悪役令嬢ですが処刑ルートを回避出来なかったので、処刑場で頑張って粘ります
喧騒がやけに遠く聞こえている。広場は人で埋め尽くされ、彼らの目はどこか血走っているようだった。
これから起こる見世物を心待ちにしているのだ。
即ち、私の処刑である。
私の横で判事が巻物を広げる。彼は勢い良いく息を吸い込み叫んだ。
「カミラ・グラーツ公爵令嬢。貴殿は王家への反逆罪により、本日正午をもって処刑に処す」
群衆の間にどよめきが走る。
「お前がこんなやつだとは思わなかったよ」
そう声を掛けてきたのはハインリヒ・ツェッペリン。この国の第三王子であり、私の「元」婚約者。処刑が言い渡されるに当たり、婚約を破棄されていた。
そして彼は、ある女と結託して私にいわれのない罪をかぶせた張本人でもある。
「ああ可愛そうなカミラ様。出来ることなら助けてあげたいわ。でも罪は償わないとならないのです」
ある女とはこの、私に同情するふりをしてほくそ笑んでいるカロリーネ・ヴァロワのことである。この世界……乙女ゲーム「フォンテーヌストーリー」の主人公だ。
悠長に人物の紹介をしていられる状況でもないかも知れない。
私が人生を諦めていれば、自撮りをインスタに写真を投稿して
#斬首 #ギロチン #平将門系女子
とかハッシュタグをつけてマウントを取るところだけれども、残念ながら私はまだ死にたくない。
このままでは私の首が飛んでしまう。飛ぶのはスパゲッティの化け物だけで十分だ。私は目の前に、まるで聳え立つようなギロチンを眺めながら、どうしてこうなってしまったのだろう、と考えていた。
私は田中美羽という日本人だった。かっこよく鉄板の上のお好み焼きをひっくり返そうとした際、勢い余ってお好み焼きが顔面に張り付いたショックで死んだ。
というのが、ドジっ子メイドに、ホールケーキを顔面にぶつけられた際に取り戻した、前世の記憶である。そして同時に、この世界が乙女ゲーム『フォンティーヌストーリー』の世界であり、自分が主人公をいじめる悪役令嬢だと気付いた。
カミラ・グラーツ公爵令嬢17歳の時であった。
私は顔面に張り付いたケーキを口に運びながらも、強烈に焦った。
何故ならば、ゲームの中の悪役令嬢カミラは、どの選択肢を選んでも、必ずバッドエンドを迎えるからだ。王子と結婚しても死刑。主人公に王子を取られ、婚約破棄された際も死刑。
主人公が、王子以外の攻略対象を選んでいても、なんやかんやで死刑になっている。
そんなオチ要員みたいに死刑されるカミラはたまったものではない。
制作陣はカミラに親でも殺されたのだろうか。
しかしそんなことを言っても仕方がない。どうにかして死刑を回避する方法を考えなければならない。カミラが処されるのは、どのルートでも19歳の時。あと一年と半年ほどしか時間は残されれていなかった。
誠に遺憾ながら、私が前世の記憶を思い出した時点で既に、ハインリヒ第三王子と婚約していた。
婚約した私には、このままハインリヒ王子と結婚するルートと、婚約破棄されるルート(ヒロイン目線の正規ルート)が存在する。
婚約破棄されるルートでは、怒り狂ったカミラが二人を毒殺しようとして死刑になる。また結婚するルートでも、他国に我が国の情報を売り渡していたという、国家反逆罪で死刑になる。
ならば逃げるという選択肢も考えたが、思いとどまった。イレギュラーな行動をすれば、予想外の結果が考えられる。ここはどんな分岐ルートを辿ってもカミラが死刑になる乙女ゲームの世界。私がイレギュラーな行動をしようと、結局死刑になってしまうのではと思われた。
それならば、このままハインリヒ王子と結婚するルートを進む方が、死刑の罪状が分かっている分、回避もしやすいと考えた。
単純に言えば、罪を犯さない。そして罪を疑われるような行動をしなけれ良い。
そうと決まれば、レッツ異世界ライフ。
と、お気楽にいかないのがこの世界だった。
どうやら王子は私のことが嫌いらしかった。挨拶をしても無視されるのは基本。舌打ちが無料で付いてくることもある。
しかも、彼は私の前でもヒロインのカロリーネといちゃこらしている。
カロリーネは伯爵令嬢。どうやらカロリーネは私が王子と婚約した後に仲良くなったらしい。王子も酷かったが、カロリーネは輪を掛けて陰湿だった。
王子の目の届いているところでは良い子として振舞い、居ないところでは私への嫌がらせを怠らなかった。ある意味お似合いのカップルと言える。
ゲームの中だと、こんなに性格悪くなかったよね……?
