誰がための……
結局夕飯というか夕飯へのつなぎの間食は諦めて帰宅を決めた。家までほんの数十分だ。魔界でゲリラやってた頃に比べたら全然問題ない。何しろ魔族の屋敷を襲撃しないと食事が手に入らない環境だったから、あれは砂漠のオアシスだった。オアシスを襲撃して虐殺からの略奪を行うのだ。俺は悪魔か。
帰りの電車内では動画を探している。先輩の解散したグループの名前だけは聞いていたからすぐに見つかった。
DO-TUDAに転がっていた動画はライブ映像だ。ブルーな衣装を着た先輩とメンバーが壇上に駆け上がってきた。
「へえ、思ったよりもきちんとアイドルやってたんじゃん」
挨拶のパートがあり、客いじりもあり、まぁほとんどアイドルがアイドルをいじってるんだが。そしてライブが始まる。……俺はまぁ何とも言えない顔でそいつを見聞きしてるよ。
「……先輩、あなたの理想は誰でそれをどこにやったんです?」
ステージで舞い踊る先輩はいつもの嘘くさいお姉さん面を張り付けたままだった。
「それはアイドルの顔じゃないだろ……」
家に帰ってからもライブの動画を古い方から順に見ていった。デビューは二年前。高校進学と同時。メンバーは中学生が中心で中には小学生もいた。最年長でメンバーのお姉さんってわけだ。
みんなをリードしていじったりからかったりする役回りが多かった。……自分が一番年上だからしっかりしなきゃとか意味不明な責任感がみえみえだ。
自分から引き立て役になったって仕方ないだろ。そりゃあ他のメンバーはアイドルなんだろうが先輩、あんただってアイドルなんだよ。賑やかしなんかじゃないんだ。
気づいたら夜が明けていて、俺は無言でベッドに入った。
◇◇◇◇◇◇
二度寝ならぬ明け方の就寝から二時間後、コール音をがなり立てるスマホを手に取る。姉さんからだ。その文字を見た瞬間に眠気が全部吹き飛んだ。
正座をしてから通話ボタンに触れる。きっと声を聴いた瞬間に俺は今日を生き抜く英気を手に入れるであろう。
「はい、梟介です!」
「あ、梟介くん?」
「ヒカリン!?」
なんで!? どうして!!? ファン感謝DAYパート2!?
なおもスマホからヒカリンの声が聞こえてくる。俺はすでにパワー全開だ。
「じつは撮影が中止になっちゃってさー」
「撮影ですか?」
「ドラマのー」
なんと、ネピリムが銀幕デビューするのか!
いやドラマはすでに何本かやってて全部見てるしドラマは銀幕じゃなかったわ。つか姉さんそんな重大情報なら事前に教えてくれてもいいじゃん。
「えっと、撮影が中止ってどうして、事件ですか?」
「事件と言えば事件だね。監督のお母さんが危篤だっていうんで秋田に急遽帰っちゃったんだ」
すみません、それは俺の中では事件ではないです。
しかしなぜ俺に掛けてきてくれたのだろう?
「それで今日はオフになっちゃったんだ。だから以前約束したアレ、今日にしない?」
「アレ……それはつまり?」
わかっている。俺はすでに理解している。だがその事実を彼女の口から聞きたいという願望もあるのだ。察しの悪い奴だと思われたってかまわない。
「ほらアレ、デート権」
「勝った!」
今この瞬間俺はこの星の頂点に立ったのだ。ネピリムの三人は宇宙の頂点で優勝だ。姉さん、不肖逢魔梟介本日大人になります!
「勝った?」
「優勝です、俺が優勝したんです!」
「……喜んでくれるのは嬉しいんだけど一旦おちつこ? 深呼吸をしよう、はい、吸ってー、吐いてー」
電話だけでこの幸福度だよ。デートなんかしたら俺は死んでしまうかもしれない。
でもヒカリンとのデートで死ねるなら俺は本望だよ。墓石にはヒカリンラヴと刻んでくれ。
「そっ! それで、どこに行けばいいんでしょう!?」
「逆に梟介くんはどこに連れていってくれるの?」
エスコートをお許しになられた。
大丈夫、大丈夫だ、俺はこの日のために様々なデートプランを脳内シミュレートしてきた。
今をときめくネピリムのヒカリンをエスコートするべき最適なデートプランを選ぶだけだ。平日、朝の八時、幾多の要素をつなぎわせていく俺の脳細胞が回転する!
「ちなみに、朝食はお召しになられたでしょうか?」
そして―――
平日の朝八時五十分に俺とヒカリンとアカリンはTDOの駐車場で出会う。そう、平日なら客は少なめ。ランドよりもオーシャンの方がさらに少なめ。加えてヴェネチアを模して建造されたレジャーランドの光景が非日常感を演出する。完璧だ、まずは完璧な出だしだ!
