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06 科学者、研究の始まりを語る 3

 メアリーから散々な言われ方をしたが、究理(さだみち)はめげずに話を続けた。それは、これまで誰かに話したくて話してくて仕方が無かったのを、ついに我慢しきれなくなったというのが、まるわかりな態度であった。

「この低次元切断には、切断面の扱いで、片面接続と両面接続の二種類あってね。

 額縁のような枠を用意して、その片面をA面、反対側をB面とする。

 その面方向に低次元切断して二つの枠にして、離して置いたときに、A面に入ったものはB面に抜け、B面に入ったものはA面に抜けるんだ。

 このとき、A面、B面の裏側が単なる平面になるのが『片面接続の低次元切断』で、基本的には完全反射の鏡面となる。ただし、切断面を粗くして、黒体の面とこれすることもできる。

 一方、A面の裏側A’面とB面の裏側B’面について、A’面に入ったものがB’面に抜け、B’面に入ったものがA’面に抜けるように切断するのを『両面接続の低次元切断』と呼ぶ。このとき、Aの枠のどちら側からもBの枠の世界が覗ける状態となるのさ」

「ややこしいわね。頭が痛くなってきたわ」

「頭が痛くなるにはまだ早いぞ」

「うへぇー。もっと分かりやすく説明してよ」


「今説明したような、ドア枠や窓枠や、それに準じた枠を、表と裏を分けるように低次元切断したものを、俺は『双対門(デュアルゲート)』と呼んでいる。

 これを別々の場所に設置することで、転移門のように利用することができるのさ。

 あぁっ、転移門っていうのは分かるか?」

「それぐらい知ってるわよ。日本のアニメで人間を堕落させる青い達磨みたいなのがよく使ってるやつでしょ?」

「あれは実現不可能だから、だいぶ違うけどな。

 双対門(デュアルゲート)は、俺たちが普段使ってる馬車や馬ソリにも仕込んであるだろ?

 片方を自宅に、片方を馬車や馬ソリのキャビンに仕込めば、重い荷物を持たずに楽に旅することが可能となるのさ。

 ベッドやトイレも自宅の物が使える」

「確かに、あれは便利よね」

「馬車や馬ソリに仕込んだ双対門(デュアルゲート)は片面接続の低次元切断だけど、気圧差のないところに設置する場合は、両面接続を使うこともある。まぁ、滅多に両面接続は使わないけどね」

「完璧な技術じゃない」

「いや、そうでもない。技術的な欠陥がいくつかある」

「そうなの?」

「まず、双対門(デュアルゲート)の最大の欠点は、二つに分けた枠をそれぞれの場所に持って行って設置しなきゃならないことさ。

 行ったことのない場所に転移することはできない。

 それに欠点はそれだけじゃない」

「まだあるの?」

「気圧差があるところに設置する場合には注意が必要で、気圧差によってドアが開かなかったり、開いたとたんに強風が発生する恐れがあるんだ。この問題を避けるには、気圧緩衝室を用意して、緩衝室にある複数のドアが同時に二つ開くことのないようにすればいい。我が家でも一部屋、その目的で使ってるだろ?」

「あの部屋ってその為にあったんだ」

「あの部屋は、潜水艦やSFの宇宙船にあるエアロック、あるいは東京ドームの回転ドアのようなものなんだけど……、メアリーは知らないか」

「知らなくて悪かったわね」

「いや悪くはないさ。

 それで、この気圧差の問題だけど、意外かもしれないけど、高い山の頂上と山の裾野の間を繋いだときや、地上と深海を繋いだときには、この問題は生じないんだ」

「えっ? それって、かなりの気圧差や水圧差があるでしょ?」

双対門(デュアルゲート)は二つの場所を繋ぐ距離だけをゼロにするもので、物理的なトンネルで繋ぐのと同等だからだよ。高い山の頂上と裾野の間をトンネルで繋いでも、気圧差で風が流れることはないし、深海と地上を繋ぐパイプがあっても、水が噴き出すことがないのと同じなんだ。その代わり、地上の門から水中に物体を押し込むことは、ほぼ無理だったりする。

