05 科学者、研究の始まりを語る 2
二人で食後の片付けを終えて暇になると、メアリーは、前から気になっていたことを究理に訊いてみることにした。
「ねぇ師匠。
日本で私が魔法を使えなかった時も、師匠は使ってたわよね。
あの魔法は一体何なの?
師匠はどうやって、あの不思議な魔法を使えるようになったの?
あれは私でも使えるの?
友達もいない師匠に教えてくれるような奇特な人でもいたの?」
「また面倒くさいことを立て続けに聞く奴だな、メアリーは。
何度も言ってるが、俺は科学者だからな。俺が使うのは魔法じゃないし、基礎理論は日本の大学で教わったよ。
メアリーが使えるかどうかは分からない。数学や物理を理解してないといけないからね。それに、次元操作を使ったせいで、メアリーが今使えてる精霊術が使えなくなるようなことがあったらいけないからね。
あと俺の友人ならいないわけじゃない。学生時代の友人たちはみんな老衰で死んじまったけど、メアリーに紹介していないだけで、他にも友人ぐらいいる」
「へぇ~、師匠が真面目に他人の話聞くとこなんて見たことないけど。
それに師匠が日本にいる間にSNS?とかいうので誰かと遣り取りしてるのなんて一度も見たことないんだけど。本当に友人なんているの?」
「学生時代の俺は真面目だったんだよ。
あと、いいかげんひとを追い詰めるのはやめろ」
「そう? まあ、今は師匠の友人のことは保留にしてあげるわ。
それで、師匠の国の学校にも魔法科があったの?」
「俺の生まれた世界には魔法が無いことは、メアリーだって知ってるだろ。
魔法が無いから、魔法そのものを教えるところなんてどこにもない」
「言葉の勉強で見てたアニメだと魔法は普通につかってたじゃないの。
物語にも沢山書かれてたし。吟遊詩人が書き残したものではないの?」
「あれは全部、作り話だよ」
「でも、魔女狩りは実際にあったんでしょ?」
「ああ、それは人類の汚点だな。
いろいろな国で魔女狩りがあって、多くの人が魔女として殺されたんだが、殺された魔女の中に魔法使いはいなかったんだ。そもそも魔女なら殺してもいいっていうのが異常な世界だったんだがな」
「じゃあ、師匠は学校で何を学んでたの?」
「俺の大学での専攻は、物性物理学。実験物理学のひとつだな。
ま、次元操作の研究は理論と実験の両方が必要なんだが、理論の方は紙と鉛筆があれば趣味で続けられるから、国家予算を使える実験物理学なら何でもよかったんだ。俺の研究には金が掛る。俺は大学の研究室の予算で、専攻と違うことを研究してたわけだ」
「それで魔法が使えるようになるの?」
「いいや無理だ。
先端科学は魔法に見えるが魔法ではないからな。
物事には手順というものがある。
順番に説明するけど、面倒なんで二度は言わないから、居眠りしないでしっかりと聴いてくれ」
「うん、わかった」
「まずはだ、そもそも物理学を極めようとした先人たちがいてな。会ったこともない、俺にとっては雲の上の人たちだが、俺も彼らに従って、宇宙の構造や現代物理学の未解決問題を考える上で必要とされる、五次元以降の、観測されていない高次元の研究をしていたんだ」
「次元? 何それ。
師匠は何の話をしてるの?」
「次元とは、物理的な事象を表現するための座標のことだよ。直行し合う3つの軸と時間軸で空間的な位置と時刻を特定することができるけれど、この特定するための軸を次元というんだ。そして四次元までは、大雑把でよければ子供でも測定することができる。そして、見た動物を絵に描いたり粘土で作ったりもできる。
そして、頭のいい人達が考えた超弦理論を統合するとされるM理論では、五次元以降の、あと七つの次元があるものとして考えるんだ。さらに最近の研究者は、十八次元とか二十次元とか考えていたりもする。直接観測できないから、副次的な存在確認しかできないけどな。
とにかく、物理的な存在を示すのに、数多くの次元の座標が必要だってことさ。
そこでだ。
俺は、五次元以降が観測可能になれば、その次元を操作できるようになるに違いないと考えたわけさ」
「成功するって分かってたの?」
「うんにゃ。ほとんど、絶望的に見込みはなかったね。
俺が尊敬する、かつての指導教官だった教授は、研究室の研究テーマと関係ないことをしている俺に自由にやらせてくれたんだが、その教授から『君の研究は人生を棒に振ることになる』と言われていたしね。
教授は悪気があってそんなことを言ってたわけじゃない。
教授の知り合いに、俺より先に、俺と同じような研究を続けて陽の目を見ずに首を括った奴がいたんだよ。教授は、あのとき自分が止めていれば、そいつは死ななかったかもしれないって、今以て後悔してるのさ。
だから、教授が俺に忠告したのは、俺の将来を心配してのことだったんだ」
「でも師匠はやめなかった」
「あぁ。教授には悪いけどやめなかった。
ただねぇ、大学じゃ、見込みのない研究には予算が付かないんだよな~。
学生の間は教授のはからいで研究室の予算の一部を使えたけど、正式に研究テーマにして予算を貰って研究するには、成功する見込みを示さないといけなかったんだ。だが俺の研究には見込みがない。だから当然、研究予算もつかない。それでも俺は自分の研究を続けたかったから、大学卒業後は、親の遺産を食い潰して自費研究を続けたんだ。
研究の見込みが立ったときには還暦を過ぎてたね。教授が『人生を棒に振る』って言ってたのは、それほど間違っちゃいなかったんだな。
ああ、還暦ってのは六十歳のことな。本来は数え六十一歳の年の初めに祝うものなんだが、今は満年齢六十の誕生日に祝うのが普通だな。
おっと話が逸れた。
そうやって研究を続けて、今や現代日本で多次元操作科学(MDMS: Multi-Dimensional Manipulation Science)という分野を開拓した病的科学探究者になったのさ!」
そう言って自慢気に胸を張る究理を、メアリーは冷めた目で見ている。
「普通は自分で自分のことを、病的科学探究者って言わないんじゃない?」
「いいじゃないか。
何より見た目が普通じゃない。
今じゃ人生経験で百歳超えてるけど、そうは見えないだろ?