マネージャーの黒バンから降りてくる二人の宇宙神を見た瞬間に俺はゴールを決めたサムライイレブンのように快哉を叫ぶ。
「優勝だ! ダブルで優勝だ!」
「姉同伴デートとかがっかりするんじゃって思ったけどアカリの言うとおりの反応してる~」
「梟くんはこういう子なの。……てゆーか寝起きのはずだよね、着替えたり頭を整えたりしてうちから四十分でよく着いたね」
「空を飛んできました!」
比喩表現ゼロで本気で空を飛んできた。俺のチートスキルにはそういう物もある。
そして奇跡の時間が始まる。まずは入場ではなくリゾートホテルの方の朝からやっているレストランに向かう。
南国リゾートふうの庭園を楽しみながら個室で優雅な朝食。完璧なプランニングだ。
「意外なムーブだと思ったけどいいねえ。個室でのんびり食事ができるなんて知らなかったよ」
「ファミリー向けの個室です。防音もばっちりなので気兼ねなく楽しめます」
ちなみに個室は料金にプラスが入る。朝はビュッフェがメインだが通常のメニューも注文できるので人前に顔を出す必要もなく優雅な時間を楽しめるのだ。
で、ここで姉さんから質問がくる。
「なんで防音なんだろ?」
「朝から子供のギャン泣きは聞きたくないという層に配慮してのことかと」
夢のような時間を楽しむために来ているのに子供の声を聴くと現実に引き戻された気がして嫌だ、そういう人もいるらしい。
「さあ遠慮なく注文してください、しっかりと食べて一日の英気を養いましょう」
「エスコートする気まんまんだね?」
「ええ、なので今日はたっぷり甘えていいですよ?」
姉さんの手を取って甲に口づけを交わす。
するとなぜだか姉さんが真っ赤になって爆発した。ヒカリンもだ。
「こ…こいつ、どこでこんな技を……」
「普段が普段だから忘れがちだけどトンデモナイ美形ではあるのよね……」
「今日は普段とはちがう俺を楽しんでいただきたい」
「梟くんっ、その変なモードやめて!」
効果はありそうだ。今日は貴公子モードで攻めてみよう。
と思ったが姉さんが本気で嫌がるのでやめた。見たことないような涙目で俺の首を締めながら首をぶんぶん振り出したので本気でダメみたいだ。
朝食には一時間たっぷり使った。のんびりとおしゃべりをして、食事を摂るだけの何でもない時間が輝いて見えた。俺は今日死んでもいい。
時刻は十時。開場から一時間だ、ちょうど落ち着いてきた頃合いだろう。
「そろそろ行きましょうか」
「まずは何にする?」
「今回は俺に任せてもらいますよ。エスコート役ですので」
デートとは何だろう? アトラクションに乗りまくることか、それとも土産物を探したり美味しいものを食べることか?
否、楽しい記憶を共有することだ。忙しいアイドル家業をもう何年も続けている二人に必要なのは穏やかでのんびりした時間だと俺は思う。前に姉さんが言ってたから間違いない。
アトラクションには乗らずにのんびりと異国ふうのオーシャン内を散策する。人の多いところには近づかずにのんびりと水路の町を見て回る。……まぁ水の都ヴェネチアを模しただけのテーマパークでしかないんだが。
頬を撫でる冷たい風を受けてヒカリンが穏やかに呟く。
「うーん、こういう時間もいいねえ」
「ええ、たまにはのんびりするのもいいですよね」
「やれやれ枯れてるねお二人さん、私はアトラクションにガンガン乗りたい派閥を提唱したいところさ」
「アカリは常に走ってないと死んじゃう生き物だもんね」
「つまりマグロ……」
「おい弟よ例えであっても姉にマグロはやめろ」
「あれ、マグロ嫌いでしたっけ?」
「くっ、変に純粋な弟め……!」
「教えた方がいい?」
「いえ、お二人はそういう発言は控えた方がいいと思います」
「あー! こいつ知ってる! 知ってて!?」
「配慮ですよ配慮、俺は配慮のできる大人の男を目指しているので。とはいえ姉さんの希望もあるのでアトラクションにも乗ってみましょうか、何にしましょう?」
「オーシャンワールド!」
即答だよこの人。よっぽど乗りたかったんだろうなあ。
オーシャンワールドはこの東京ディスティニー・オーシャンを根幹部分とも言うべきアトラクションだ。海賊ロバート・オーウェンが相棒のフェレットと巡る不思議な動物の世界を追体験できる。
空島に住む頭の長い人々。小人の世界。密林に住む野生の男との友情。小さな森に住む熊と海賊の心温まる交流。