本来ならこんなところ、さっさと離れたいのだけれど、それは死刑を回避してからだ。命が一番大事だもの。
そして、もう一つおかしな事があった。王宮内で、私を唆してくる者が何人もいることだ。
ある者は同情するふりをして毒殺を勧めたり、ある者は隣国に亡命して、国の機密情報を売らないかと言った。
恐らくゲーム内のカミラは、こうした誘いに乗ってしまったのだろう。あれだけ冷たくされていたのなら気持ちは分からないでもない。
けれど私は首を縦に振らなかった。扇風機みたいに首を横に振り続けた。
断っていれば、私は死刑を回避できるはずだ。
そう、思っていたのだが……。
半月ほど前。突如として私は拘束され、自室に軟禁された。
聞くと、私がアルガルド帝国と通じ、軍事に関する重要な情報を漏洩させている疑いがあるというのだ。その他、カロリーネをイジメていただの、王子を毒殺しようとしただの、いわれのない罪がふんだんにトッピングされていた。
我がグラーツ領はアルガルド帝国と領土を接している。そこの公爵令嬢だとすれば、重要な情報を知りえる立場でもある。他人からすれば、私がそういう行為を出来る地位にいるし、してもおかしくないと映ったかもしれない。
寝耳に水であり、濡れ衣だった。
確かにそういう誘いはあったけれど、私はその都度突っぱねてきた。
では何故、私が疑われ、軟禁されているのか。
王子が私を邪魔に思って、消そうとしているからに他ならない。そして気付く。私を誘惑してきた者達は、王子に雇われていたのだと。
けれど私が幾ら唆しても乗ってこないものだから、強引に濡れ衣で処刑しようとしているのだ。
裁判はまさに茶番だった。
証人も弁護人も裁判官も、全て王子の息のかかった人間。形式的なことを数時間やって、はい処刑。と、まるでランチを決めるような軽いノリで死刑になった。
で、今断頭台の前に立たされてるってわけ。
聴衆のざわめきがうねりのように押し寄せてくる。
「みんなー! 今日は私のために来てくれてありがとー! ギロチン系アイドル・カミラだよー!」
ってなるかーい。みんな私が処刑されるところを見に来ているのだ。悪趣味である。悪趣味な人間がこれだけ凝縮しているのだから、負のエネルギーが充満していることだろう。逆パワースポットだ。藁人形とか打ったらめっちゃ効きそう。
いや、余計なことおを考えている暇はない。あと少しで私の首が飛ぶ。
私にはまだやり残したことがある。お好み焼きを上手にひっくり返せるようになるとか、カスタネットの独奏で武道館ライブをするとか。
今私に出来ることは何だろう。私は曇った空を見上げて考えた。
何度考えても、一つの結論に達するだけだ。
それは粘る事。粘って粘って、何とか処刑を遅らせることだ。
私はこの場に無策で来たわけではない。処刑が免れなかった時のために取っておいた、取って置きの切り札がまだ残っている。
だからこそ、最後まで諦めるわけにはいかない。
「最後に何か言い残すことはあるか」
王子は冷淡に、私に聞いてきた。
「私はやっていません! 本当です! 信じて下さい!」
私は今更ながらオーバーに叫んだ。助かるためには、王子の気を少しでも処刑から遠のかせる必要がある。これから彼との会話で、それを実行する。
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「ふん、今更命乞いか? お前は国家反逆罪で死刑だ! もう覆らない!」
「そもそも国家反逆罪とは何ですか! 新しいお祭りですか」
「そんな物騒な祭りがあってたまるか」
「そうですか。死刑は逃れられないのですね。なら最後に私のお願いを聞いて下さい」
「それは頼みによるが……何だ?」
「最後に……うどんが食べたいです」
「お前よくこの場所で食欲湧くな。だが駄目だ」
「え、だってここに麺を切る機械があるじゃないですか」
「それは首を斬る機械であって麺を切る機械ではない!」
「それに、このギロチンは私の推しのギロチンじゃないので嫌です」
「ギロチンに推しとかあるの?」
「私のお気に入りは、地方都市ハレンで稼働している摩璃嗚です」
「ギロチンにキラキラネームを付けるな!」
