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後編

 窓から父によって乱暴に放り出されたノクスは、どさりと地面に落下した。

「痛っ……!」

したたかに頭を打ち、手で押さえる。ジンジンと痛むが、それよりも、外に出たことで気づいた。 焦げた煙の匂い。夜だというのに、異様な明るさ。

「え…? 燃えてる…?」

 畑の向こう、村の家々がばちばちと燃えていた。しかも一軒でなく、何軒からも炎が立ち上っている。悲鳴が上がり、村民が逃げ惑う姿が見えた。そして、その中に――ごつごつした鎧を身に着けた兵士らしき影がはっきり見えた。手に持った剣が火に照らされてぎらりと光り、ノクスの心臓がひゅっと縮む。

 兵士なんて町の門でしか見たことがない。何でこんな所にいるのか分からないが、火を消す気配もない。逃げろ、と本能が警鐘を鳴らした。

「…アッシュ!!」

眠気も痛みも吹き飛び、ノクスは家の裏手の厩舎へ駆け込む。アッシュも異変を察知して興奮し、ばたばたと蹄を鳴らしていた。灯りのない厩舎も、遠くの炎に照らされて不気味に明るい。

「大丈夫、大丈夫だから……」

震える手でアッシュをなだめながら、自分にも言い聞かせる。鞍を着ける時間も惜しく、頭絡だけを装着すると、「行くぞ!」と声をかけてまたがり、外へ飛び出した。


 大して時間は経っていないはずなのに、火の勢いは増していた。距離があるのに、熱が肌に刺さる。家からさほど離れぬ内に足が止まり、「どうしよう、父さん…」と無意識にこぼして、後ろを振り返る。

 振り返ると、家の玄関から父が母を背負い、祖母が後ろから付いて出てくる姿が見えた。その姿にほっとして、踵を返そうとした。

 ――暗闇から、母を背負った父の前に、影のように大柄な兵士が現れた。兵士は大きく腕を振りかぶり、一瞬だけ、ぎらりと残光が見えた。どさりと父が倒れ、背負われていた母も一緒になって倒れる。母が「ボッシュ!!」と叫ぶと同時に、祖母が二人に覆いかぶさるように腕を伸ばした。

 大柄な兵士の後ろに控えていたらしい数人の兵士が、いつの間にか母と祖母の前へ現れて、間髪入れずに母と祖母を剣で刺し貫く。父と母、祖母は折り重なるような形のまま、動かない。

「……え……?」

 その呟きが聞こえたかのように、大柄な兵士の顔がノクスへ向いた。顔は面頬のせいで見えないが、その奥から向けられる冷たい視線に、全身の毛が逆立つ。

 ひいいっ! とアッシュが甲高くいななき、その声にハッとしたノクスが合図するよりも早く、アッシュは畑の方へ走り出した。

 燃える家々のそばには、ごろりと横たわる黒い塊があった。倒れた村人だ。そう分かっても、止まるわけにはいかない。アッシュよりずっと大きい馬に乗った兵士が何人も、「逃がすな!」と怒号を上げて迫る姿が横目に見えた。口から心臓を吐き出しそうだ。爪が食い込むほど手綱をきつく握って、駆け抜ける。


 この村は丘陵地にあり、すぐ背後に川が流れている。拓けている方向には兵士たちの姿があり、そうなると川を越えるために、逃げるには橋を渡るしかない。藁にもすがる思いで、村の端に架かる小さな橋へ進路を向ける。兵士と火の間をすり抜ける途中、「助けて!」という甲高い声が聞こえた。あの声は従妹のリリーの声だ。振り返ろうとしたが、「ぎゃっ!」と潰れたような声が聞こえて、反射的に瞼をぎゅっと閉じる。瞼を開いたとき、橋が見えた。 だがその前には十数人の兵士がいた。

「くそっ!!」

すり抜けられる数じゃない。必死に手綱を引いてアッシュを止める。

「村民は全員殺せ!一人も逃がすな!」

踵を返したところで、すぐ近くまで騎馬兵が迫ってきている。無我夢中で、少しでも隙のある方へと逃げる。燃えるサイロの横をすり抜けようとした瞬間、建物が轟音を立てて崩れた。


 ――視界が明るい。空は赤く染まり、灰が舞っている。

 肺が焼けるように痛む。横たわる地面は熱く、頭の奥では鼓膜がまだ悲鳴を覚えていた。傍には、焼け焦げた毛並みを揺らして、小さい馬が同じく横たわっている。

 崩落して頭上から大量に降ってきたレンガを受けて、頬に血が伝う。それでも、横たわるアッシュに腕を伸ばした。

「……アッシュ……」

指先がアッシュの鼻先に触れる。だが吐息も、反応も、何も感じなかった。


……一体どうして? 何があった? 襲撃ってなに? 俺たちが何をした?

