逢魔梟介はアイドルオタクだ
逢魔梟介はかつて勇者だった。とあるファンタジー系の異世界に召喚された四人の勇者の一人で、魔王と呼ばれるでかいドラゴンを倒さないと元の世界に帰してくれないテンプレ展開に放り込まれた可哀想な中学二年生だった。
あれは忘れもしないネピリムのハーフアニバーサリーライブ当日だったよ。夕方からのライブなのに朝から家を出てさ、駅前の踏切があがるのを待ってたら飛ばされたよ。ひどいタイミングだ。召喚するにしてもあのタイミングだけはなかった。百歩譲ってせめてライブの帰りであってほしかった。……推しのライブ当日に召喚されたドルオタの気持ちを察してくれ。なんで今なんだよこんちくしょう!って泣き叫んだよ。
召喚された俺はまぁ随分と荒れたよ。勇者なんて呼べる存在じゃなかった。命令無視は当たり前、他の勇者には噛みついて、苛立ちのすべてを敵味方問わずにぶつけまくった。そうすれば見放してワンチャン地球に帰してくれねえかな~って甘えた考えもあった。
しかし人の王は非情の合理主義者で人類はかなり切迫しており俺のようなどうしようもない破壊魔でも見捨てようとしなかった。
そして俺も悟った。これは何がなんでも魔王を倒さないと帰れないなと悟り、夏乃くんの説得を受け入れて四光勇者に合流したよ。彼には本当に頭があがらない。俺も大概だったが他の勇者も心底ひどい性格をしていたのに夏乃くんがあの溢れんばかりのカリスマと口の上手さと包容力で全員に首輪を嵌めたのだ。彼は勇者ではなく聖人とかそんな存在だった、それか三匹の狂犬の飼い主だ。
まぁそんなこんなで魔王ドラゴンを倒して地球に戻ってきた俺は―――
◇◇◇◇◇◇
どんどんどんと肉体にまで影響を及ぼす特大のドラムビートが日本武道館に鳴り響く。大歓声を発する15000の観衆が我らの声で召喚せんとばかりに益々声を張り上げる。天井から降り注ぐ色鮮やかなライトが乱舞し、それでもまだ足りないとばかりに出てこない主役たちに我らはさらに声を張り上げる。
俺はそんな15000のモブの一人であり勇者時代はライフルで戦っていたが今は二本のライトセーバーで戦っている…いや振り回してる。
主役不在のステージに歌声が響き始めた。いつの間にかステージに現れた青い衣装の少女が独唱を張り上げると観衆の声はもはや怒号のように強くなった。
走ってきたアイドル衣装の女性がジャンプでステージに駆け上がり、独りの声は重なりデュオとなり、トリオとなった。
どこだ?
スポットライトが空中に集まる。三日月を模したゴンドラにまるでぶらんこのように腰かけるアカリンの姿を見た瞬間に俺と観衆の熱狂が爆発した。ライトセーバーも大張り切りだ!
「うおおおおお! アカリーン、アカリ―――ン!」
死ぬような想いをしてまでドラゴンを倒した苦労なんてこの感動に比べれば屁でもないぜ。
やっぱりネピリムは最高のアイドルだ!
◇◇◇◇◇◇
ライブは最高の出来だった、文句のつけようもない、最後には感動のあまり泣いていたんだが他人から指摘されるまで気づけなかったよ。
ライブの後はファンクラブの中でも気の合う奴らとファミレスに直行して感想戦。それと物販で買い漁ったCDのおまけのネピリムのメンバーの描かれたカードの交換会。この面子は推しの面子が被っていないので交換が捗る。むしろ当初は交換を目的に集まった同志たちだ。
最後にカラオケでネピリムの曲をファーストシングルから全曲歌いまくって解散する。これがルーティン! そして流れるように終電前解散!