 ただね、高い山の頂上と裾野の間を双対門(デュアルゲート)で繋いだとき、気圧差の問題はないが、エネルギー差の問題は発生するんだ。

 これが一番の問題だったね。

 高い山の頂上と裾野の間では位置エネルギーが異なるから、裾野から頂上に移動するには、位置エネルギーに相当するエネルギーを注入しなければならない。逆に頂上から裾野に移動させると、差分の位置エネルギーが熱エネルギーや運動エネルギーになって放出される」

「イチエネルギー? ウンドウエネルギー? 何それ」

「じゃ、言葉だけの説明より、実物を使った方がいいか」


 究理(さだみち)は、どこから持ってきたのか、ゆるいS字カーブに曲げた、一メートルぐらいの透明なパイプと、その内径より若干小さい金属球を用意した。


「どこにあったの? そんなもの」

「君みたいな生徒に教えるために三十年前から用意してあったのさ」

「……、馬鹿じゃないの」

「これをこうやって抑えておいてくれるかい?」


 究理(さだみち)は、パイプを

   _/ ̄

の形に設置してメアリーに抑えさせる。


「上の口としたの口の高低差が五十センチぐらいかな。

 この上の口に金属球を入れると、それは下から勢いよく飛び出す」


 究理(さだみち)が、上の口に金属球をゆっくり入れると、斜面で勢いをつけて、下の口から飛び出した。


「そりゃ、そうなるでしょうね」

「逆に、下の口にゆっくり入れても、上の口には出てこない」


 究理(さだみち)が、下の口に金属球をゆっくり入れると、斜面で押し返されて、下の口にゆっくり戻ってきた。


「下の口から入れて上の口には出てこさせるには、勢いをつけて入れないといけない」


 下の口に金属球を勢いよく入れると……、勢いが足りなかったらしく、斜面の途中までしか上がらず、再び下の口から飛び出した。


「勢いが足りないとこうなる。

 次はもうちょっと勢いをつけてっと」


 どうやら意図しない結果になったようだが、究理(さだみち)は意図的にやったかのように実験を続け、下の口に金属球をさらに勢いよく入れると、斜面を上がりながら勢いを落として、上の口から転がり出た。


「ま、こういうことさ」

 究理(さだみち)は満足そうに言った。

双対門(デュアルゲート)もこれと同じでね。入口より出口の方が高いときは、そのままだと通過できない。

 だから高低差のあるときは、最初は動力で動くリフト、って言ってもメアリーは知らないかな、動力で動く井戸の鶴瓶みたいな乗り物を使って、双対門(デュアルゲート)(くぐ)るようにしてたんだ。

 後になって重力遮断が可能になって、やっと実用的なものになったのさ」

「そうやって師匠の研究は完成したわけですね」

「いいや、まだだ」

 究理(さだみち)の面倒な講義が一段落したので、メアリーがほっとして話を終わらせようとしたのだが、熱くなった究理(さだみち)の話は終わらなかった。

「メアリー、技術開発というのは機能すればいいというわけではないんだ。そうやって双対門(デュアルゲート)が機能するようになっても、実際に人が使うには、実証実験をして安全性を確認しなければならないんだ。検討漏れの重大欠陥があるかもしれないからな。

 この実験には三年かかったよ」

「昔の師匠はずいぶんと気長だったのね」

「根気があると言ってくれよ。

 手順はこうだ。

 最初は石や金属球で試す。

 次に試すのは生きたネズミだ」

「意外ね。そこらへんの人間を使うのかと思ったのに」

「そんなことしたら秘密が漏れるだろうが」

「使った後で処分するんじゃないの?」

「メアリー、怖いこと言うなよ。そんなことするわけないだろ。

 おまえは俺を何だと思ってるんだ?」

「自称、病的(マッド)科学探究者(サイエンティスト)

