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01 科学者、山道を行く 1

 さて、新作で御座います。

 一作目で苦しんでいるというのに、別のお話を始めてしまいました。

 本作品は『神様が私に押し付けたのは悪を生み出す力だった【改訂版】』のスピンオフ……っていうか、元々はこっちが先に書かれていた、同じ世界線の作品です。

 それって新作なのか?

 疑問は残るところですが、そういうわけで、あっちの作品の登場人物がこっちにも登場します。

 両作品の更新予定は以下の通りです。


・神様が私に押し付けたのは悪を生み出す力だった【改訂版】

 https://ncode.syosetu.com/n0320la/

 第一部:月~木曜更新

 第二部:月、水曜更新


・科学者、異世界に行く

 https://ncode.syosetu.com/n8110ko/

 毎週金曜更新


両作品は、どうぞ一緒にお楽しみください。

今後とも、どうぞよろしくお願いします。


 ウラリンボーグ王国の第三王女であるエレノーラは情報通であった。

 この国の(まつりごと)は彼女の父母である国王と王妃が恙なく司っている。もちろん宰相や財務官などの役職を担う者はいるが、王子や王女も遊んではいない。国王と王妃をエレノーラの三人の兄たちが補佐し、二人の姉の一人は自らの望みで侯爵家に嫁いだが、あとの一人は女だてらに国政に関わっている。他に弟が二人、妹が一人いる。この国の歴史では珍しいことに、現在の国王に側室はいなかったが、王妃は九人の子を産んでもなお、骨や身体が弱ることも無く、若々しく強健であった。

 エレノーラは親兄弟に似て、絵に描いたような金髪碧眼の美少女だった。目鼻立ちのはっきりとした顔つきは凛々しくもあり、その一方で幼さも感じさせる表情を見せて、多くの人を引き付けるカリスマ性があった。エレノーラは現在十五歳。婚約話が持ち込まれてもおかしくない年頃であったが、彼女にとって幸いなことに、周辺国に対して、この国の力が十分に強かったため、王女たちが政略結婚を強いられることは無かった。そのため、エレノーラにはまだ婚約の話も無く、仕事に就くにはまだ早い。金銭的にも時間的にも自由の身であったので、彼女は王宮の図書室の本を読み漁り、父母や兄姉から国内外の話を聞いて回り、様々な知識を貯めこんでいた。ときには補佐役の者に頼んで、近隣の情報を集めに行ってもらったりもする。その内容は市井の流行りものや嗜好品の情報であったり、貴族の色恋沙汰やゴシップであったり、各地の魔物(モンスター)の活動状況であったり、研究中の魔導技術であったり、あるいは他国の経済状況や軍事情勢であったりと、多彩で多岐に渡っていた。


 ある日のこと、そんなエレノーラの元に不思議な噂話が舞い込んできた。

 その報告をしたのは、彼女専任の情報担当のシリモンチェだ。今の彼女はメイド服姿で、エレノーラの給仕をしながら話をしている。

「商人ギルドに出入りする者の間で、北方のアガグレアに幽霊馬車が現れたという噂が流れています」

「アガグレアに幽霊馬車?

 あそこは標高の高い山岳地帯ですよね?

 馬車が走れるような街道があった記憶がないのですが」

 王都から遠い辺境領の地名であったが、エレノーラは軍事機密の地図を頭に思い浮かべて、シリモンチェに問い(ただ)した。

「はい。わたくしも確認しましたが、あそこには徒歩や驢馬で山越えする者たちが使う山道はありますが、馬車が通れるような整備された街道の記録はありません」

 簡単には行けない遠い場所なので、ちょっと行って見て来るというわけにはいかず、王宮に記録として保存されている書類で確認したということだ。情報担当のシリモンチェには、それを自由に閲覧する権限が与えられている。

 辺境に城や要塞や街道を作ったりする場合、全て中央に報告しながら実施しなければならないので、王宮の記録に無い街道は存在しないはずだった。

「街道でもないところに馬車がいたというのですか?」

「深夜に月の光の届かない山道を、ぼうっと光った馬車が、音も無く登って行く姿を見たという噂が流れています。伝聞ですが、人によっては山道ですらなく、馬車が木々の間を走っていたと話す者もいたということです」

