2.野心はあって当然
ミケットの様子が落ち着いたのを見計らって、レイモンが口を開いた。
「あの、レナ嬢が踊っていた辺境伯家の令息なんだけど……」
「ええ、とても感じのいい方に見えたけど。ケ……シェロー伯爵様のように令嬢方が放っておかなさそうね」
「いや、うーん、中央の貴族は知らないだろうが、僕は皇室騎士団所属だから彼と合同訓練で一緒になったことがあってね」
「あら、そうなの? 普段は国境を守る家門ですものね」
レナがダンスの後、その辺境伯家の令息と夜の庭園へ向かったことをミケットは気づいていた。
「ジュール・ぺトランと言って、剣の腕は良いが……」
「とても女性にはだらしない……とか?」
驚いたようにレイモンはミケットを見た。
「そんなに驚かないで、見ていれば分かるわ」
レナとダンスをしているジュールは、手はレナの腰や背中をいやらしく撫でていたが、目はフロアで踊っている他の令嬢を品定めしていたのだ。
「だけど、あのレナの目は気づいてないわね。二人で庭園に向かう姿を見たのだけど……」
「えっ? 何だって、僕が見てこようか?」
「本当にあなたって人は……フフ、一緒に行って下さる?」
「ああ、もちろんさ!」
◇
――私もこの方を捕まえれば、辺境伯夫人も夢じゃないわ。
ジュール様からダンスを誘われた時、心臓が飛び出そうなほどドキドキして嬉しかった。
いつもより大胆なデザインのドレスを選んで正解だったわ。
「レナ嬢は本当に楽しい人だ! わざわざ北の領地から来て良かったよ。こんなに魅力的なレディと出会えたのだからね」
(この女、ダンスしている間、ずっとしゃべり続けているじゃないか。まったく、恥じらいの無い女だが……この体つきは、なかなか拝めないぞ)
レナはお喋りに夢中で、ジュールが卑猥な目で自分を見ているとは夢にも思わなかった。
「私も、ジュール様のような素敵な方とダンスをしたのは初めてですわ」
(ジュール様も私のことを気に入っているみたいだわ。私の腰に回した手が熱いもの!)
「レナ嬢、このまま他の方と踊るより、私と庭園を散策するというのはどうでしょう?」
(チャンスよ! きっと上手くいくわ)
ジュールにエスコートされながら、庭園に向かって宴の会場を出ようとした、その時――。
「あら、ジュール様、この夜会に参加されていただなんて。お会いしたかったですわ……先日の縁談をお受けして以来ですもの」
二人に声を掛けて来たのは伯爵令嬢のネリーだった。
「えっと、あの、ネリー様、縁談とは……」
ネリーはスッとジュールのエスコートする手に視線を落とすと、持っていた扇子を大きく開き口元に当てる。
扇子の向こうからレナを見つめる瞳には、見下したような怒りの感情が見て取れた。
「ネリー嬢、僕も会いたかったよ。レナ嬢は、ほら、タ、タイヨ侯爵殿と婚約されたミケット嬢の親友だろう? 彼は騎士仲間だから、顔を立てたまでだよ。今、しつこく言い寄られて困っていたんだ」
レナは頭が真っ白になった。
(ひどいわ!)
この作品は、「それぞれの恋」シリーズの一編です。 以下の順で読むと、登場人物たちの心情やすれ違いをより深く味わえます。
・ミケット・ラキーユ伯爵令嬢の不条理な初恋
・ケビン・シェロー伯爵の気まぐれな恋
・ルイ・ワイス男爵のほろ苦い恋
・レナ・ジュラン子爵令嬢の不器用な恋
※各話は独立していますが、順番に読むと余韻が深まります。
『物語のどこかで心に残る場面がありましたら、ひと言だけでも感想やリアクションをいただけますと、とても励みになります。
感想へのお返事は控えさせて頂きますが、大切に読ませていただきます。
よろしくお願いします。』