「あと、最後に遺書を書きたいです」
「良いだろう。紙とペンを用意してやる」
「あ、いらないです」
「何故だ」
「王子の顔面にタトゥーとして彫るので」
「遺書を俺の身体にタトゥーで彫ろうとしてるの!? そんなことさせるわけがないだろ」
「お願いします! 一文だけ! 『僕はイクラの末っ子です』て彫るだけですから」
「全然遺書じゃないではないか! シンプルに俺への嫌がせだろ!」
「ではこれから遺言を残すので誰か代筆してください」
「分かった」
「拝啓、お父さんお母さん、いかがお過ごしですか? 天気はどうですか? こっちはもうすぐギロチンが降りそうです」
「雨が降りそうみたいに言うな」
「お父さん、今も変わらず寒がりなんですか? 私が送った羊、ちゃんと世話して、時期が来たら毛を刈ってセーターを手編みして暖まっていますか?」
「何で素材だけ送るんだよ。セーター送れば良いだろ」
「お母さん、今もあの男とは続いているんですか?」
「な、なんだ、不倫? だとしたら父親が読んでいる手紙に書くべきでは無いのでは」
「続いてるんですか? テニスのラリー」
「いや、だとしたら続き過ぎ! メンタルも肉体も鋼過ぎる!」
「お母さんはもう生身の身体ではないのだから、メンテナンスはこまめにしてね」
「本当に鋼の身体である可能性が出てきた!」
「あと、山口拓郎は元気ですか」
「急に和テイスト強めの名前が来た! 誰だ拓郎って!」
「ペットです」
「ペットだった! ペットにフルネームで付けるやつ珍しいな」
「ちゃんと拓郎にエサを与えていますか。火曜と金曜に」
「なんで生ゴミ出す周期と同じなんだよ! 餌やる回数少ないだろ」
「山口拓郎は今も父さんと肉体を共有していますか?」
「どういうこと!? 拓郎はお父さんの別人格か何かなの!?」
「拓郎です。今もお父さんと共にあります今、お嬢様身体を借りて会話しています」
「なんか拓郎出てきた!! 急にイタコ芸始まった!」
「そして今もお母さまとのラリーは続いていますよ」
「テニスの相手お前だったのかよ!!」
「話を戻します。皆さんお元気で。最後に王子へお願いがあります」
「俺への?」
「私は王宮の噴水が大好きでした。だから私の首は噴水の前に晒してください」
「治安悪すぎる!! 王宮が一気に蛮族のアジトに見えてくる!」
「噴水の前が駄目なら王子の部屋でも良いですよ」
「もっと嫌だよ!!」
「私の首は、デフォルメデザインして、王宮のマスコットキャラクターとして採用してください」
「生首のマスコットって呪いの象徴みたいになるだろ! いい加減にしろ、お前は死刑だ!」
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その時、聴衆の中から悲鳴が聞こえてきた。
あれだけ所せましとぎゅうぎゅうだった聴衆たちが二つに割れている。
広場の真ん中を、鎧を着込んだ騎馬兵たちが雪崩れ込んできた。
「な、なんだあいつらは! 殺せ!」
王国の兵士たちが迎え撃とうとするが、全く止まる気配が無い。それどころか、文字通り弾き飛ばされていく。
「ひっ!」
王子の悲鳴が聞こえた。
「カミラああああああああああ! 助けに来たぞおおおお!!!」
先頭の兵士が叫んだ。聞き覚えのある声だ。
「おいカミラ! あれはお前の知り合いなのか!」
「あ、はい。先頭の人が山口拓郎です」
「あれ拓郎なの!?」
「冗談です。本当はスッポン太郎です」
「スッポン太郎?!」
スッポン太郎というのは私がつけたニックネームで、本当はロイ・ファンベルグという名前の我がグラーツ家に仕える騎士だ。私の幼馴染でもある。
ゲームでは、彼はカミラにずっと片思いをしていたが、カミラの幸せを優先したため、泣く泣く王子との結婚を祝福し、彼女を送り出した。
けれどカミラが処刑されてしまうと知ったロイは烈火のごとく怒り、単身王宮に乗り込もうとるも、多勢に無勢で殺されてしまう。
その際100人以上の兵士を薙ぎ倒したといわれる豪傑だ。
悪役令嬢で、悪い事ばかりしてきたカミラにも、思ってくれる人がいるのだった。というカミラの人柄が垣間見えるエピローグでのエピソードだった。
