね色々言わせちゃって、それで話はガイドを辞めたいってことでいいのかな?」

「今ので先輩がマジのばかだってわかりました」


 感想は二つ、こいつけっこう猫かぶってたんだなあっていうのと、怒るべき時にはきちんと怒れる子だったんだなって感心だ。


 自己主張が苦手な人は色々見てきた、自分もそうだから。変な見栄や意地を張ったままここまできてしまった。

 そして自己主張ができないでいると貧乏くじを引かされる。彼も自分と同じタイプだと思っていたけどこの分なら大丈夫そうだ。もちろん手法はもう少しスマートにした方がいいけど。


「じゃあ何?」

「デート券、十回以上あるはずですよね?」


 刹那思ったのは身の危険だ。十回分まとめて無茶な要求をしてきそうな気配が今の彼にはある。何しろ被っていた猫の皮を捨て去った狼くんだ。


「……最後にやらせろでオーケー?」

「ばかだろ先輩。ダンジョン配信をやりましょう、明日から十日ぶっ通しで!」


 本当に思考が追いつかない。

 彼は本当に何がしたいのだろう? ……どうしてこんなダメな先輩の世話を焼いてくれるのだろう? わからない。

 わからないけど梟介は思わず見惚れるくらいのイイ笑顔で言い切る。


「拒否権はありませんよ、十日間で先輩をリンネやトワイスに負けないくらいの有名配信者してみせますからね!」 


 彼の差し出した手を取ったのは言葉が心に響いたからじゃない。言葉なんて嘘も真実もあいまいなものじゃなくて、ただ心のワクワクのままにやってみたいと感じたからだ。


「言っておくけどきついですよ。根性のない奴だと逃げ出すくらいの大変さですからね」

「いいよ、やろう!」


 求められるものが根性だけなら上等だ。大変なだけなら望むところだ。

 溺れるあたしの掴める藁がこれが最後だっていうのなら、藁を掴んだまま泳ぎ切ってやる!

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