「今はそうだが、当時は違ったんだよ」

「そう。ならいいけど、師匠がするかどうかは知らないけど、私を所有していた奴は平民を攫ってきて、実験に使った後で処分してたから、それが普通なのかと思っただけよ」

「俺のいた世界では、そういうことは犯罪なんだよ。

 人間を危険な実験に使うことは固く禁じられてるからな。

 それに多分、メアリーがいた世界でも、メアリーが言ったようなことは犯罪だったと思うぞ」

「そう、分かったわ」

「えーっと、それじゃ、話を実験内容に戻すぞ。

 ネズミの実験では、迷路の道順を覚えさせたやつを使って双対門(デュアルゲート)を一万回以上通過させる。

 そうした後で、双対門(デュアルゲート)(くぐ)った後も覚えさせた迷路の記憶が残っているかどうか、寿命が短くなったりしてないか、正常な子孫を残せるかどうかを確認したんだ。

 記憶障害を起こしたり、細胞内の遺伝子に異常が生じて癌になったりするかもしれないからな。

 通過させるのは一週間ぐらいで終わるけど、迷路の道順を覚えさせるのと、覚えているかどうかの確認、それに子孫の確認がなかなか面倒でね。

 しかもあいつら寿命が短いから、世代交代の度に教育しなきゃいけなくて大変だったよ。すぐに孫ができるのは助かったけどね。

 ネズミ以外にも、電源の入った電子機器や、牛のような大型動物でも問題ないことを確認して、そうやって初めて自分で試したんだ」

「師匠って、臆病さんだったのね」

「慎重なんだよ。研究に蛮勇はいらんからな。

 一回通過するたびに脳細胞が百個死滅するとかあったらまずいだろ」

「はいはい。『ノーサイボー』が何なのか知らないけど、それでやっと終わったわけね」

「いいや、まだだ。

 双対門(デュアルゲート)が問題なく使えると分かったら、今度は複数の双対門(デュアルゲート)を用意して、世界各地との移動テストを始めたんだ。

 でもここで想定外の問題が起きた」

「えっ? 想定外って、師匠、死んじゃったの?」

「今、目の前で生きてるだろうが!

 メアリーは知らないだろうが、俺のいた世界じゃ、遠くに移動するには、『飛行機』っていう空飛ぶ乗り物に乗らなきゃいけないんだ。

 そのときに双対門(デュアルゲート)を誰かに見られてもいいようにしなきゃいけなくて、絵画の絵が入ったままの額縁を双対門(デュアルゲート)にして、絵が見える方を紙に包んで飛行機に乗ろうとしたんだ。でも、飛行機に乗るには、手荷物や貨物室に預ける荷物をX線っていう透視装置で中身の検査をうけなくちゃいけなくてね。で、検査を受けたら、双対門(デュアルゲート)の絵画がまるで金属板のようにX線が通らなくって、双対門(デュアルゲート)の絵画の運搬と搭乗を拒否されちゃったんだよ。

 考えてみたら当たり前でね、双対門(デュアルゲート)の絵画の表から照射されたX線は、自宅に置いてきた対の額縁の裏側に抜けてしまって、検査機のイメージセンサには届かないんだから。

 ほんと、あのミスは恥ずかしかったよ」

「ふふっ、おバカな師匠も悪くないですよ」

 話を面白くしようとして失敗談を語っていたら、弟子から『おバカ』と言われてしまった。

「うるせぇ。

 ま、問題が発覚して、慌てて自宅に取って返した俺は、同じサイズの額縁を用意して双対門(デュアルゲート)にして、額縁Aの表面の裏に額縁Bの裏面をくっつけて梱包して、自宅に置いておく額縁Aの裏面と額縁Bの表面を向かい合わせで配置して、再び飛行機に挑んだのさ。

 すぐには飛行機の予約が取れなくて、一週間後になったけどな。

 向こうで一週間予約してあったホテルもキャンセルになって、大損害だよ。

 そうやって、二回目に挑んだわけだが、今度は照射されたX線は自宅に置かれた額縁Aの裏面と額縁Bの表面を通過して、梱包された額縁Bの裏から検査機のイメージセンサに届いて、無事、ただの絵画と認識されたのさ」


”_/ ̄“って、縦書きPDFじゃ意味不明だよね。どうしよう?

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