私はロイに賭けてみることにした。
そして無実の罪が着せられた日。私は使用人を通じてロイに手紙を出した。王宮内には数少ないけれど、私の味方になってくれる人が居たのだ。
手紙には「一人ではなく、兵を率いて来て欲しい」という文言を添えていた。
で、今の状況というわけだ。
王子もカロリーネもあっという間に拘束され、私の拘束は解かれた。
「は、離せ! こんなことをしてただで済むと思っているのか!」
「王子、残念ですが、ここに来た騎士たちは後先を考えられるタイプの人間じゃありませんよ」
ロイを含め、兵士たちの目はすべからく血走っていた。彼らは帝国との紛争を幾度となく乗り越えてきた精鋭達なのだ。
警備だけをしているここの兵士たちとは、練度も経験値も、そして血の気の多さも全く異なっている。私が号令を出した瞬間、この場の人間を皆殺しにしかねない。
「た、頼む! 助けてくれ!」
分が悪いと思ったのか、王子は命乞いを始めた。
「王子、さっきまで私のことを殺そうとしましたよね。私がやめてと言ったらやめてくれましたか?」
「そ、それは……」
「何より私は処刑されるような罪を犯した覚えはありません。王子が私に濡れ衣を着せたんですよね」
「わ、悪かった! 謝るから許してくれ!」
「と、王子は仰っていますが、騎士の皆さん、どうしますか?」
するとひときわ大きな、スキンヘッドの騎士が進み出てきた。彼は王子を見つめて舌なめずりをする。
「オレ、コイツ、クウ」
「ひいいいいい! 頼む! 何でもするから命だけは! 命だけは助けてくれ!」
王子は涙まで流している。
「心配するな。彼は細めのイケメンが大好きなだけさ。ちょうどお前みたいな」
ロイが親切に補足説明を入れてくれた。王子は既に空に浮く雲のように顔が青白くなっている。
「そっちのカロリーネさんはどうですか」
カロリーネはびくりと身体を震わせた。
「わ、私は悪くありません! 全て王子がやった事です!」
「何を言っているんだ! 元はと言えばお前の計画だろう!」
二人は言い合いを始めた。必死である。王族がこんな聴衆の前で中々みっともない。斬首よりこっちの方が面白い見世物かも知れない。
「カミラ、どうする」
ロイが振り返って聞いてくる。
私は考えた。こいつらに国民の前で罪を認めさせたところで、無理やり言わせてる感が強いし、どうせ私達は侵略者にしか映らない。意味が無い。
私はギロチンをちらりと見た。
「そうね。じゃあ面倒くさいから二人とも***で」
私は笑顔で言った。
二人の顔は既に死人に近かった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
私達は断頭台を降り、馬を飛ばしてグラーツ領に戻った。
追手は未だに来ていない。こちらにはハインリヒ王子とカロリーネの二人の人質がいる。カロリーネはともかく、下手に手を出せば王子の身が危ないと、あちらは手をこまねているようだ。
あちらがモタモタしている間に、グラーツは隣のアルガルド帝国の皇帝に、主君を鞍替えをすることを決めた。
帝国領になればますます王国側は手を出せなくなる。しかもグラーツ領という守りの要を失った彼らは、一気に苦境に立たされることになるだろう。
これから王国側の出方が楽しみだ。
件の二人だが、結局私は彼らを殺さなかった。人質にするためというのもあるが、前世の平和だった国の倫理観を引き継いでしまっていたという要因が大きい。
では二人は今何をしているのかと言うと……屋敷の庭で草むしりをしている。
うちの庭は広大で、庭師にはかなりの負担がかかる。ちょうど若い働き手が欲しいところだったのだ。
仕事は真面目にやっているようだ。
逃げ出せばどうなるか、二人とも分かっているのだろう。
「王族よりよっぽど向いてるみたいですね」
と声を掛けると、恨めしそうな目で見てくるものの、草をむしる手は止めなかった。ひょっとしたら楽しいのかもしれない。
そして私はロイと結婚することにした。身分は違うけれど、命がけで私を救ってくれた人と結婚出来るのなら、これより幸せなことは無い。
身分よりも、信頼できる人と結婚するのが一番なのだ。
おわり