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〜旅立ちの朝〜
朝もやに包まれる逢浜、その深山――。
小鳥のさえずりと、梢を揺らす風の音がまだ眠たげに響いている。
九郎は、屋敷の正門前に立ち、背にひとつ荷を背負い、前を真っ直ぐ見つめていた。
その後ろには、並ぶようにして立ち尽くすメイドたちの姿。
誰もが正装の黒エプロンに身を包み、手を前に揃え、凛としていた。
「どうか……、お気をつけて……!」
彼女たちに混じり、ひときわ背筋を伸ばして立つのは――千代。
「旅立つ前に……九郎様。深く一礼なさいませ。――ここは、貴方の家。忘れてはなりません」
屋敷に生きるものとして、礼節を重んじるのは大切なことだ。
「……ありがとう。行ってきます」
ゆっくりと頭を下げ、
今一度、当主としての姿を自覚する。
「…さぁ、参りましょう」
ざっ、と草履の音が鳴る。
九郎と千代は門をくぐり、屋敷の森を抜けてゆく。
メイドたちの姿は、門の奥に小さく、しかしずっと見守るようにそこにあった。
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山道にて
逢浜の港町を越え、古の参道のような道を行くふたり。
先代当主、刻盛の訃報を報せるため、宮廷の集う京、”華月の京”(かげつのみやこ)を目指していた。
九郎は、旅装を整えた千代の後ろを、少し離れて歩く。
「……ねえ、千代さん。京って、どんなところなんだ?」
「京は、美しくも毒を秘めております。人と欲、力と嘘が渦巻く場所です。――貴方が思う『正しさ』が通じぬこともあるでしょう」
「……こわいとこだな」
「ええ。ですが、お忘れないよう。
貴方が御屋敷で育ったこと、メイドたちに見送られたこと、そして今、歩いていること――すべてが、貴方の“礼儀”であり“力”となるはずです」
風がふわりと吹き、九郎の袖を揺らす。
その懐には、刻盛が残した書状と、愛刀六文閃がしまわれていた。
(刻盛様……俺、ちゃんとやれるでしょうか。外の世界で、恥をかかぬように。……みんなを守れるように)
そして彼の足は、静かに、けれど確かな音をたてて前へ進む。
――未曾有の星禍が待ち受ける運命の地へと。