3.友情は思ったより悪くない
「そうなんですの? ……だそうですよ、ミケット様、タイヨ侯爵様」
私は慌てて振り返ると、私とジュール様の後ろにミケットとレイモン様が仁王立ちしている。
(ミケットがどうして……。今、何が起こっているの?)
「あら? それはちょっとおかしいわね。私とレイモンは、あなたがレナとダンスをしている時から、ずっと見ていましてよ。ジュール様は、レナや他のご令嬢方に積極的なご様子でしたわ」
「がっかりしたよ、ジュール卿。レナ嬢はミケットの親友だ。僕は君の紳士らしからぬ言動は許せないな。今度、辺境伯であるお父上にしっかり報告させてもらおう」
「まったくですわ。ご令嬢方に現を抜かして、お気づきではないようでしたけど、私も見ておりましたのよ。お父様には、この縁談を即刻破棄していただくようお願いするつもりですの。婚約者を誘わず、他の令嬢を物色するなど――浅ましい、こちらから願い下げですわ」
呆然と立ちつくす私に、ミケットが優しく手を差し伸べてくれた。
「レナ、大丈夫? ジュール様、他のご令嬢たちからもお話は聞いてますのよ。早く北の領地へお帰りになった方が宜しいのではなくて?」
私はミケットに支えられながら、キッとジュール様を睨みつけた。
ジュール様はミケットたちの威圧感に圧されてか、こわばらせた顔をぎこちなく下げると足をもつれさせながら、呆気なく退散してしまった。
「ミケット様、タイヨ侯爵様、ありがとうございます。命拾い致しましたわ。このお礼はいずれどこかで。レナ様も……クズな男のせいで、お気を落とされませんように」
ネリー様はにっこり微笑むと、宴に酔いしれている貴族たちの喧騒の中に消えて行った。
「ミケット……ううっ……どうして、どうして。本当は私のことバカにしてるんでしょう?」
――レイモンが泣き出したレナに何かを言いかけたが、ミケットは静かに首を振る。
「レイモン、少しレナと休んで来ても?」
「ああ、何かあったらすぐに呼んでくれ」
◇
運良く、貴族の休憩室には誰もいなかった。
「レナ、泣き止んで。あんな男のために泣くなんて、勿体ないわ」
「違うわ! 悲しいとか悔しいとかじゃないの! どうしていつも上手くいかないのよ……私の恋は」
ほら、また、ミケットが私を観察しているわ。
どうせ、私が言って欲しいと思うような慰めの言葉をかけるつもりなんでしょ。
「うーん、レナの恋が上手くいかないのは……当たり前でしょう? だって、男を見る目がないもの」
「えっ? 慰めてくれないの?」
予想外のミケットの言葉に、私の涙も急に止まってしまった。
「ずっと言おうと思っていたのよ。だけど、言おうとすると、あなた身構えるから。だから、言われたくない事なんだって分かってしまって。わざわざ、言う必要がなければ言わなくてもいいでしょう」
「じゃあ、どうして今、言ったの?」
「だって、今までは何も無かったけど、今日は危なっかしかったから」
そう、これがミケットなの。
いつの間にか忘れていたわ。
私より思慮深くて、優しくて、強い――大切な親友。
「あーあ、もう面倒くさいんだから!」
でも、もう私の心の中には、引け目や羨ましい気持ちは無い。
「ルイ・ワイス男爵様の告白、断らなきゃ良かったー!」
「あら、レナから告白すればいいじゃない」
「そんなの……できるわけないわ。あの優しい人を傷付けたのよ」
「ちゃんとレナは分かっているじゃない。それに、私、ルイ様とお友達なの」
私はミケットと宴に戻ると、まだ楽団は音楽を奏で貴族たちはダンスを楽しんでいる。
「さあ、レナ」
ミケットが私の背中を優しく押した。
「あっ、あの、レナ嬢……僕はミケット嬢と友達だけど、あなたと踊りたくてミケット嬢に頼んだんだ。み、未練がましくて、格好悪いかもしれないけど、もし……もし、嫌じゃなければ僕と……踊ってくれないかな?」
「ええ、喜んでお受けいたしますわ! ルイ様、ありがとう。私たち……まだ分からないけど、良い関係になれそうな気がするの」
◇
レナとルイが踊る姿を見て、レイモンが不思議そうな顔をしている。
「彼らは一体何だったんだ?」
「レナもルイも、少し不器用なだけよ」
(ふふ、レナ、気づいてる? あなたなら、貴族令嬢なら誰しもが一度は夢見る――素敵な恋愛結婚、できるかもしれないわよ)
ー Fin ー
この作品は、「それぞれの恋」シリーズの一編です。 以下の順で読むと、登場人物たちの心情やすれ違いをより深く味わえます。
・ミケット・ラキーユ伯爵令嬢の不条理な初恋
・ケビン・シェロー伯爵の気まぐれな恋
・ルイ・ワイス男爵のほろ苦い恋
・レナ・ジュラン子爵令嬢の不器用な恋
※各話は独立していますが、順番に読むと余韻が深まります。
『物語のどこかで心に残る場面がありましたら、ひと言だけでも感想やリアクションをいただけますと、とても励みになります。
感想へのお返事は控えさせて頂きますが、大切に読ませていただきます。
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