6
宮廷での役目を終えた九郎と千代は、
華月の街中にある、食事処へと腰を落ち着けていた。
店内は活気に満ち、人々は美酒に酔い、美食を語り、京の繁栄を享受していた。
店内には、上品な香りが漂い、
囲炉裏の上では、香ばしく炙られる鮎。
豪勢な膳が、二人の前に並べられた。
「……これが、外の世界か。」
煌びやかで、屋敷とはまた違った自由な雰囲気。
どこか…九郎には、馴染めない空気だった。
千代は、そんな九郎の様子を微笑ましく見つめながら、
箸を静かに手に取った。
二人が食事に手をつけようとした、――その時。
――ドンッ!!!
宮廷のある方角から、突如として爆発音が響いた。
窓の外を見ると、城壁の奥で黒煙が立ち上り、
火の手があがっていた。
「……な、なんだ!?」
騒然とする人々。
誰もが答えを持たず、ただ不安げに空を仰いでいた。
その時だった。
霧――
まるで地の底から滲み出るように、不吉な霧が京に満ち始めた。
九郎は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
(……何だ、この霧は……息が、重い……)
千代は即座に状況を察し、九郎の腕を引いた。
「九郎様!!
何か、良くない気配を感じます…!離れましょう…!」
九郎が頷こうとした、その瞬間――
「こ、これは…!?」
空一面に、流星が流れていた。
だが、それは願いを託す美しい光などではなかった。
星たちは燃え、尾を引きながら、まるで怒りに震える蛇のように地上へと墜ちていく。
轟音、爆煙。
民衆は混乱し、悲鳴が飛び交う。
ほどなくして、
街角から、武装した無頼の徒が現れる。
――野盗
「これ……全部やり放題ってのはホントなんだなぁッ!?ヒャハハハハッ!!」
「持てるもんは全部持ってけェ!奪えェ!女もガキも皆ぶっ壊せェ!!」
阿鼻叫喚の光景。
燃える町。
血と悲鳴に彩られた華月。
九郎は茫然と立ち尽くした。
千代が彼の腕を掴み、必死に引っ張る。
「九郎様!急いで!!
今は……生きることが先ですっ!!」
千代に導かれ、九郎は燃え盛る京を離れる。
ようやく辿り着いたのは、
京の外れ、静かにそびえる大樹のもとだった。
そこから見下ろす華月は、
赤と黒に染まった地獄そのものだった。
「……これが、現実なのか……。」
立ちすくむ九郎の前で、千代がふと、何かを察知する。
「……誰か、いる。」
大樹の根元。
その陰に、三つの小さな人影。
そこにいたのは、紅蓮の髪を持つ少女と、
淡い水色の髪をたなびかせた少女。
どちらも、血まみれで地に伏していた。
二人の間に座り込み、必死に支えていたのは――
金色の髪を持つ少女。
彼女は二人の傷口に口を当て、
吸い出した血をすぐさま吐き出す。
――命を繋ぐため、己を汚しながら戦っていた。
九郎は、身体が震えるのを感じた。
(……あの少女たちは、確か……宮廷で見た……)
「ちょっと…!しっかりしてよ……!!まだ……まだ、死んじゃダメだからっ!!!」
両手も、口元も血まみれ。
それでも諦めない。
仲間を、絶対に死なせない。
九郎は、その必死な姿に、息を呑んだ。
その瞬間――
「……あ、あれは…ッ!」
名も無き頃、恐怖に駆られた記憶が蘇る。
(……怖い……)
全身の毛が逆立つ想い、からだが震え始める。
不気味な霧の中から――
ぼうっと揺らめく、黒く禍々しい影。
「グ……ゥゥ……ァァ……」
怨念の瘴気を纏った亡者が、
呻きながら、九郎たちを取り囲んだ。
「マジ勘弁してほしいんだけど……!!」
顔をしかめながら、少女は
震える手で、防御の構えを取る。
千代がすぐに前に出て、クナイを抜いた。
「九郎様、下がって!」
だが、怨霊の数は多い。
千代一人では、到底守りきれない。
怯える少女の姿。
――あの日、無力な自分を救った男の姿がよぎる。
(……あぁ、クソっ…!!怖ぇ)
九郎は、震える手で柄を握る。
刻盛から受け継いだ六文閃。
…怖い。
守りたい。
…怖い。
救いたい。
――俺が、守るんだ。
今、青年の心に宿ったのは――剣士としての、初めての覚悟だった。
九郎は刻盛から受け継いだ六文閃を抜き、
大地を駆けた。
たとえ、未熟でも。
たとえ、恐ろしくても。
――この手で、誰かを守れるのなら。
「…9代目、十五夜の九郎、推して参る……!!」