「少し気になりますね。幽霊ならばよいというのではありませんが、あるはずのない街道が実在して、そこを実際に馬車が走っていて、それを幽霊馬車と誤認したのだとしたら、極めて問題がありますね。

 アガグレアに整備された街道が無いというのは確かなのですか?」

「王宮の記録に無いことは確かです。

 あの辺りはボマルパーダ辺境伯の領地なので、彼が謀反を企てて、無断で街道を整備した可能性もないわけではありません。姫殿下の御要望があれば確認に人を出しますが、いかがいたしましょうか」

「あの山に無断で街道整備するとしたら、隣国からの侵攻を助けることになるということですからね。噂程度では国王に報告できません。街道の有無の確認と、詳細な情報の収集をお願いします」

「御意」


    *    *    *


 ある初夏の晴れた日のこと、標高二千メートルほどの山岳地帯で、二頭の馬に牽かれた一台の乗り物が、()()()()()()()()()()()()()()登っている。そして、道々その乗り物とすれ違うの旅人たちは、必ずといっていいほど目を見張り、口をあんぐりと開け放って、目にした乗り物を(ほう)けたように見送ることとなった。

 そうなるのも無理はない。

 それを遠目に見たときには「間違って山道に入り込んでしまって、向きを変えて引き返すことも出来なくなった、間抜けで場違いな貴族の馬車がいるな」ぐらいに思っていたものが、近寄ってみたら、貴族の馬車のようなキャビンを載せた、車輪のない馬ソリだったからだ。ここは高山であり、山頂付近に行けば雪が残っているが、ここは山腹であるし、夏も近いので雪が残るような気温ではない。旅人たちは、(あた)りを見回してみて、自分たちの周りのどこにも雪がないことを確認すると、改めてその乗り物の異様な姿に言葉を失ってしまうのだ。

 一体どこから現れたのか。樹木が少なく、人が溜まりやすい、峠の近くであるこの辺りでこそ道幅を広くしてあるが、峠の向こうに進んでも、後に戻っても、麓の近くは樹木が生い茂り、人一人通るのがやっとの細道である上に所々に段差もあって、とてもではないが馬車や馬ソリが通って来れるような場所ではない。

 その乗り物が姿をみせたこの辺りも、道幅こそあるものの、石畳どころか砂利での舗装すらされてない荒れた山道である。近くにある樹木の根が剥き出しになって凹凸も多く、峠の付近だけはかろうじて馬車が休み々々なら通れなくもないが、そもそも馬車はここに入って来ることができない。この山道は、まともな行商人なら驢馬に乗って移動し、時には人が驢馬引っ張り上げて通り抜けるような道なのだ。

 その道を揺れることもなく、馬の蹄音(つまおと)以外に音を立てずに、軽々と登っていく(さま)は、どう見ても幽霊馬ソリであった。そのキャビンの窓には壮年の黒髪の男と、可愛らしい帽子を被った白髪の美少女の姿があって、その少女に見惚れた者もいた。少女の姿を見ることが出来なかった人間の何人かは、ソリが地面から若干浮いていることに気づくことができたが、もう少し冷静さを保っていられたなら、御者台にいるのが人形であることにも気づけたかもしれない。


「メアリー、次の峠あたりで休憩にしようか」

 馬ソリのキャビンの中で男が少女に声を掛ける。

「はい、師匠……」

 メアリーと呼ばれた少女は、生返事をして、窓の外を(いぶか)し気に眺めている。

「ん? どうかしたのか?」

「なんでもないわ。

 ときどき私たちとすれ違う旅人の表情が気になっただけ。

 みんな幽霊でも見たかのような顔をしてるから。

 この乗り物、目立ち過ぎるんじゃないの?」

「そうは言ってもな~」

 どうしようもない、というのが男の考えだった。出発地点が隣の山の山頂で、そこが雪で覆われていたので馬ソリを使ったが、麓の村か街に出たら馬車に変えるつもりではあった。今はまだ、馬車にする必要がないから馬ソリを使っていた。キャビンは地面から浮かせているので、車輪を付けて見た目だけ馬車にすることは可能だったが、それだと『幽霊馬ソリ』が『幽霊馬車』に変わるだけだろう。そもそも、こんな道を軽快に走る乗り物が異常なのだから。