さっきまで普通に仕事して、普通にご飯を食べて、普通に暮らしていただけだ。

何かあったとしても、説明することもなく、無抵抗な人を問答無用で殺戮するのは、絶対に間違っている。こんなのおかしい。


 すぐ側に迫る火炎は二人を飲み込もうとしていた。その視界の端に、炎にぎらぎらと照り返される、血で濡れた剣や鎧を纏った大勢の兵士の姿が見える。


……こんなやつら。こんなやつらのせいで。

こんなことが許されるはずがない。こんなこと間違っている。こんな世界、絶対に許せない。

間違っているなら――


「……壊してやる。こんな世界、全部……壊してやる!!」


 その絶叫が炎に飲まれると同時に――アッシュの身体に発光する紋様が現れた。ぶるり、と身体が震えた瞬間、火炎は弾けるように散った。


 ぎちぎち…というような異様な音と共に、アッシュの背中から、ずるりと一対の棘のようなものが生えてくる。それは骨のようでいて、異形で禍々しい。複雑に絡み合い、毒の蔦のようにも見えた。

 火の粉と灰が舞う中、やがてのっそりと、異形の生き物は起き上がった。小さな馬だった生き物は巨大化し、背中から生えた一対の棘――翼のような器官と、一対の大きく毒々しい角があって、尾の先端は火球がぶら下がっているように燃えている。


「うわあああああああ!!化け物だ!!!!!」

 恐慌に陥った兵士たちの叫び声が飛び交う中、横たわるノクスは、まだ腕を伸ばした状態のまま、その生き物をぼんやりと見上げた。燃え盛る炎を背に、その生き物はゆらりと顔を近づけ、ノクスの手のひらにそっと鼻先を寄せてくる。

 ノクスが無意識に軽く撫でると、こげ茶色の大きな瞳がまっすぐにこちらを見つめ、ぐいっと頬を押しつけてきた。

「…ああ、お前は灰の降る中で生まれたんだったな…」

ノクスが笑うと、不思議と身体に力が戻って、ノクスはゆっくり身体を起こす。するとその生き物は顔をすり寄せて、嬉しそうに鼻を鳴らした。

「お前は本当に、甘えんぼだなあ…」思わずふっと息を漏らす。


「な、なんだこの化け物……!こいつも対象か!?」

「知らん!上からは聞いてないぞ、畜生ッ!」

「とにかく村民は殲滅対象だ!あのガキは殺せ!」

わっと兵士の怒号が飛び交う。ふと、こげ茶色の大きな瞳が、ノクスをじっと見つめてくる。――これからどうするのかと、まるで、問いかけてくるように。

「ああ。……壊そう」

ノクスは囁くように静かに語りかける。そして兵士たちがこちらへ駆け出すのと、異形の化け物の背中に生える、棘のような翼がひゅんと音を立てたのは同時で――次の瞬間、兵士たちは頭と身体が引き裂かれていた。

 ぐちゃりと崩れる音のあと、刹那の静寂。


 ノクスは瓦礫から立ち上がる。崩落に巻き込まれ、あちこち血と埃と煤で服は汚くなっているのに、全くと言って良いほど身体に痛みがない。でもその理由なんかもはやどうでもいい。自分の中に渦巻く烈しい業火のような感情のせいで、あらゆる感覚は、もはや麻痺してしまったのかもしれない。

「…お前の名前はアッシュ。お前は灰の降る中で、生まれ変わったんだよ。」

 今やノクスの身長よりも大きくなり、姿かたちは変わったが、こげ茶色の大きな瞳だけは、以前から全く変わっていない。優しくて、甘えんぼのアッシュだ。

「俺も一緒に行くよ。お前を一人にさせやしない。さ、行こう。……全部、壊そう。」

 ノクスの中に渦巻く感情と呼応するように、より一層、周辺の燃え盛る炎の勢いは増していく。その中で見つめ合う一人の少年と、馬だった化け物は、瓦礫の向こうへ歩き出した。


 ――この日、魔王が生まれた。

 これは後に、世界で初めて魔獣となった彼の相棒の馬と、魔王がまだ少年でしかなかった頃の、たった一夜の物語。

初めまして。拙い作品で恥ずかしながら、ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

当初は長編で考えていたのですが、重たいダークファンタジーなので、あんまり需要ないかなあと思い止まって、最初の一夜だけを書くことにしました。一つにまとめるには少し長かったので、前編・後編で投稿しました。

ちびちびと、これからも活動していけたらと思います。

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