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深山にひっそりと佇む、逢浜の屋敷。
その庭に、百八の灯が並べられていた。
立ちこめる靄はまるで、現と幽のあわいを繋ぐかのように静かだった。
その日、桐原の港町にて、ひとつの葬儀が執り行われた。
――当主・十五夜の刻盛、逝去。
大うつけ者と呼ばれた男。
禁を破り、自由を貫き、星と心を通わせた異国の風の使い手。
その死は、風のように穏やかで、海のように遠かった。
「……主様、お支度を」
長い黒髪を後ろで結った、メイド長・千代が声をかける。
黒羽織に正装を着た青年が、静かに頷いた。
――九郎、齢20。
名もなき孤児だった彼に、名を与えてくれた恩人。
命を拾い、居場所を与えてくれた父。
その男が還らぬ人となった今、彼に残されたものは──
「……これが、刻盛様の、遺言です」
千代が差し出したのは、一振りの刀だった。
漆黒の鞘。金色に輝く九つの紋。
《供養刀・六文閃》。
怨念を祓い、魂を導くための刃。
それは、刻盛が“悼むため”に選んだ剣だった。
庭の中央に、白布に包まれた刻盛の柩が据えられていた。
読経が止み、焼香の香が薄れる。
誰かが、九郎の背を押した。
それが、風か、それとも意思か──
青年は、ゆっくりとその前へと歩み出た。
「俺は……名もなく、拾われた者でした」
「父上は、俺に名前をくださった」
「家を、言葉を、生きる意味をくださった」
「だから今――父の意志を継ぎます」
風が止む。空気が震える。
「……9代目当主、十五夜の九郎、名に恥じぬよう」
その声は、雷のように空を打った。
九つの夜を束ねる、新しき名。
名乗りの瞬間、刀が一瞬だけ震え、刃が鈍く月光を反射した。
九郎の手にある六文閃が、まるで命を宿したように温かかった。
その背に、運命が動き始める音がした。
遠くの空に、一筋の流れ星が走った。