 ここに来るまでは、山道を避けて、樹木の間を抜けるように通って来たので、人と行き交うことも無く、人目を気にしていなかった。夜間でも照明を付ければ、とくに問題も無く山の中を進むことができた。邪魔な木の枝は切り払いながら進めばよい。しかし、山頂付近ではそれで良かったのだが、中腹付近では樹木の密集度が増加して樹木の間を抜けることが出来なくなった。太い樹木でも切り倒すことは可能だったが、そのような自然破壊をすると同乗している少女が怒るので、その行為は(はばか)らざるを得ない。そのため、そのような場所では山道を辿って進むようにしていた。その結果、多くの者に目撃されることになったのだった。


 その後、馬ソリを追ってくる者もなく、まもなく、その乗り物は山腹の峠に到達した。そこは道の片側が切り立った断崖絶壁になっていて、反対側には木や草が伐採された退避場所があり、湧水が流れ出ていた。そこに馬ソリが止まると、キャビンから師匠と呼ばれた男が出てきて、(あた)りを確認した後、不服そうな顔をする。

「なんだよ、ここには峠の茶屋のひとつもないのかよ」


 無論、それは無茶な要求というものだ。ここは街道ではない。人里から遠く離れていて、ここを通る旅人の数も少ないから、仮に店を出したとしても商売にならないし、すぐに野盗や魔物(モンスター)に襲われて終わりだからだ。そんな要求は、誰かに伝えたところで、文句があるなら自分で店を開けと言われるのがオチだ。


「メアリー、ずっと窓に張り付いて景色ばかり見ていたから疲れたろう。

 お茶にするから、こっちに降りておいで」

 男は、同乗していた少女に優しく声をかけると、何もないところから椅子とテーブル、茶器と水差し、作り立てのサンドイッチを乗せた皿などを次々と出してみせた。さらに、飼い葉と大きなバケツに入れた水を取り出して、馬たちに与える。

 もしも、この世界に日本のファンタジー小説を読み慣れた人間がいて、この様子を見ていたなら、彼が神の祝福を受けて異世界転生した魔法使いか何かで、彼が使ったのは、魔法のアイテムボックスだと考えただろう。


 現実は少しばかり違う。

 彼は魔法使いではなかったし、少なくとも神を自称する存在から恣意的な祝福のようなものを受けるような経験は欠片(かけら)もなかった。そして彼は、神に頼ることなく自力でこの世界に来た異世界探索者だった。元の世界に戻る必要もないので、旅行者とか移住者と言い換えてもいい。

 彼の名は、時渡(ときわたり) 究理(さだみち)。見た目が『四十代の典型的な日本人』の独身男性。現代日本で、多次元操作科学(MDMS: Multi-Dimensional Manipulation Science)という分野を開拓した病的(マッド)科学探究者(サイエンティスト)だった。科学の力で多次元操作技術を確立すると、その成果を発表することなく、自力でさまざまな異世界を渡り歩き、今では異世界で出会った『魔法』というものに夢中になっている。誤解を避けるために説明すると、昔も今も、彼の興味は多次元操作技術一筋だ。彼にとって、魔法とは未知の次元であり、多次元操作の未開拓分野(フロンティア)だった。その地を開拓するのは、病的(マッド)科学探究者(サイエンティスト)である彼にとって、当然の行動であった。


 本作品の主人公は、究理(さだみち)とメアリーです。

 いきなり冒頭で第三王女のエレノーラが登場してますが、彼女は脇役です。

 前書きにも書きましたが、本作品は『神様が私に押し付けたのは悪を生み出す力だった【改訂版】』と同じ世界線の作品で、エレノーラはあっちの作品に登場している本人です。次元操作技術もそうですが、あっちで思わせぶりに書いて放置してることとかも、こちらで明らかにしていくつもりでいます。


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