日曜日だというのに終電は込み合っていて疲れ切った日本のおじさんたちが鞄を抱えている。日曜日とはいったい……
他にも場違いなファンタジー系な武装をした連中も乗り込んでいて終電なのにでかい声で本日の戦果をしゃべり合っている。これが今の日本だ。
ふと電車内の吊り広告に目を向ければ探索者を募集する大手プロダクションの広告が並んでいて、アイドル探索者のナントカさんが『私と一緒に探索者デビューしよ』なんて言ってる。
液晶モニターから流れてくる音楽やコマーシャルもさっきからずっと探索者関連だ。これが最近の日本の、いや全世界的なトレンドになっている。
俺が異世界に召喚されている間になぜか地球にダンジョンができていたのだ。謎だ、謎の事態だ。
異世界で過ごした三年という時間は長かった。そして時間の重みは等しく日本にも降りかかっていて、同中の同級生たちは年が明ければ高三だ。淀川なんかは高校に通いながら探索者やってて驚いた。出来婚で一児の父になっていた同級生にも驚いた。久しぶりに再会した両親の頭髪に白髪が増えていたのにも驚いた。……まぁそれだけ心配をかけたということだろう。
何よりも驚いたのは推しのアイドルグループが三年の間に大ブレイクしていて全国ツアーの締めに日本武道館を埋めるような成長を遂げていたことだ。その成長を最初から見守れなかったことが悔やまれてならない。この驚きに比べれば日本にダンジョンができたくらい大したことではない。……嘘です、初めて聞いた時は変な声が出ました。
新都心エアトレインの品川駅から降りると駅前はすでにひっそりしていた。十月の夜風はかなり冷たく、寂しい町明かりもあいまって帰路は静かなものだ。やや遠回りになるが緑ヶ縁公園をつっきるルートを通って帰宅した。
商業施設付きの高層ビルの2208号室。ここが俺と姉さんの住まいだ。カードキーで施錠を外し、玄関の扉を開けば生活音が聞こえてくる。具体的に言えば洗濯機の音だ。どうやら俺の方が遅い帰宅になったようだ。
靴を脱いでるとリビングから姉さんがひょいっと顔を出した。いつ見ても麗しいアカリ姉さんだ。
「梟くんお帰り。遅かったね?」
「ただいまかえりました。姉さんの方は早かったようですね」
「打ち上げはささっと済ませたよ。みんなも疲れていたしね」
そりゃあ全国ツアー最終日だ。メンバーさんの疲労も相当だろうな。
山口県から始まった約一か月に及ぶ全国十三か所弾丸ツアーを終えたばかりだというのに疲れた様子も見えないアカリ姉さんはさすがだ。ライブの時とは違って随分とラフな格好をしているがオーラは微塵も衰えていない。俺がアンデッドだったなら浄化されてしまうほどのオーラだ。
ハーフパンツとタンクトップ姿の姉さんはヨガでもやっていたのだろう。リビングにはヨガマットが敷いてあった。
「ほい、駆けつけ一杯」
「紅茶?」
「白湯、深夜にカフェインは出さないよ~」
たしかにコップの中身は透き通っている。ウォーターサーバーが大活躍だ。
姉さんは体に入れる物の成分には厳しい女性なので我が家では滅多なことでは健康に良さそうなものしか出てこない。それでもたまにコーラを飲みたくなるらしい。謎だ。アカリ七不思議の一つだ。
「姉さん、今日のライブも最高でした」
「そ、ありがと」
尊く微笑む姉さんの御姿に俺は落雷に打たれたように震えていた。
あの異世界は本当に最悪で何度も諦めかけたけど、それでも絶対に帰るのを諦めなかった。もう一度姉さんに会うまでは死ねないって歯をくいしばってあがき続けてきた甲斐は9999%ある。
大人気アイドルグループ『ネピリム』のセンター・アカリの弟、それが異世界での名誉や栄達を放り捨てて地球に戻ってきた俺の立ち位置だ。何一つとして後悔していない!




