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案内の侍女に導かれ、九郎と千代は宮廷の奥、
煌びやかな「謁見の間」へと進んでいった。
途中、襖の向こうから、怒号が聞こえる。
「……何度も言わせるな! そのような要求、飲めるものか!」
重く、怒りに満ちた響き。
誰かと、かなり激しくやり合っているらしい。
(い、今行って大丈夫なのか……?)
九郎は思わず千代に目を向けるが、
彼女は落ち着いた顔で、小さく頷いた。
やがて、先客が退出したらしく、
扉の向こうから「次、入れ」と声がかかる。
九郎と千代は、恭しく頭を下げながら謁見の間へと進んだ。
そこにいたのは、威厳をたたえた一人の男――
華月の皇。
堂々たる表情で真っ直ぐ九郎を捉える。
「……ほう、お前が刻盛の後を継ぐ者か。
あの男には手を焼かされた…。
桐原に『星の菓子』だの『異国の酒』だの持ち込んでは……随分と好き勝手しおって…。
叱りつければ、呵々と笑って済ませおったわ。」
千代がビクッと反応し、冷や汗が滴る。
「…だが、不思議と憎めん奴じゃった。」
「誰もが勝鬨を上げたがる、戦乱の世。
刻盛は、人を斬ることを避け、教えに徹していた…。
あれだけの剣才を持ちながら、
戦を嫌がる男など、彼奴くらいじゃろう。」
厳しい眼差しを向けていたが、
やがて、その表情はふっと和らいだ。
「…その名に恥じぬよう、
生き抜いてみせよ、9代目、十五夜。」
千代が、控えめに微笑む。
九郎も胸を張り、深く一礼した。
「ありがたきお言葉、恐悦至極にございます。」
短いやり取りの後、代替わりの儀は無事に受理された。
九郎は正式に「桐原・逢浜領、九代目十五夜」として、
皇家に認められたのだった。
用を終え、宮廷を辞そうとしたとき――
ちょうど、別の扉から出てくる一人の青年と、九郎たちは鉢合わせた。
ぱっと目を引く、端正な顔立ち。
凛とした瞳に、揺るがぬ意志を宿している。
青年は九郎に気づくと、ふと立ち止まり、微笑んだ。
「……君も、人を想う者なのだろう。」
「…えっ?」
「私は、皆が飢えも恐れもなく、生きられる国を作りたい。」
驚きながらも、共感を覚える。
「……立派な御志ですね。」
青年が手をのばし、握手を求める。
「…”富長”だ。」
「九郎です。」
まっすぐな目。
どこか、自分と似た匂いを感じて、九郎は心を開いた。
しかし――。
隣で様子を見ていた千代だけは、
青年の奥に、微かに揺れる”影”を見逃さなかった。
(……この者。志は清くとも、何かが、違う。)
やがて、青年は軽く会釈して去っていった。
九郎はその後ろ姿を、なぜか名残惜しく見送った。
だが、それは――
この国を巻き込む、大いなる波乱の幕開けであったのだ。