それに、正当な科学者であることを放棄したからね。
オキシジェンデストロイヤーじゃないけど、多次元操作科学の研究成果は、危険過ぎて発表できなかったんだ。って言っても、メアリーはオキシジェンデストロイヤーを知らないか。黒龍のような魔獣を倒すためのマジックアイテムの超兵器ようなものなんだが、その原理や作り方が分かれば、誰でも作れてしまう。多次元操作科学は武器ではないけれど、黒龍を倒せるぐらいの力がある。それが民間で有効利用されるだけならいいんだけど、軍事転用される可能性が高すぎたんだ。軍の関係者が知れば、間違いなく転用する。今の地球は核兵器があるだけでも、いつ地球が滅んでもおかしくない状態なのに、多次元操作科学が軍事転用されたら宇宙が滅ぶかもしれない。
だから、研究成果は俺だけの秘密にした。
しかし、研究成果を論文発表して多くの学者の手で検証され評価を得るという手順を踏んでいない者は、誰からも信用されないし、科学者とは呼ばれない。
だから俺は科学者じゃなくて、真理を追い求める病的科学探究者なのさ!」
話の最後で究理が胸を張って偉そうにしてみせたが、残念なことに、仕事に疲れたおっさんが背筋を伸ばしているようにしか見えない。
「確かに師匠は四十代の冴えないオジサンにしか見えないわね。
本当に百歳超えてるの? 何か証拠ある?
もし本当なら、師匠ってエルフかドワーフみたいな長命種だったの?」
「おまえ、俺の話の後半をあっさりとスルーしたな。まぁいい。
俺は長命種ではない。君のいた世界の人間族とほぼ同じだよ」
「確かに、見た目のダサさは人間族ね。
それで、成果発表もしないで引き籠って研究続けてたわけ?」
「そっ!
この技術は、危険ではあっても、封印するには惜し過ぎたからね。
だから、この技術を使って、いろんな異世界を渡り歩くことにしたのさ。
ほんとにいろんな世界があったぞ。
超科学の未来世界もあったし、そのまた遙か未来、五十七憶年ぐらい先では、弥勒菩薩が降臨した後のような終末世界だったな。でも、行って良かったと思ったのは、何といってもメアリーが住んでいたようなファンタジー感満載の世界さ」
「私にとっての現実世界をファンタジーって言われてもねぇ」
「俺にとっては現実とは思えない世界だったんだからいいじゃないか。
初めて『魔法』に出会ったときは感動したね。
俺の興味は多次元操作一筋だけど、魔法という多次元操作にとって未知の次元は、とても魅力的なものだったからね」
「魔法が次元っていうのがよく分からないんだけど……」
「そこに物理的な影響を及ぼす現象があるのなら、それを具体的に示すための座標があるってことさ」
「ん-、なんかよく分からないわね。
あっ、でも師匠は、私と会ったときも魔法を使ってませんでした?」
「あれは科学だよ。
俺は魔法使いじゃない、ただの病的科学探究者だからね。もちろん将来は魔法を解明して、科学的に再現して見せるつもりだけれど、今はまだ研究中だからね。そういうわけで、そこが魔法が当たり前の世界であっても、魔法を使うことはできないのさ。その代わり、俺は多次元操作技術を使った疑似魔法が使える。そしてマジックアイテム擬きもある。その上、現代電子機器も現代兵器もあるからね。
『高度に発達した科学技術は、魔法と区別がつかない』ってやつさ。
俺のいた世界の作家のアーサー・C・クラークって人が言ってた言葉だけどね」
「ふ~~ん。
それで、研究の目途が立って、私のいた世界に来たってわけ?」
「大雑把にいえばそうなんだが、それほど簡単じゃなかった。
手順を踏む必要があったからね」
「例えばどんな?」
「まず最初に『低次元切断』をものにすることから始めたんだ。
高次元の接続を保ったまま、三次元空間の接続のみ切断するんだ」
「そんなの包丁で切ればいいじゃない」
「それじゃ、高次元まで切れちゃうでしょ。
低次元切断っていうのは、空間的には切れてるけど、切れてないんだよ」
「何言ってるのか全然わからないわよ。頭おかしいんじゃないの?」
「おまえなぁ。少しは師匠を敬えよ。
もう少し分かり安く言ってやる。
例えば、蛇を首のところで低次元切断して輪切りにするとだな、『頭から首まで』と『首から尻尾まで』の物理的に二つのパーツに分かれる。
これはいいな?」
「そりゃ首のところでちょん切ったんだから当たり前じゃない」
「でも、この蛇は死なずにそのまま生きてるんだ。
そして、蛇の口から生餌を飲ませると、切断面を飛び越えて腹の方に膨らみが移動するんだ」
「うげっ! なによそれ!?
なんでそんな残酷なことするの?
それに気持ち悪い!!」




