もがくことの意味
二十代の陽介は、同じ電車に揺られながらも、心はいつも揺れていた。
大学を出て入った会社では、毎日が「正解探し」の連続。周囲の期待に応えることが正しいと思い、指示をこなす日々を続けた。
だが、夜になると胸に小さな問いが沈んでいった。
――これが、ほんとうに自分の人生なのか?
机の上には残業で冷えきったコーヒー。だが、その苦さの奥に、言葉にならない違和感があった。
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ある夜、彼はふと哲学書を開いた。
「人は、生まれながらに意味を持つのではなく、自らの行為で意味をつくる。」
その一文が、胸の奥に火をつけた。
陽介は気づいた。
「正解は外にあるのではなく、自分の行為の中に宿る」 と。
もがきは、自分に嘘をついている証拠ではなく、まだ見ぬ価値観を掘り当てようとする手探りの時間だったのだ。
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それから彼は、迷いながらも大きな選択をした。
安定を手放し、ずっと心のどこかで惹かれていた「人の健康に寄り添う仕事」へキャリアを変えた。
友人たちは驚いた。「もったいない」と言う人もいた。
だが、陽介は笑って答えた。
「もったいないのは、自分を生きずに終わることだと思う」
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新しい現場では、知識も経験も足りず失敗も多かった。
だが、患者の一言に耳を傾け、共に歩もうとする時間にこそ、自分の存在の意味があると感じられた。
陽介はやっと理解した。
「もがくことは、人生に対する誠実さだ。揺らぎの中で見つけた答えこそ、自分だけの価値観になる」
電車の窓に映る自分の顔は、かつてよりも確かに前を向いていた。