童話のような世界を満喫してからこれを皮切りにアトラクションにガンガン乗り始める。この人達は身バレが怖くないのだろうか?と思うほど乗りまくる。
そしてベンチで一休みをしていると、姉さんがうとうとし始めた。
「ようやくマグロが疲れた」
「マグロも寝るんだ……」
逢魔のマグロがヒカリンの肩に頭を乗せて完全に眠った。素晴らしい光景なので写真にしておく。
「アカリがこれじゃあデートはおしまいだね。嫌?」
「いいえ、姉さんも随分と楽しんでくれたようですし俺も満足です」
「そこは嘘でも嫌って言ってくれた方が嬉しいよ」
「恋の駆け引きってやつですか。すみません、普通に答えてしまいました」
「ふふ、アカリと仲がいいんだねえ」
ヒカリンがアカリンの頭をポンポンと撫でながら言った。可愛すぎて好き。
「こいつね、君とのデートって言ったら無理やりついてきたんだ。私に取られちゃうのが怖かったのかもね~」
どうせ取るつもりなんてないでしょうに、なんて指摘するのは間違えたばかりの回答をなぞるような答えになるか。
彼女達は恋人を作らない。それはファンへの裏切りだから彼女達は望まない。姉さんがついてきてくれたのだって構図を整えようとしただけに違いない。姉の友人と弟が一緒にいれば邪推される、でも姉と弟と姉の友人がテーマパークに行ったのならそれは普通に遊んでるだけだ。
姉さんはこれでそういう配慮や心象を気にする人だ。そういう鉄壁さがなければアイドルを何年も続けてこれたはずがない。
「……アカリから軽くは聞いてるけどアリサに随分と付き合ってくれているんだってね」
「本人の希望でしたので。不味かったですか?」
「ううん、不味いことなんて何もないよ。私が勝手に心配してて、あの子はそれでも振り払って前に進んでいくだけだもの。足を引っ張るつもりなんて全然ないの」
ヒカリンがそうじゃなくてね、なんて前置きしてから封筒を差し出してきた。
かなり分厚い封筒だ。握手券なら百枚は入ってるに違いない厚さだ。俺はおカネなんかよりも握手券の方が嬉しいがたぶんこれは握手券ではないのだろう。
「これ私からのお礼ね、私からの変なお願いに律儀に付き合ってくれてありがとう」
「いえ、結局付き合うと決めたのは俺の方ですしお礼なんてそんな……」
封筒は受け取らない。
「それにアリサ先輩からも報酬はきちんと受け取っています。ヒカリンはどうかお気になさらず」
「そーなんだ。やっぱりデート券で?」
「……心外だな、これでも熱心なネピリムファンのつもりなんですよ、他のアイドルに現を抜かしたりはしませんよ。きちんとお金で貰っています」
「そっかそっか、アカリが貪欲さが足りないって心配してたけどきちんとプロの仕事をしているんだね。でもあの子が出せる額なんてそう大したものじゃあないだろうし、これも受け取ってよ」
???
実家の太い先輩が大した額も出せない?
「いえ、きちんと毎回五万を貰っていますが。それどころか待ち合わせのカフェ代やお昼代も出していただいています」
「……無茶しちゃってまあ」
ヒカリンが額を押さえての悩ましいポーズをする。セクシーではなく頭が痛いの方の意味だ。
「だいぶ太い実家だと聞いていましたが……」
「あの子ってそうやって強がっちゃうところがあるから。実家とは縁切り中だよ」
なんと!
「あの子の家って堅苦しいというか格式高い家だから宗家の娘がアイドルなんて見世物になるのは大反対で、売り言葉に買い言葉で家を飛び出してきてるの」
あー、なんか親近感わくな。俺とほぼ一緒だ。一応どうにかこうにか妥協点を見つけて手打ちにはしているけど親父もお袋も探索者稼業に冷たい目を向けている。
「こっちに出てきてからは貯金の切り崩しとアルバイトでどうにかやりくりしているの。あの子にとっては五万なんて大金のはずだよ。ちなみに何回くらい案内をしてくれたの?」
覚えていない。覚えていないがおそらくは……
「おそらくですが十回以上は」
「そっか、それだけダンジョン配信に賭けてるってことか。ごめんね、厄介な仕事に付き合わせて」
ヒカリンは言った。面倒事に付き合わせてごめんね。君の優しさを考慮せずに依頼なんてしてごめんね。あの子の決意を甘く見た私のせいだからごめんねってそう言った。
今にも泣き出してしまいそうなヒカリンを見つめながら俺は……




